長安城の内情
第9話 献帝曰く「朕はとても困惑しています」董卓に
翌日、呂布は、早くも董卓の護衛と言う、本来の職務に復帰した。
「結婚したばかりなんだから、護衛の任務は張遼か高順にでも任せて、愛妻と過ごしたらどうかね」
と董卓に言われたが、呂布は、
「いいえ。休暇は十分頂きましたし、貂蝉とはこの先、いくらでも一緒に過ごす時間がありますから」
と真面目に答えたものである。
もっとも、董卓に護衛など本当は必要ない。
董卓を暗殺できるほどの実力がある武芸者はそういないし、どこかから、弓矢で狙われたとしても、董卓なら、飛来した矢をつかみ取ることができるからである。
それに、長安においては、董卓の人望はとどろいており、董卓を暗殺しようなどと考える者がそもそもいない。
董卓が呂布を護衛と称して、側においているのは、呂布に政治向きのことを学ばせ、いずれ、後継者にすることを考えているからだった。
呂布もそのことを承知しており、董卓の周囲に目を光らせることよりも、朝議において、どのようなことが話し合われるのか、董卓と重臣がどのような密談を交わすのか、耳を澄ませることに集中していた。
宮城に参内した董卓と呂布は、まず、献帝の執務室を訪問した。
「臣、参見、皇上」
董卓がそう言って、献帝の前にひざまずき、拱手するのに合わせ、背後に控える呂布も動作を倣った。
「平身」
「謝、皇上」
献帝は、この当時、十歳になったばかりの少年である。十歳と言えば、同世代の友達とかけっこをしたり、ふざけ合ったりして遊びたい盛りであろうが、献帝は、皇帝と言う自らの宿命を受け入れ、大きすぎる玉座に腰かけ、山積みとなった書類に目を通していた。
全ての書類をこの幼帝が筆を入れ、決裁しなければならないのである。
(俺が十歳のころは、字の読み書きさえロクにできず、馬で駆けまわってばかりだったな……。皇上は、そのような楽しみも知らずに、かわいそうだ)
と呂布は、筆を動かして、文字を入れる献帝の姿に憐れみを覚えるのである。
献帝の側には、献帝より少し年上の少年一人が侍り、墨をすり、決裁の終わった書類を受け取り、新たな書類を机に広げる仕事に従事している。
この少年はもちろん、宦官である。彼は、昼夜、献帝の側に仕え、献帝の話し相手、遊び友達ともなる。
腹黒い宦官どもが先帝の時代に蔓延ったために、漢王朝が没落するきっかけとなった。そこで、長安に遷都したのを機に、董卓は、洛陽にいた宦官どもを排除し、新たな宦官を雇い入れていた。
そのため、今、宮城に仕える宦官の大半は、若いものばかりである。献帝の側に侍るこの少年宦官は、その中から、特に吟味して選び抜かれた者だった。
この少年宦官の名を司馬懿。成人後の字を仲達という。
漢王朝に対する忠誠心が高く、学問に秀で、頭の回転もよく、要領がよい。と見込んだ董卓が彼を選んだのである。
まさか、この司馬懿の養子となった者たちが、後に、董卓と呂布らが心血を注いで復興した漢王朝を簒奪し、陳寿をしてでっち上げの正史三国志を書かせることになるとは、この時は、誰も思いもしなかったのである。もちろん、この物語でも、そのことに触れることはない。
「董太師、世間では変な噂が広まっているそうですね。朕はとても困惑しています」
筆をおいた献帝が苦衷に満ちた表情を董卓に向けた。董卓は拱手して訊ねる。
「皇上のお心を悩ませる噂とは、どのようなものでしょう? 」
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