第2話 王允は連環の計を仕掛けたのか?
呂布の目に陰りがあったのは、皆様、推測のとおり。
先日、呂布は、献帝に忠実に仕える文官の王允の屋敷に招かれた際に、絶世の美女の舞を見せられた。
身体の線が透けて見えるほどの赤く薄い着物をまとったその美女は、水が流れるような身のこなしで、古典舞踊を披露した。
美女の口元は、紗によって覆われていたが、彼女の流し目を呂布もはっきりと見た。
細く長い眉毛に、ぱっちりしたまつげを宿したつぶらな眼差し。その眼差しが、戦場で敵を射竦める呂布の目を臆することもなく、まっすぐに見ていた。
細くしなやかながら、成熟したばかりの胸と尻、それに細い腰。その美女の何もかもが、呂布の心を捕らえたのである。
「呂布殿は、奥様はまだおられぬとか? 」
王允が呂布にそう問いかけた時も、呂布は魂が抜かれたように、美女を見つめるばかりで、すぐには答えられなかった。王允に小突かれて我に返った時に、ようやく、
「はあ。初陣して以来、ずっと戦場暮らしでしたから、妻を娶る間もありませんでした」
と答えたものである。
「今は、乱世。関東では董卓殿に反発する者どもが、魑魅魍魎のごとくうごめいています。南の方でも、米賊や劉焉がひそかに野心を抱いております。呂布将軍は、この先も、戦続きの日々を過ごすことになりましょう。しかし、ここ、長安は、関に守られ、羌族などの西の遊牧民たちも、董卓様に忠誠を誓っており、比較的平穏でしょう。結婚するなら、今、この時期において他にありますまい」
「はあ。確かに」
董卓が兵を率いて洛陽に上京し、少帝及び献帝の幼い兄弟を保護した時、袁紹や曹操と言った関東の群雄たちは、この幼い皇帝を奪取せんとして、野心を露わにした。
董卓軍は、それなりの兵力を擁していたとはいえ、中原のただなかにある洛陽は、東西南北から攻撃を受ける位置にあり、孤立無援の状況にあった。
少帝及び献帝に忠実に仕える董卓が、漢王朝の忠臣として、群雄たちに号令を発しても、これに従う者はいなかった。漢王朝の威厳も先帝らの放蕩政治のつけにより地に落ち、黄巾の乱を機に、崩れ落ちていた。群雄たちは、武力によって、皇帝を奪取し、これを傀儡として立て新たな時代の覇者となろうともくろむばかりであった。
そこでやむを得ず、董卓は、少帝及び献帝を守って、函谷関を抜け、長安へと落ち延びたのである。その旅の途上、体の弱い少帝は病に倒れて崩御したために、献帝が擁立されていた。
当時、長安は廃墟同然にあれていたが、さすがにかつて漢の都だっただけはあり、様々な条件に恵まれていた。
献帝や董卓の人望を慕って洛陽から移住してきた人々を受け入れて、新たな街づくりが速やかに行われた。
その甲斐あって、今、長安の都は、真新しい建物が立ち並び、かつての活気を取り戻しつつあった。
函谷関は、勇将華雄らが堅く守っており、袁紹、曹操と言った関東の群雄どもが長安に押し寄せる心配は今のところない。
そのため、長安にいる呂布は、一息つける状況にあったのである。
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