第15話 献帝曰く「朕は、董卓がそばにいないと心細い……」

 すると、董卓の軍師、李儒が進み出た。彼もまた、朝議に出席できる高官の立場にある。

「臣が、劉焉が馬騰、韓遂に充てた密書を持参しております」

 李儒はそう言って、二つの竹簡を捧げた。

 宦官の司馬懿がその竹簡を受け取り、一瞥して、献帝に献上する。

「皇上に申し上げます。この文には、劉焉が馬騰、韓遂に対して、呼応するようにとの記述はありますが、漢中の張魯の記述はございません」

 司馬懿はあくまでも客観的な事実のみ、献帝に申し上げたのだ。

「うん。漢中の張魯というのは、先帝が任命した太守ですか? 」

 献帝は王允に目を向けた。王允は即座に進み出る。

「皇上に申し上げます。漢中の張魯なる者は、先帝が任命した者ではございません。これは、黄巾の賊と同じ、邪教の集団で、米賊と呼ばれています。先帝が任命した太守を殺して、自ら太守を自称している者です」

「うん。そのような者であれば、成敗する必要がありますね」

「おっしゃるとおりにございます。劉焉もかつて、米賊によって、都への道が断たれたと自ら上申しております」

 王允が下がると、李儒が言葉を継ぐ。

「ところが、劉焉と張魯はグルになっているというのが実体でございました。劉焉は張魯をそそのかして、漢中を占領し、長安との連絡路を断つように命じていたのです。その間に、劉焉は蜀を支配し、兵力を養い、長安へ攻め上ろうと企んでいたのです」

「うん。張魯は成敗すべき賊と言うのは分かりました。でも、劉焉と張魯がグルと言うのはどうでしょう。何か証拠があるのですか? 」

 献帝の御下問に、李儒が言葉を続ける。

「劉焉には、四人の男子がおり、そのうち三人がここ長安にて、高官の職に就いておりました。臣は、この三人を捕らえ、訊問いたしましたところ、三人とも、今、申し上げた事実を白状したのでございます」

「それは本当の話ですか? 」

「臣が、本日、その供述を書き取り、文にまとめたものを持参しております」

 李儒がまたしても竹簡を捧げると、司馬懿が取り次いだ。司馬懿は竹簡を一瞥すると、

「李儒が申しあげたとおりの事実が記載されております」

 と献帝に申し上げた。


「そればかりではありません。劉焉の三人の息子のうち、劉範、劉誕の二名は、劉焉と密に連絡を取り、劉焉が、西域の豪族と漢中の張魯の兵を率いて、長安に攻め上った際は、内部から呼応するという手はずになっておりました。つまり、この二名は、長安において謀反を企んでいたのです」

「なんと! 謀反ですか! 」

 献帝が目を丸くするばかりでなく、群臣たちの間でも、動揺が起きる。

 すると、張温がまたしても、群臣の間から出てきた。

「劉範、劉誕は朝廷の高官であろう! 皇上に忠実にお仕え申している! その様な者が謀反を企むなどあるはずがないではないか! 李儒よ! でたらめも大概にせい! 」

 李儒は、張温を無視して、献帝と向き合って言葉を続けた。

「このことにつきましても、臣が、劉範、劉誕の二名を訊問し、その供述を書き取り、文にまとめたものを持参しております」

 李儒が竹簡を捧げると、司馬懿が献帝に取り次ぐ。

 献帝が、自ら、その竹簡に目を通す間、李儒は、張温を見やった。

「劉範、劉誕の屋敷には、たくさんの武器があり、状況からしても謀反を企てて準備を進めていたことは間違いありません。二人は、同志を集めて密談を重ねていた模様ですが、もしや、張温殿もその同志ではありますまいな? 」

「何をバカなことを言うておるのだ! 」

 張温は舌打ちしながら群臣の間に戻った。

 張温の目が泳いでいるのは、誰の目にも明らかだったが、李儒はそれ以上追及しなかった。


 献帝が竹簡を読み終えて、顔をあげた。

「うん。では、張魯は成敗すべき賊、劉焉もやはり、叛意を抱いているから成敗すべきということですね」

「おっしゃるとおりにございます。また、劉範、劉誕についても、後ほど、処置をなされますよう」

「うん。分かった」

 李儒が拱手して引き下がった。

「しかし、張魯や劉焉を成敗するのに、相国が自ら兵を率いて、長安を離れる必要はあるのですか? 」

 献帝の御下問に、董卓が進み出た。

「漢中だけを攻め落とすならば、臣が兵を率いるまでもなく、一将軍を送るだけで足りましょう。しかし、我らが漢中を攻めれば、おそらく、劉焉も蜀から援軍を送るでしょう。そうなると、一大決戦となります。臣が自ら出陣しなければ、勝ち目はございません」

「それほどの戦となると、相国が長安を留守にした隙に、関東の者どもが押し寄せる心配があるのではないですか? 」

「関東の者どもは今、お互いに勢力争いをしている最中でございまして、長安に攻め寄せる可能性は低いでしょう。仮に、長安を攻めるにしても、彼らはまず、函谷関を落とさなければなりません。函谷関は今、華雄が強兵を率いて守りを固めており、何人たりとも、通過を許しておりません」

「うん。すると、相国が今、長安を留守にしても、心配はないのか? 」

「心配はございません」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る