第20話 呂布、三顧の礼によらずして、あの軍師を配下にする。

「お前は、張魯か劉焉の配下なのか? 」

「……。正確には、どっちの配下でもない……! 」

「どっちの配下でもないだと? ではなぜ、子午道に伏兵していた? 」

「私は……。張魯や劉焉に進言した……。董卓軍は必ずや子午道から精鋭を送り込むと……。だけど、誰も聞いてくれなかった……! 」

「誰も聞いてくれなかったから、お前が、自ら伏兵になっていたというのか? 」

「そうだ……! 董卓軍に一泡吹かせてやろうと思った……! 董卓軍の作戦を見破った者もいると……! 」

「お前が率いていたのはどこの兵だ? 」

「同郷の者たちだ。張魯や劉焉とは関係ない……! 」

「ふん……。面白い小僧だ。お前はどこの誰だ? 出身は? 」

「私は司隷扶風郡郿県の出身だ……! 」

「名は? 字はあるか?」

「法、法正……! 字は孝直……! 」

「法正……法孝直か」

「そうだ……! 」

 呂布は腰の名剣七星剣を抜いた。七星剣を右手で高く構え、振り下ろす姿勢を取る。

 その場にいる誰もが、呂布が少年法正を処刑すると見たはずである。

 呂布がさっと七星剣を振り下ろす間、法正はまっすぐに呂布を見上げていた。

 目をつむることなく、自分の命が断たれることを受け入れるかのように。

「俺は、お前が気に入ったぞ」

 呂布が笑みを浮かべる。

 法正を縛る縄が切れて地面に落ちていた。

「法正。お前の頭脳、俺が貰った」


 法正の供述により、張魯と劉焉軍の作戦が朧気ながら分かった。

 董卓が漢中さらに蜀に攻め込もうとしているという情報は既に、彼らも知っているようである。

 そこで、劉焉も、自ら蜀の精鋭、約三万を率いて、漢中に出てきたという。

 劉焉が率いる軍勢の実質的な指揮官は、趙韙という将軍らしい。その下に、幾人かの将軍がいるが、中でも名声を博しているのが、張任と言う名の武将だという。

「文武に優れ、特に弓の使い手と聞いております」

 と法正が言う。

「おう。弓の使い手か。ならば、対戦するのが楽しみだ」

 と呂布はうなずく。

 漢中の張魯配下の兵力は、約一万であり、これを実質的に率いているのは、張魯の弟である張衛と、楊任、楊昂と言った武将だという。

「この三人は、いずれも、漢中では武勇に優れているとして名が知られています」

 と法正が解説する。

「ほほう。俺よりも強いのかどうかな」

「そして、張魯の軍師役を務めているのが、閻圃と言うものです。張魯・劉焉連合軍の軍事作戦は、閻圃と劉焉の協議によって決定されているようです」


 閻圃と劉焉が協議して、立てた作戦は、法正の供述を整理すると次のようなもののようである。

 董卓軍の主力は今、陽平関を攻めるべく進軍している。

 張魯・劉焉連合軍は、陽平関を固く守ってこれを迎え撃つ。その一方で、劉焉らは、西域の諸侯に対して、改めて、決起を求める檄文を飛ばす。

 必ずや、呼応する者がいるであろうから、董卓軍が陽平関にくぎ付けになっている隙に、背後から襲い掛からせる。

 一方で、長安の同志にも、決起を促す。

 背後が脅かされた董卓軍は、浮足立って、兵を引くであろう。

 そのとき、張魯・劉焉連合軍が全軍で、陽平関を打って出て、敗走する董卓軍を背後から叩く。

 五丈原にて、西域の諸侯と連合して、董卓軍をせん滅しよう。

「面白い作戦だ。法正よ。張魯・劉焉連合軍の作戦は成功すると思うか? 」

 呂布の問いかけに、法正は首を横に振る。

「まず、前提条件が既に破綻しています」

「どういうところが破綻している? 」

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