第23話 何かを悟った閻圃が叫んだ。「城門を閉じよ! 」

 その日の夕刻、張魯と閻圃は、漢中の北側の城壁に立っていた。

 眼下には、平原がどこまでも続き、遥か彼方には、秦嶺山脈の稜線が見える。

 秦嶺山脈に沿って西に目を向ければ、秋の夕陽が沈みかけていた。いま、董卓軍と劉焉・張魯軍連合軍が激戦を繰り広げているであろう陽平関は、ちょうどその辺りにあるのだ。

 張魯は、その夕陽に目を細めつつ、閻圃に訊ねた。

「閻圃よ。劉州牧に何を言おうとしていたのだ? 」

「西域の諸侯が立ち上がることはないということです」

「西域の諸侯はおじけづいたのであろうか? 」

「そうではありません。西域の諸侯は、もともと、董卓の味方。中でも、その首領格である馬騰、韓遂と言った者たちは、董卓と義兄弟です。決起するどころか、此度の戦でも、連合して陽平関に攻め込んできているはずです」

「なんと……。それでは、劉州牧の作戦の前提条件が崩れているではないか」

「それに、長安の決起などもないと考えるべきでしょう」

「勝てないのではないか……? 」

 張魯の目に脅えが浮かぶ。すると、閻圃はきっぱりと言う。

「もともと、勝てる戦ではありません。最終的には、董卓軍に降伏するしかないでしょう」

「我らは勝ち目のない戦をしているというのか……」

「そのとおりです。ただ、降伏するにしても、董卓軍に痛手を食らわせて、我らが軽んじられぬようにせねばならないと考えているのですが……。劉州牧のあの調子では、降伏など思いもよらないことなのでしょうな……」

「むむっ……」


 その時、西の方、ちょうど、陽平関がある方面から、荷車を引いた騎馬部隊が駆けてきた。その一団を見やって、張魯が言う。

「おおっ。楊柏の兵糧輸送部隊であろうな」

「そうですな」

 今、陽平関には三万五千の大軍が駐屯しているが、彼らが費やす兵糧や武器などの物資は、漢中から、ピストン輸送されていた。漢中がちょうど、兵站基地の役割を果たしているのだった。

「我らの頼みの綱は、陽平関のみだ。十分な物資を送ってやらねばならぬな」

 張魯はそう言って、城壁の階段を下りてゆく。


 閻圃は……。例の一団を凝視して、おやっと何かに気付いたようである。

 楊柏の兵糧輸送部隊はますますスピードを上げて、城門に迫る。笛が吹き鳴らされて、城門が騒がしくなる。

 やがで、ギギッと鈍い音を立てて、城門が開け放たれようとした。

 その時まで、閻圃は、楊柏の兵糧輸送部隊を見下ろしていた。

 何かを悟った閻圃が叫んだ。

「城門を閉じよ! 」

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