第17話 董卓「陽平関を力攻めしては、我が軍の将や兵をいたずらに損耗する。李儒よ。どうすべきか?」
(李儒か――。陰気な感じがすると思ったら、やはり、汚い手を使う奴なのだろうか)
と呂布は思った。
あまり、関わり合いになりたくないと思うのだが、李儒が董卓の側近である以上、やはり、董卓の側近である呂布も彼と無関係ではいられない。
朝議の後、董卓の執務室で、この李儒と顔を合わせることになった。
機密を含む重要事項が話し合われるときは、董卓と李儒、呂布の三名だけが集まる。そして、大半の事柄は、李儒が提案し、董卓が裁可すると言った形で決まる。
「さて、まずは、漢中を攻めることが決定したわけだが、具体的な軍事作戦をどのように進めるかということだ。李儒よ。どのようにするのがよいと思うか? 」
董卓の問いかけに、李儒は、陰気な目を向けた。
「奇襲作戦を取るのが最上と思われます」
「うむ? 奇襲とな? どういうことだ? 」
李儒が、中国大陸の大まかな地図を広げた。
「まず、漢中は盆地にあり、北と南は険しい山脈によって囲まれており、天然の要害となっています。長安と漢中の間には秦嶺山脈が城壁のようにそびえており、これが、我らの進軍の妨げとなっているわけです」
「うむ。長安から漢中へ大軍を送るとすると、秦嶺山脈の切れ目に城門のように設置されている陽平関。ここを押さえることが肝要だな」
と董卓も地図上を指さす。
長安のちょうど真南には、秦嶺山脈がそびえる。この秦嶺山脈にそって、五丈原と呼ばれる平野を西に進軍し、谷間に入り、南下したところに、陽平関があり、ここが、漢中との間の城門の役割を果たしている。
長安側から見れば、陽平関を落とさないと、漢中に攻め込めないし、漢中から見れば、陽平関の守りを固めれば、長安から大軍が来ても、持久戦に持ち込めることになる。
「さようです。しかし、今、この陽平関は、張魯によって押さえられております」
「うむ。問題はそこだ。陽平関を力攻めしては、我が軍の将や兵をいたずらに損耗することになる。そこで、わしとしては、あえて、張魯や劉焉を陽平関からおびき出し、五丈原にて、決戦できれば良いと考えておるのだが」
「確かに、張魯や劉焉が五丈原に出てくれば、我が軍は地の利のある五丈原にて、優位に戦いを進められましょう。しかし、張魯や劉焉とて、そう、やすやすと出て来ますまい」
「うむ……。では、李儒よ。そなたは、どうすればよいと考えるのだ? 」
董卓の問いに李儒の陰気な目が秦嶺山脈に向けられた。
「秦嶺山脈。この険しい山は、抜け道がいくつかございます。その道の一つに、子午道があり、長安と漢中を結ぶ最短距離の山道となっております」
李儒が、長安から秦嶺山脈の上を指でなぞり漢中へと結びつけた。確かに、秦嶺山脈を通れるならば、五丈原を西へ進んでそれから南下するよりも早い。
「地図上は。だな」
と董卓もうなずく。
しかし、こんな山道を大軍が通れるはずはない。せいぜい、山道に慣れた者を偵察部隊として送れるかもしれないという程度だろう。それも道が通じていればの話だ。と呂布は思った。
「張魯は、子午道をはじめ、秦嶺山脈にあるいくつかの桟道を意図的に破壊しており、長安との連絡が通じないようにしておりました」
李儒の言葉に董卓は、
「やはりな」
とうなずく。すると、李儒の陰気な目に怪しい光が宿る。
「ただ、私は、数か月前より、子午道に工兵を送り込み、桟道を修理させておりました」
「うむ? わしは、そのような指示を出した覚えはないが? 」
「いずれ必要になると見越し、手を打っておりました。先のことを考えて手を打つのが軍師の職分でございますゆえ。そのためには、主公の許可を得ずにやることもあることをご承知おきいただきたいもので」
「そなたはいつもそうであるな。わしの許可があろうとなかろうと、先手を打つ。たいてい、そなたの打った手のおかげで、わしは利益を得ているわけだな。まあ、よい。それで、子午道を修理してどうする? 」
「子午道を修理したとはいえ、険しい道ゆえに、大軍を送るには適しません。そこで、この道には、選び抜かれた精鋭の部隊のみを送ります」
李儒の陰気な目が呂布に向けられた。
呂布は即座に悟る。俺が『飛龍騎』を率いて、子午道を行けというのだなと。
「一方で、董卓様には、大軍を率いて威風堂々と五丈原を西へ進み、陽平関を力攻めしていただきます。すると、張魯としては、漢中を出て、陽平関の守りを固めることに全力を注ぐでしょう。漢中は手薄になります」
「その隙に、子午道を通過した呂布の『飛龍騎』が漢中を奪うというのか? 」
董卓の問いかけに、李儒は、
「察しの通りにございます。呂将軍が、漢中を奪うことができればそれでよし。奪えなくとも、漢中が襲われたとなれば、張魯は浮足立って、陽平関から兵を引きましょう。その隙に、董卓様が大軍をもって、陽平関を攻め落とし、さらに漢中へなだれ込めばよいのです」
「うむ……。呂布よ。そなたはこの作戦どう思うか? 」
「よろしいと思います。ご命令とあらば、漢中を奇襲し、攻め落として見せます」
そこまで、話がまとまりかけた時、董卓の執務室に、挨拶もせず、どかどかと入ってきた者がいた。
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