第13話 董卓にも義兄弟がいた件について
董卓が宮城における相国の執務室に入ると、呂布もそれに続いた。
相国とは、廷臣の最高職で総理大臣のような立場である。董卓は、これとは別に太師と言う地位にあるが、これは、皇帝の教育係と言うべき職である。
いずれにしても、董卓は、現在、献帝を中心とする漢王朝において、位人臣を極めている。
とは言え、この漢王朝の権威が及ぶのは、専ら、長安を中心とする関西方面だけである。
関西とは、函谷関からみて、西の地域を意味する。それに対して、函谷関からみて東の地域は、関東あるいは、中原と言い、現在、袁紹や曹操と言った群雄が割拠し、勢力争いをしていた。
相国の執務室では、李儒の他、二人の武将が椅子に腰かけて、雑談しているところだった。
「待たせたな」
董卓が軽く手を上げると、李儒と二人の武将が立ち上がって拱手した。
「相国。おはようございます……。それに呂奉先殿も、昨日はおめでとうございます……」
李儒は、痩せた中年の小男である。
偉丈夫の董卓の側に立つとその陰に隠れてしまいそうであるが、その眼差しは、董卓軍の負の部分をすべて背負っているかのような冷たさと陰気さを感じさせる。
呂布でさえも、李儒と目を合わせると、幽霊に出会ったかのような気味の悪さを感じるのである。
そんな李儒に、ぼそぼそとおめでとうと言われても、背中がゾクゾクするだけだったが、呂布は、拳に力を込めて、できる限り礼儀正しく拱手を返した。
その場にいるのが李儒だけであれば、董卓も素通りして、執務席に腰かけただろうが、今日は、二人の来客がいた。
董卓は、カラカラと笑うと、二人の武将と肩をたたき合った。
「馬兄、韓兄、遠くからわざわざご苦労だったな! 」
「遠いわけないだろ。西域と長安は目と鼻の先だ。馬で駆ければ、あっという間だ」
「そうそう。董弟が後継者と見込んだ若者の華燭の典に出席しなかったら、俺たちは兄弟と言えないじゃないか」
二人の武将とは、馬騰と韓遂のことである。
董卓は、若い時、西域を馬で駆けまわって一人旅をしたことがあるそうだが、その時、馬騰、韓遂と義兄弟の契りを結んだという。
その後、董卓は、朝廷に仕えて、朝廷軍の一員として、馬騰、韓遂らの西域の部隊と戦わなければならないこともあったが、三人の義兄弟の関係が崩れることはなかった。
本来、朝廷と西域はいがみ合う関係にあったが、董卓が権力を掌握してからは、馬騰、韓遂ら、西域の代表的な豪族たちが挙って、董卓の傘下にはせ参じていた。
「馬兄、韓兄、西域からわざわざ駆けつけたのは、我が弟子、呂布の婚姻祝いのためだけではあるまい」
「そのとおり。董弟、そなたに、一大事を知らせなければならない」
馬騰の言葉に董卓は首を傾げた。
「ほう。一大事とな。どのようなことだ? 」
「西域の豪族が、長安に矛先を向けかねないことなのだ」
「それは聞き捨てならないな」
その後、董卓は、この三人と密談を交わした。
その内容は、呂布もすべて聞いていたわけであるが、どのようなことが話し合われたのかは、おいおい分かるでしょう。
夕方、董卓を屋敷まで送ると、呂布も一日の仕事から解放される。
呂布は長安の街路を赤兎馬で駆けて、瞬く間に「呂府」の額がかかる自邸の門に達した。
「貂蝉。帰ったぞ! 」
呂布の声は、屋敷の奥までとどろいた。
二人の美女が一目散に駆け出てきた。もちろん、その一人は、貂蝉である。
もう一人は、燕草といい、貂蝉の腰元である。貂蝉より背が低く地味な服を着ているが、同じ年頃で、美しさも貂蝉に勝るとも劣らない。
それでも、呂布は目移りすることなく、貂蝉だけをまっすぐに見つめていた。
「奉先様、お帰りなさいませ」
と、貂蝉が、呂布の赤兎馬の手綱を取った。
呂布は、赤兎馬から飛び降りると、貂蝉を抱きしめた。燕草がそっと気をつかして側から離れる。
呂布に抱きすくめられて、貂蝉は、赤兎馬の手綱を離してしまう。代わりに燕草が手綱を掴もうとする。
「奉先様、まず、馬を……。あっ……」
貂蝉がそう言いかけるのを、呂布は唇を押し付けて遮った。
貂蝉の甘い吐息に、呂布は陶然となる。貂蝉も頬を赤らめると呂布に身を委ねた。
唇を離してからも、呂布は貂蝉を見つめたままだった。
「俺の馬は賢いから、自分で馬小屋に入るさ。おい、燕草、手綱を掴むな。ケガするぞ」
「あっ、はい」
手綱を掴もうと悪戦苦闘していた燕草が手を引っ込めると呂布の言う通り、赤兎馬は自分で門をくぐると、馬小屋に駆けていった。
それを確認すると、呂布は、貂蝉の腰に手を回してお姫様抱っこをする。
「奉先様。抱っこしていただかなくても自分で歩けます」
「俺がこうしたいんだ。貂蝉、君の温もりが、一日中恋しかった」
「まあ……。猛将ともあろう奉先様がそのようなことをおっしゃるなんて」
「貂蝉、君が、俺にそんなことを言わせる男にしてしまったんだよ」
「うふふっ……。そんなこと言わないで、奉先様……」
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