第14話 献帝曰く「朕は怒っている。偽の皇帝がいるそうだ」朝議にて征伐決定か

 その日、朝議が行われた。

 呂布も、もちろん、董卓に従って、参内する。高官の地位にあったために、呂布は、董卓の護衛としてではなく、自らの地位により、朝議に参加する資格があった。

 少年宦官司馬懿を従えて、献帝が入ってくると、董卓らの文武百官が一斉にひざまずく。

「臣、参見、皇上! 皇上万歳万歳万々歳! 」

「平身! 」

「謝、皇上! 」


 早速、朝議である。献帝が口を開く。

「朕は、不穏な話を聞いた。蜀には、先の帝が劉焉を州牧として任命した。ところが、この劉焉が、皇帝が乗るような車をこしらえて、自ら乗り込み、野心を露わにしていると聞いた。荊州の州牧、劉表がそのように報告してきた。これは事実なのか? 」

 董卓が早速、進み出た。

「臣の下にも、全く同じ情報が届いております。誠に残念ながら、劉焉が叛意を抱いていることは事実でございます」

「では、相国。劉焉に対していかなる処置を取るつもりか」

「はっ。臣が、自ら軍を起こし、劉焉を捕らえて成敗いたしまする」

「なにっ。相国が自ら兵を率いて、長安を離れると申すのか」

「そうでございます」

「それは……」

 献帝は、不安の色を浮かべた。

 董卓が軍を率いて、長安を離れれば、その隙に、中原の袁紹や曹操などが、兵を率いて、長安に攻め寄せるのではないかということを懸念したのである。

 軍事に詳しくない王允らの文官も大半がそのような不安を抱いたらしく、動揺が広がった。


 すると、文官の中から、一人の老臣が進み出た。

 この老臣は、董卓を苦々しくにらむと、言い放った。

「兵を用いるのは最後の手段でありましょう! 劉焉が叛意を抱いているなどと言う噂のみによって兵を動かすのは、いかがなものか! 」

 この老臣の名を張温という。

 漢王朝の高官であり、もともとは、董卓の上司だった。朝廷が西域に兵を出した時、その総大将に任じられ、董卓は張温の配下として部隊を率いていた。

 ところが、張温は、軍事的な能力がまるでなく、そのくせ、董卓らが進言しても聞く耳を持たずに、いたずらに突撃させて、将や兵を消耗した。

 幾度となく、張温率いる遠征軍は、全滅の危機に立たされたのだが、そのたびに、董卓が巧みに部隊を動かして、危機を回避した。にもかかわらず、張温は、

「董卓が幾度も軍令を犯した」

 などというでたらめの話を朝廷に報告していたのである。それ以来、董卓は張温とは犬猿の仲だった。

 張温も、元々部下だった董卓が、自分を飛び越して、相国となったことを面白く思うわけがない。

 董卓のやることなすことすべてに、反対するばかりで、朝廷において、老害といってよい存在だった。

 そのような人物であれば、董卓ほどの権力をもってすれば、排除することも、呂布に射殺させることもできようが、董卓は、後ろ暗い手段を用いることはないのである。

「張温殿のお言葉、ごもっとも」

 董卓は、ムッとしながらも、そう応じた。

「では、なぜ、兵を出すなどと言って、皇上の宸襟を悩まし奉るのだ! 」

「ただの噂ではなく、証拠があるからだ」

「どんな証拠があるというのだ。劉表殿の報告以外の証拠があるのか! 」

「あるとも! 呂布よ! 」

 呂布が颯爽として進み出た。

 張温は、董卓が自分のことを呂布に捕えさせようとしたとでも誤解したのだろうか。慌てて、群臣の中に逃げ込む。威勢の良いことをいう割には、その程度の臆病者なのである。

 呂布はそれにかまわず、献帝に申し上げた。

「先日、臣の華燭の典が行われた折、西域より、馬騰、韓遂らが駆け付けました」

 献帝はうなずく。

「うん。恭喜(おめでとう)、呂布将軍」

「ありがたき、お言葉にございます。その折、馬騰、韓遂らは、重大な知らせを持って来たのでございます」

「うん。どんな話ですか? 」

「劉焉が、西域の豪族たちにひそかに密書を送り、呼応を呼び掛けていたのです。いずれ、劉焉は、蜀の兵、漢中の張魯の兵を率いて、長安に攻め寄せる故、その折には呼応せよ。というものでした」

 献帝が目を丸くする。

「その話は本当ですか? 何か証拠はあるのですか? 」

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