第16話 李粛とかいうザコ武将が高官に出世できた理由とは?

 この朝議において、董卓軍が漢中と蜀に出兵することが決定した。

 呂布は、朝堂から下がりながら、首をかしげていた。

 劉焉の四人の男子のうちの三人を捕らえたという話は、初耳だったのだ。先日までの密談の中でも、この話は聞かされていなかった。

 劉焉の四人の男子とは、劉範、劉誕、劉瑁、劉璋のことである。

 このうち、劉瑁は、劉焉と共に蜀に赴いている。

 劉範は、左中郎将。

 劉誕は、治書御史。

 劉璋は、奉車都尉。

 と言った高官の職に就いて長安に滞在しているらしい。

(この者どもを捕らえるならば、俺に命令があってもよいものを。俺の知らない誰かに命令したのだろうか? )

 と思ったのだ。おまけに、劉範、劉誕の二名が謀反を企んでいたとなれば、一大事である。


「やあ! 呂布、久しぶりだな! 」

 突然、声をかけられて、呂布は振り返った。武官が立っていた。装いからして、今しがた朝議に出ていた高官と分かる。

「やっ。李粛ではないか」

 李粛は、呂布と同じ并州五原郡出身で、古くからの知り合いであった。呂布がまだ、丁原の下にいたころから、董卓の下に仕えていた。

 呂布が丁原の軍を率いて董卓軍に合流した時に、久しぶりに再会していた。

 その関係のために、後に、

「李粛は、呂布に赤兎馬を譲って裏切らせる策を董卓に進言し、自ら実行した」

 という陳腐な物語が作られることになるのであるが、もちろん、そのような事実はない。


 李粛は今、華雄の副官となって、函谷関に駐屯していたはずだった。

 李粛は、馬に乗れるものの、弓を射ることはからっきしダメで、矛などの長兵器を使っての戦いも大したことがない。およそ、武官として出世する見込みがなかったが、唯一の長所は、弩に詳しいことである。

 李粛は、どれだけ頑張っても、弓がうまくならなかったために、弩を作ることに熱中するようになった。

 いくつもの弩を作っているうちに、性能の良い強力な弩を作れるようになり、今では、李粛が開発した弩が函谷関に並べられており、関東の反逆者たちの侵入を防ぐために大きな役割を果たしていた。

 その功により、李粛は出世したのである。

「李粛、いつ、戻ってきたんだ? 」

「数日前に、帰ってきたばかりでね」

「それなら、俺の華燭の典があったことを知っているだろ」

「今、知ったばっかりなんだ。知っていれば、あんな陰気な仕事放り出して、駆けつけたさ」

「陰気な仕事? 函谷関を守ることがか? 」

「それじゃないんだわ。大きな声では言えないけど……」

 李粛は、あたりを見渡して、誰もいないことを確認して、呂布の耳元でささやいた。

「俺は、李儒様の命令を受けて戻ってきたんだ。そして、劉焉の三人の子をひそかに逮捕しろと命じられたんだ」

「お前がその仕事をやっていたのか……! 」

「陰気な仕事だよ。捕まえて、白状させるってことはな」

「拷問でもしていたのか? 」

「そうそう。白状したというのも、実際は嘘さ。李儒様が考えたストーリーを言わせただけだよ」

「すると、劉焉の息子たちは、無実だというのか? 」

「無実というわけではないさ。腰抜けの劉璋はともかく、劉範、劉誕の屋敷には、やたらと武器があった。状況からして、呼応しようとしていたのは、事実だ。まあ、おおむね、李儒様の考え通りで、証拠がないから、拷問するしかなかったってことさ」

「うむ……」

「李儒様は、いつも、いやな仕事は俺に押し付けてくるんだ。そのおかげで出世したんだけどさ。今の話は内緒だぞ」

「おう……」

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