第18話 董卓が長安城第一の鼻つまみ者のあの男に激怒。あわや大乱闘になるか? 

「兄貴! 張魯と劉焉を討伐するんだってな。俺も連れていけよ! 」

 痩せていれば、董卓とうり二つといってよい顔立ちである。

 董卓同様に大柄であるが、この男の肉は分厚い脂肪に包まれている。

 傲慢な顔つきに目は酔眼。

 手には酒が入っているらしいヒョウタンを持ち、栓を開けるやガボガボと口に流し込んだ。

 毛むくじゃらな胸をだらしなく開け、さっきまで女でも抱いていたのか、白粉臭い。

 そう。読者の皆様が一般的に想像する董卓像そのものといってよい男である。

 その男を見た董卓は、眉をひそめた。

「弟よ……。ここはお前の来るところではない。出ていけ」

「ここは、兄貴の部屋だろうが! 弟の俺だって入る権利がある! 」

 男は、そう叫ぶと、空いている席にだらしなく身を預けた。

 椅子の脚がきしみ、今にも折れそうである。


 後世、正史三国志を著した陳寿が、この男を董卓と同一視したために、今日に伝わる傲慢な顔つきをし、へそに蝋燭を差せば、何日も燃え続けたという逸話が残るほどの肥満体の董卓像が作り上げられたのだろう。

 董卓の異母弟の董旻である。

 年齢は、董卓よりも20歳ほど若く中年。董卓とはずいぶん年の離れた弟ということになる。

 董卓が世間に出たころ、董旻は生まれたばかりだった。董旻と一緒に過ごした時間は少なく、仲が良いというわけでもなかった。

 しかし、董卓が出世して、権力を握るようになるや、すり寄ってきて、金をせびったり、更には、官位も要求するようになった。

 もちろん、董卓は、金はやっても、官位などやりはしなかったが、あまりにしつこく、まとわりついて、軍務や政務にも支障が生じるほどだったために、やむ得ず、名前だけで実権のない適当な官位を与えていたのだ。

 董旻はその官位を悪用し、今では、

「俺は相国の弟だ! 俺がいずれ兄貴の後継者になるだ! 」

 などと吹聴し、長安の街中でゴロツキどもを引き連れて、盛り場に入り浸っているという。

 董卓にとっては最大の頭痛の種であった。


 呂布は、董卓の命令がなくとも、ここにいるべきでない者が入って来れば、否応なしにつまみ出すか、退去命令に従わなければ、捕縛して、棒罰をくらわすところである。

 しかし、董旻に対しては呂布と言えども手出しはできず、董卓同様に顔をしかめるしかなかった。

 以前、董旻があまりに無礼なため、呂布が立ち上がって、つまみ出そうとしたところ、董卓に、

「やめよ」

 と止められたことがあった。その時、董卓は、

「董旻には……。負い目があるのだ……」

 と言ったのであるが、その理由を呂布も知らない。


「兄貴! 張魯を討伐するなら、俺を総大将にしてくれ! 」

「お前には、長安城の警固を任せているではないか。勝手なことを言うな」

「長安城の警固って言ったって、何もやることはねえし、出世する望みもねえじゃねえか! 何で、こいつの方が、俺より官位が高い! 」

 董旻の酔眼と指が呂布に向けられた。

 呂布は、目を背けるだけである。

「人には適材適所がある。お前は、長安城の警固が一番……」

「どこが適材適所だ! 俺は弓も使えるし、馬も乗れる。戦場に出れは、一騎当千だ! 長安城の警固ごときで、俺の実力を発揮できるかっていうんだ! 」

「お前は戦場では役に立たん」

 董卓がきっぱりと言うと、董旻は椅子をけり倒して立ち上がる。

「本気でそう思っているのか! 兄貴! 」

「お前は長安城の警固さえしっかりやっていればよいのだ! 余計なことを考えるな! 」

「俺の実力を甘く見るんじゃねえぞ! 兄貴! 」

 董旻はグイとヒョウタンの酒を飲み干すと、どかどかと部屋を出ていった。


 その後ろ姿を董卓は苦悶に満ちた眼差し、李儒は何を考えているか分からぬ陰気な目で見送っていた。

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