第3話 やばい、やばい、呂布が怒ってるよ

「呂布殿。妻を娶る気はありますかな? 」

 王允の問いかけに、呂布は、

「いずれは、結婚したいと考えておりますが」

 とあいまいに答えた。

「ならば、あの娘はいかがです? 」

「はあ。あの娘とは? 」

 呂布の惚けたような応答に王允は苦笑する。

「ほれ、今、呂布殿が、見つめておられたあの舞姫ですよ」

「ああ、あの娘は……。今まで見たこともない……。美しすぎる娘ですな」

「あの娘は、貂蝉と言いましてな。とある親戚から預かっている私の養女です。貂蝉はかねてから、呂布殿をお慕いしていましてな。呂布殿さえ、お嫌でなければ、嫁として差し上げたいと思うのだが」

「嫌など……。そんなはずがありません」

「では、少しばかりお話してみてはいかがかな」

「はあ」

 王允は、呂布が承知したものとみて、貂蝉を呼んだ。呂布の側に座り、お酌をするように命じたのである。

 王允が席を外すと、呂布は、貂蝉とぽつりぽつりと言葉を交わし始めた。

 戦場では鬼神のごとき働きを見せる呂布も、貂蝉の前では、形無しである。

 たちまち、貂蝉のとりこになり、貂蝉もまた、うわさに聞くたくましい呂布の体に触れ、夢中になったのである。


 呂布と貂蝉の結婚は程なくして決定した。

 ところがである。

 貂蝉は、なぜか、王允の屋敷から董卓の屋敷へ送られてしまったのである。

 それ以来、呂布は、貂蝉と忍び合うことも叶わず、悶々とした日々を過ごしていた中、突然、董卓の屋敷において、華燭の典が執り行われることになったというのだ。

 新婦はなんと、貂蝉だというのである。

 呂布にとっては寝耳に水であった。

 ここ数日、呂布は意図的にか、董卓から遠ざけられていた。

 董卓軍最強の親衛隊『飛龍騎』を率いる呂布は、董卓の横に侍立するのが常であったが、ここのところ、

「今は、わしの身に危険が及ぶことはないから、側にいなくてよい」

 とか、

「この前の戦で負った傷がまだ癒えていないであろう。ゆっくり、養生せよ」

 などと言われて、半ば強引に休暇を取らされていた。

 それなら、貂蝉に合う時間も増えようというものだが、貂蝉は董卓の屋敷に入ったっきり、呂布の前に姿を見せなかったのである。

 呂布は、王允にも、

「何故、董卓様の屋敷に貂蝉を送ったのですか! 俺の嫁にしてくれるのではなかったのですか! 」

 と、詰め寄ったのであるが、王允は、苦笑いしながら、

「いずれわかる。さよう……。七日ほど待たれなされ。今は、わしからも詳しいことは言えぬ」

 と、のらりくらりとかわされるだけであった。

 世間では、

「王允が呂布に貂蝉を娶らせることになったために、呂布の親代わりとなっている董卓に貂蝉と対面させたところ、董卓が貂蝉の美貌に目がくらんで、横取りした」

 とか、

「王允は、貂蝉を餌に董卓と呂布を敵対させたうえで、呂布に董卓を殺害させ、自らが最高権力者になろうともくろんでいるに違いない」

 などと、勝手な噂をし始めた。

 そうした噂は、呂布の耳にも入っており、ますます悶々とするばかりであった。


 そして、華燭の典が行われるという今日になって、呂布は董卓の屋敷へ急いでくるように命じられたのである。

 董卓の屋敷の渡り廊下を歩きながら、呂布は、腰に下げた七星剣の柄を握る左手に力を込めた。

 呂布の目は、戦場で、敵を斬り捨てる時に見せる冷たい眼差し、それに怒気を含んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る