漢中攻略戦
第19話 子午道に伏兵あり! 呂布の飛龍騎、いきなりピンチか?
「皆の者。慎重に一歩一歩進めよ。高いところが苦手な者は下を見るな。馬を信じて任せよ」
呂布は自らの後に従う騎兵らにそう言い送った。
呂布の真後ろには、軽装の鎧を身につけた貂蝉が付き従う。その後ろにも、騎兵がズラリとしたがっているが、いずれも山越えに備えて鎧は軽装である。その代わり、弓矢だけはいつもよりも多く、つまり、標準で36本の矢が入っている矢筒を一人二セット携行していた。
もっとも、貂蝉は矢筒を二セット携行するのが標準だった。
貂蝉は接近戦の武器を持たない。接近戦に持ち込まれる前に矢で射殺すのが貂蝉の戦い方であるため、矢を多めに携行しているのだ。
呂布が貂蝉と目を合わせると貂蝉は一瞬、微笑む。しかしすぐに、凛々しい女武将の顔に戻った。
戦場では、貂蝉は呂布の妻ではなく、配下の一武将である。そのことを貂蝉は心得ているのだ。
呂布もいたずらに妻と睦事を交わすことはない。
すぐに前方に目を向けた。
天高く馬肥える秋。頬を撫ぜる風が心地よい。
今、呂布率いる精鋭『飛龍騎』は、子午道の難所である桟道を通過していた。
張魯が切り落としたが、李儒がひそかに工兵を送って修理した場所である。
桟道とは要するに、山の崖にクサビを打ち込んでその上に板を乗せただけの道である。騎兵では一列でしか進めないほど幅が狭い。板が腐ったりして壊れるか、クサビが外れれば、はるか真下の底なしの谷に転落してしまう。
呂布はそんなスリル満点の場所ほど、爽快感を覚えるのであるが、今は、総勢一万の『飛龍騎』と共に行動している。全軍を損耗なく子午道を通過させることが、今の呂布にとって、肝要だった。
そのために、呂布は編成にも気を配っている。
先鋒として、高順が率いる「不死騎団」を進ませた。高順の任務は、山道が安全であるか、伏兵が潜んでいないかを偵察することである。既に桟道を通過してはるか先で、呂布の本隊が到着するのを待っているはずである。
呂布自身は、貂蝉の他、成廉、魏越を引き連れて、主力部隊を構成している。慎重な魏越を先行させ、呂布らがその後に続いている。
更に後方には、張遼と侯成を配している。彼らは、武器や馬の補給、兵糧の輸送などの兵站を担当する。本拠地から離れた場所で戦う場合に最も大事なのが兵站である。いくら精鋭でも、腹が減っては戦にならない。そのために、呂布に次ぐ名将の張遼にその役を担わせているのだ。
その時、前方から呂布宛に文が手渡しで送られてきた。
狭い桟道では、伝令が馬で、直接、呂布の下に駆けつけるわけにはいかない。そのため、先に進む魏越が受け取り、後ろの騎兵に手渡しすることを繰り返して、呂布の元に届けられたのである。
呂布が封を開いた。
「高順からだ」
呂布は一読して、後ろの貂蝉に文を渡した。
「伏兵を捕らえた。とありますね」
「うむ……。張魯や劉焉もバカではないようだ。我らが子午道を通ってくることも予想していたということになるな」
「捕らえた。ということは、伏兵を生かして捕らえたということでしょうか」
「そう見てよい。そいつらから情報を得られる。高順のやることに手抜かりはない」
呂布はそう言ってほくそ笑んだ。
「伏兵の数は? 」
「総勢は約五百。そのうち、百は手傷を負わせ、四百は無傷で捕らえました。敵は戦意に乏しかったのであります」
「敵兵で逃げた者は? 」
「目下、逃亡した者はゼロとみられます」
「我が軍の損耗は? 」
「我ら、不死騎団、死者ゼロであります」
高順がそう言って拱手すると、呂布は口元に笑みを浮かべてうなずく。
「うむ。よくやった。伏兵の大将を連れてこい」
高順が背後の部下に目で合図すると、その部下が陣幕から出ていき、縄で縛られた男を連れてきた。
男を見た時、呂布は、おやっと首を傾げた。
乱れた髪をかき上げさせると、髭もほとんどない少年である。この戦が初陣なのではないかと思わせるようなあどけなさが残る。
「お前が伏兵の大将なのか? 」
「そうだ……! 」
少年は歯を食いしばって答えた。敵愾心、無念さ、怯え、様々な感情のこもった眼差しで、呂布を見上げている。
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