第22話 漢中の城では、劉焉が、イラついていた。「まったく、どいつもこいつも肝心な時に役に立たん! 」

 そのころ、漢中の城の兵力は、わずか五千しかいなかった。

 漢中城内にいる主な武将としては、太守である張魯とその軍師の閻圃、劉焉と趙韙のみだった。

 残りの三万五千の兵力と張任、張衛、楊任、楊昂と言った主力の武将は、陽平関の守りを固め、董卓軍による猛攻を防いでいる。

 漢中の宮城の奥、太守の席に腰かけるのは、劉焉である。

 張魯は、太守の席を退き、劉焉の幕僚の一人のような待遇になっている。これが本来の関係なのだ。

 劉焉は、州牧に任命されて蜀に入った時から、既に、漢王朝を見限り、蜀を地盤として群雄として立とうと志していた。ただ、蜀を抑えるためには時間がかかる。その間に、劉焉の叛意に気付いた朝廷が、征討軍を送り込んでくると厄介なことになる。

 そこで、蜀において、五斗米道という宗教組織を結成していて、かなりの軍事力を有していた張魯を配下とし、彼らに漢中を襲撃して占領させたうえで、長安と蜀の連絡路を断つ役割を担わせたのである。

 もちろん、こうした関係は、劉焉と張魯の他、わずかな側近のみが知ることで、証拠は一つもない。


 今、劉焉は、イラついていた。

 しわだらけ、白髪まみれで、一見すると仙人のようにも見える老人であるが、その目は、貪欲さに満ちている。

 その目でじろりと見つめられた張魯は、ぶるっと身を震わせた。

 張魯は、一応、宗教指導者らしい風格はあるものの、劉焉の横に控えると、ただの一文官といった風情である。

「西域の諸侯どもは、まだ、決起せんのか! 長安にいる我が息子たちは何をしておる! 」

 劉焉の一喝に、張魯は、オロオロするばかり。自らの軍師である閻圃に助け舟を求めるように目をやるが、閻圃も顔をそむけた。

 劉焉の直属の配下で、見た目は、歴戦の将軍と言った風情が漂う趙韙だけが、拱手して、

「どちらからも、まだ、何の知らせもありません」

 と答える。

「まったく、どいつもこいつも肝心な時に役に立たん! 」

 劉焉が机をごつんと拳で打った。

 すると、閻圃が軽く舌打ちする。

「なんじゃ! おぬし! 何が言いたいことでもあるのか! 」

 劉焉ににらまれた閻圃。しかし、冷静に拱手した。

「恐れながら申し上げます」

「なんじゃ! 」

「西域の諸侯が、我らに呼応することはないと思われます。それどころか、奴らは、董卓の軍と一緒に……」

「わしの檄文じゃぞ! 董扶にも目を通させた! わしと董扶の合作といってよい! 名作だ! 名作! その檄文を読んで、心が動かされぬはずはない! あれを読めば誰もが、逆賊董卓を討つべく立ち上がろう! と考えるはずだ! 」

 董扶とは、劉焉の側近で、朝廷にも名の知られている高名な儒学者である。

 劉焉が言うには、自分と董扶が合作した名文を読めば、誰もが、心を動かされ、逆賊董卓を討つべく立ち上がるはずだ。と言うのであるが……。

「確かに、劉州牧の書かれた檄文は名文ではありますが……」

「それに、長安じゃ! 我が息子たちだけではない! 王允! 皇甫嵩! 盧植! 蔡邕! こやつらは、先帝から恩を受けた者どもじゃ! 今、逆賊董卓が長安を離れた隙にこそ、決起すべきであろう! 」

「……」

 劉焉の頭に一旦火が付くと、誰も口を挟むことはできない。閻圃も黙りこくるしかなかった。

 結局、四人が集まっても、劉焉が怒鳴り散らすばかりで、ロクな話し合いはできなかったようである。

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