第8話 もしも、董卓VS貂蝉が一騎打ちしたらこうなる。

 呂布と貂蝉の結婚が決まった時、王允の紹介により、貂蝉は、董卓の屋敷に赴いて、挨拶をした。

 呂布の父代わりとなっている董卓は、当初、呂布と貂蝉の結婚に渋い顔をした。

 もちろん、貂蝉の美貌に目がくらんで、

「呂布にやるのはもったいない。わしの妾にしたい」

 などと思ったわけではない。


 董卓は、貂蝉にこう訊ねた。

「呂布は、わしの軍隊で最強の精鋭『飛龍騎』の指揮官だ。飛龍騎は、最も危険で困難な任務に従事している。命を失う危険が極めて高い。一旦任務に就くと、何カ月も家を留守にすることもある。隊長である呂布もだ。そなた、若くして寡婦になる覚悟はあるのか? 」

「私は、奉先様と共に戦場にも参るつもりです」

 董卓は、あきれ顔でこう言った。

「わしの言うたことが理解できなかったかね? 飛龍騎は、選び抜かれた者だけが所属することが許されている。そなたのような女子が……」

「女子だからと差別なさるのですか」

「そう言う意味ではない」

「私は、戦場でも奉先様の役に立つと自負しております」

「うむ? そなた、何ができるのだ? 」

「私は、弓術、馬術共に、董卓様に認められるだけの実力があります」

「ほう。そこまで言うならば、試してやろう」


 董卓は、貂蝉を連れて、長安郊外の草原を馬で駆けた。

 董卓が自らの汗血馬で全力疾走しても、貂蝉も自分の馬を巧みに操り、遅れずについてきた。

 貂蝉は自分専用の馬を持っているわけではなく、董卓から借りた馬である。しかし、馬の癖をすぐに飲み込み、巧みに操った。

「馬術に優れているというのは、本当のようだな! それだけ乗りこなせれば、戦場でも呂布についていけるだろう! だが、戦場ではこういうこともある! どうするかな? 」

 董卓は、弓矢をつがえた。矢じりこそない訓練用の矢であるが。弓は、董卓が愛用する剛弓である。

 弓弦の音が響いた瞬間には、狙われた者に矢が刺さっているという恐るべき速さ。

 貂蝉の胸当てに矢が突き刺さる!

 と思いきや、貂蝉は、右手で、董卓が放った矢を掴んでいたのである。矢の先が貂蝉の胸に届く、その瞬間にである。

「おおっ。よいぞ! ならば、わしに射返して見せよ! 」

「はい! 」

 貂蝉は、左手に弓を持ち、左前方を疾駆する董卓の後姿をめがけて、矢を放つ。放った瞬間には、董卓の背に矢が刺さる!

 が、董卓もまた、右手を後ろに回しただけで、振り返って見もせず、その矢をつかみ取っていた。

 やがて、二人の馬は、草原地帯から、砂漠地帯へと踏み込む。馬の脚から砂塵がもうもうと立ち、董卓と貂蝉の間の視界が不良となる。

 董卓は、砂塵に紛れて、馬を右寄りに疾駆させた。貂蝉から見て右側に位置している。

 当然、貂蝉からは董卓がどこにいるかすらよく見えていないはずである。

 董卓は、撃つぞ。と予告もせず、左後方に位置する貂蝉をめがけて、矢を放つ。

 砂塵の中で悲鳴は上がらなかった。

 それどころか、貂蝉は、矢をつかみ取るや、弓を右手に持ち替えて、右前方を疾駆する董卓をめがけて矢を射返したのである。

「面白い! 面白い! これほど面白かったのは、呂布を見出した時以来だ! 」

 「矢のキャッチボール」とも言うべき、このゲームで、貂蝉が脱落することはなかった。董卓が巧みに不意打ちしても、貂蝉が矢を掴み損ねることはなかったし、貂蝉もまた、董卓を巧みに射て、董卓を驚かせたのである。

 このゲームの後、董卓は、貂蝉が飛龍騎の一員になることを認めると共に、弟子入りするための試験「七日千射」を受けることを認めたのだった。

 董卓が弟子を取ったのは呂布以来のことであった。


 そうした経緯を呂布は、婚礼の準備の合間に貂蝉から聞かされた。

 董卓が認めた実力があるなら、飛龍騎の一員として申し分ない。何より、戦場でも、貂蝉と共に行動できることは、この先、人生の大半を戦場で暮らすことになるであろう自分にとって、この上ない幸せである。

 呂布はそのように考え、貂蝉の要望に応えて、張遼、高順、成廉、魏越、侯成の五健将にも、紹介した。

 張遼は、ほろ酔い気味だったが、

「これからは、貂蝉殿を加えた六健将となるわけですな。我が軍はますます充実する。めでたいめでたい」

 と拱手して、貂蝉を受け入れた。

 高順は、祝いの席でも酒を口にしない。普段通りの軍人らしいきびきびとした動作で敬礼を返した。ほとんど無言、無表情であるが、その動作をもって、貂蝉を受け入れることを示したのである。

 成廉は、

「師娘ですね! こんな仙女みたいな師娘ができちゃうと、僕、師父から寝取っちゃうかもしれませんよ」

 と軽口をたたいたが、呂布にじろりとにらまれて、首をすくめた。

 ちなみに、師娘とは、自分の師父の妻に当たる人に対する敬称である。目上の人を娘と言うのは日本語的に見ると違和感があるかもしれないが、娘は中国語では高貴な人を意味する。皇后を「娘娘」と言うのはそのためである。

 真面目な性格の魏越は、貂蝉の美しさに圧倒されながらも、もごもごと挨拶を返した。

 侯成は、既に酔っぱらっていて、ロクに挨拶を返せなかったが、

「俺もこんな美しい嫁がほしいわ」

 などと言ったものである。


 呂布と貂蝉の結婚を祝う宴は、真夜中まではてなく続いた。その夜、董卓の屋敷から、紅い明りが途絶えることはなかった。


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