第10話 名探偵募集! 丁原暗殺事件の真犯人は誰なのか?



「兄上のことです……」

 献帝の兄上とは、異母兄の少帝のことである。

 一八九年(中平六年)に、霊帝が崩御すると、即位したのは、少帝だった。

 少帝は、幼少な上に、生まれた時から病弱だったため、皇帝の務めには耐えられないのではないか。どうせ幼帝を立てるなら、健康な献帝の方がよいのではないかという声が当初からあった。

 しかし、当時権力を握っていた何進の鶴の一声により少帝が擁立された。少帝の母が何進の妹だったためである。

 その後、何進が宦官らに殺害され、更にその宦官どもも袁紹らによって殺害されると、少帝と献帝は、洛陽から逃げ出した。

 その二人を保護したのが軍勢を率いて上洛中だった董卓である。


 董卓は、少帝と献帝を保護して、洛陽に入ると、袁紹や曹操ら権力への野望に燃える関東の諸侯らに対して、

「新たな皇上の下、漢王朝を復興させよう。皆のもの、争いはやめて、力を合わせようではないか」

 と呼びかけた。

 「新たな皇上」とは、もちろん、即位したばかりの少帝を意味していたことは言うまでもない。

 ところが、自らが権力者となりたいと願いつつも、董卓によって、邪魔された袁紹や曹操らは、その言葉を曲解した。

 則ち、

「董卓は少帝が暗愚惰弱であることを理由に少帝を廃して、新たに献帝を擁立した」

などとでたらめな話を吹聴して回ったのである。

「即位したばかりで、特に、罪過を犯していない幼帝を廃立するなどと許される行為ではない。そんな行為を董卓はやったのだ。董卓は極悪人だ」

 と董卓をこれでもかと、こき下ろした。

 袁紹や曹操らが発した「フェイクニュース」は、当初は、彼らの「願望」でしかなかったが、その噂が広がるにつれて、多くの人々の間で、あたかも真実であるかのように受け止められてしまった。

 さらには、董卓が洛陽の民家を収奪して回っているとか、宮廷女官や公主に乱暴を働いているなどと、ありもしない話まででっち上げられるようになった。


(袁紹や曹操とか言う輩は、フェイクニュースを流すのがうまかった……)

 と呂布は、そのころのことを苦々しく思い起こした。

 呂布もまた、袁紹や曹操らが流したフェイクニュースの被害者である。

 そう。

「丁原暗殺事件」

 の犯人に仕立てられたのである。

 丁原は、呂布の出身地并州の刺史を務めており、馬術と弓術を得意とし、戦場では、常に先陣を切る猛将だった。

 呂布は、丁原の部隊に採用されて、一騎兵として初陣を飾った。その後、抜群の戦功を重ねて、丁原に見出されて、若くして副隊長格となっていた。

 董卓が少帝と献帝を保護して、洛陽に入ったのと時を同じくして、丁原も呂布らと軍勢を率いて都に入った。

 呂布はその時、初めて、董卓と出会い、その弓術に感激して弟子入りしたわけである。

 董卓と丁原は似た者同士、気が合っていたし、共に、漢王朝に対して忠誠を誓っていた。お互いに、万が一のことがあったら、その配下の軍勢の指揮を委ねるという約束も交わし、共同して、洛陽を反逆者どもから守る任務に当たった。

 ところが、丁原が、突然、暗殺されてしまったのである。


 第一発見者は、呂布であった。

 丁原は、屋敷の政庁の椅子に腰かけたまま、喉を一本の矢で射抜かれて絶命していた。矢は、丁原の首の後ろから出て、壁に突き刺さっていた。丁原は壁に矢で縫い付けられた状態だったのである。

 それなりの武勇のあった丁原は、普段から警戒を怠っていなかったはずだし、矢が飛来した時、つかみ取ることはできなくても、避けることはできたはずである。

 それが全く、避けることもできず、金縛りにでもあったように椅子に腰かけたまま、急所を射抜かれるに任せた。

 室内に争った形跡はなく、矢は他に刺さっていなかったし、刺さった跡もない。矢を乱れ打ちされたのであれば逃げ場がなく、絶命ということもあろうが、そのような殺され方をしたのではない。

 下手人は、たった一本の矢で、丁原を絶命させる恐るべき遣い手だったということになる。

「こんな殺し方……。俺にもできない。一体何者が……」

 呂布も、その惨状に畏怖したのだった。

 下手人が誰であるかは、今もって、呂布にも分からないままである。


 その後、呂布は、かねて、董卓と丁原が交わした約束に従い、丁原の軍勢すべてを率いて、董卓の配下に加わった。

 こうした経緯を、袁紹や曹操らは、

「名探偵はお見通し」

 とばかりに、

「呂布が丁原の首を斬って、董卓の下にはせ参じ、父子の交わりを結んだ」

 などというフェイクニュースに仕立て上げたのである。

 最近では、

「李儒の離間の策により、呂布は、董卓から赤兎馬や賄賂をもらったために、丁原を殺して董卓の下にはせ参じた」

 などという陳腐な物語まで作られているという。

(なんと悔しいことではないか! )

 と、呂布は、切歯扼腕するのであった。

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