第4話 董卓のイメージをぶち壊します
政庁の奥には、喜ぶの漢字を二つ並べた「囍」の文字が飾り立てられていた。
そのすぐ下には、椅子が二つ並べられている。新郎の両親が座る席である。中華の結婚式では、新郎新婦は、結婚式場に入ると、天と地に感謝し、政庁の奥の椅子に腰かける両親に対して礼拝することになっている。
その上で、新郎新婦が固めの杯を交わすのである。
呂布が政庁に入った時、その椅子の一つに董卓が腰かけていた。
「おお。呂布、来たか。待っていたぞ」
董卓が椅子から立ち上がって、呂布を迎え入れた。董卓は、礼服を身につけていたものの、新郎の赤い服ではなかった。
呂布は、腰に下げた七星剣の柄から左手を離し、
「おやっ」
と首を傾げたのだった。
さて、皆様、董卓と言うと、デブッとした肥満体で傲慢な顔つきをしたあの姿を思い浮かべるかもしれません。
しかし、それは、三国志演義、あるいは正史三国志を書いた陳寿とかいうおべっか使いで自分の身の安泰と立身出世を図ることしか頭にない似非歴史家が、董卓を意図的に極悪人に仕立てようとしたためにそのようなイメージが出来上がってしまったのであり、実際の董卓は肥満体どころか、初老に差し掛かっていたにしては、全く腹が出ておらず、健康体で、筋骨隆々としたたくましい体つきだったのであります。
今日の日本でいえば、危ない系の刑事ドラマで主演するダンディなおじさまのような雰囲気だったと想像していただければよろしいでしょう。
と言うのも、董卓は、若いころから、馬で西域を疾駆し、西域の民族、つまり、羌族の顔役たちのすべてと交流したというほどで、それくらい活動的な人物だったわけです。
董卓は酒もよく飲み、肉も、野菜も、穀物もガツガツ食べる大食漢でしたが、食べた分、馬を疾駆させて、弓矢を用いて狩りをし、また、自ら農耕に従事していた時期もあったくらいですから、太る暇などなかったわけであります。
そう言うわけで、董卓は、初老ながら、呂布よりは背が低いものの、呂布に勝るとも劣らない筋肉質な体つきをしていたということであります。
大体、中国の歴史書というのは、新しい王朝が前王朝の歴史をまとめたもので、自らの王朝を正当化するために、総じて前王朝を貶め、真実を捻じ曲げて書かれるものであります。皇帝がそれを望むため、歴史家たちは皇帝のご機嫌取りをするべく、でっち上げの話を書かなければならなかったわけであります。
陳寿とかいう輩が著した正史三国志とやらもこの類の書物でありまして、後世、周大荒なる博識で聡明な人物のみが、真実に到達し得たわけであります。
しかし、惜しむらくは、周大荒でさえ、董卓の人物像を見極めることができなかったということでしょうか……。閑話休題。
では、物語を続けましょう。
そんな董卓は、慈しみに満ちた眼差しを呂布に向けていた。
呂布の目に怒りの色があったことに気づいたのだろう。
「呂布よ。めでたい日だというのに、そんな顔をしてどうした? どこか具合でも悪いのか? 」
「いいえ……。体の方はどこも……」
「ははーん。では、良からぬ噂のせいなのかね? 」
董卓がニヤリとした。
董卓は、初老にしては、おちゃめなところがあり、時々、人をからかって楽しむ癖がある。そんな時にニヤリとするのであるが、その顔を今見せたのである。
「わしが、貂蝉の美貌に目がくらんで、おぬしから、横取りした……。あるいは、王允は、貂蝉を餌にわしとおぬしを敵対させて、おぬしにわしを殺させようとしている……」
董卓は、わずかに白毛の混じるひげをしごきながら、カラカラと笑った。
呂布は、キョトンとするばかりである。
「いや……。あのう……」
その時、董卓の屋敷の家令が入ってきた。
「飾りつけはすべて終わりました。来客もそろそろ入場させたいと思いますが」
「おお。では、急がねばならぬ。呂布よ。わしの弓場に参るぞ」
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