第3話 新しき力

酷く曖昧な夢を見た、独特の浮遊感がそうさせるのだろう、キーツは医療カプセルの中で覚醒した、この短期間に2度の医療カプセル行きは彼にとっても初めての事である、不愉快なのは前回と一緒、地球人用のを作れと叫びたくなるのは毎度の事である、


「ジルフェ、状況説明を」

慣れた口調で言葉を投げる、


「マスター、御気分は如何ですか」

落ち着いた女声である、酷く間延びして聞こえた、その声に導かれるように曇天の中にある雑多な意識が集合していくのを感じる、ゆっくりとその力を取り戻しつつある脳みそが実感され、奇妙な思考速度の上昇を俯瞰しつつ言葉を繋ぐ、


「気分は悪くない、しかし、この身体に何があった?」

覚醒しながら記憶を探り出し、倒れた直前の自身の行動を振り返る、特別な事は無かった筈だ、強いて言うなら棍棒の一撃であろうか、しかしそれも大したダメージでは無かった筈である。


「はい、昏倒の原因は本惑星の大気内に存在する未知のエネルギーによるものと推測されます」


「えっ、・・・あぁ、確かになんかそんな事言ってたよね」


「はい、簡単な報告を致しましたが、マスターの肉体に対してこのような影響が出るとは予想しておりませんでした」

キーツは改めてカプセル内の自身の状態を確認した、カプセル内は青色の液体で満たされ四肢と胴体には至る所にセンサーが突き刺さりペニスには採尿管、肛門からも何やら管が伸びている、酸素マスクが顔面を覆いこれのお陰で会話が可能であったのかと認識する。


「さっきよりも大袈裟な状態でないかな?これ」


「はい、非常に興味深い状態です、詳細な検査と各臓器・神経への負荷試験を行いました」


「・・・興味深いとは?というかこの身体は正常?に動けるのか」

キーツは意識して四肢の稼働を試みていなかったが、ふと不安になる、思考は徐々に回復し、身体からも異常が感じられる部分は無い、下腹部に違和感はあるもののそれは排泄口に接続された管のお陰であろう、


「はい、興味深い点については、レポートを確認下さい、また身体については業務に差し障りは無いと考えられます」


業務ってとキーツは思いつつ、眼前に投影されたレポートを目で追っていく、それは検査項目とそれに伴う結果及び処置内容を項目毎に羅列したものであった、かなりの分量である、しょうがないかと覚悟を決め慣れない視線操作に戸惑いつつ要点を把握する。


「・・・つまり、身体能力が異常に活性化していると考えていいのかな、これは」

キーツはややあってそう結論付けた、


「はい、但し数値上の結果であり、実際に運動テストを受けて頂く必要があります」


「・・・そうだよね、数値だけ見ると・・・怖いな、地球人の数値ではないよね」


「はい、この結果から大変興味深いと申し上げた次第です、さらに付け足しますとズイザボ4号星人の平均値を上回る数値となります、これでオラ巡査に揶揄からかわれないですみますね」

ジルフェが珍しく冗談めいた事を言った、いや、ジルフェとしては至極真っ当な見解なのであろうが、


「・・・笑えないかな、・・・しかしだ、これの原因がその未知のエネルギーなのか?というか大気中に散在するエネルギーってなんだ?発生源は特定できるのか?そもそも・・・」

と乏しい科学知識を総動員してエネルギーとは何かを論じようとするがまるで頭が働かず言葉は尻すぼみに小さくなる、ジルフェは言葉を持っていたが続かないようだと判断し、会話を繋いだ、


「エネルギーと呼称しておりますが暫定であります、本艦に搭載しております分析機器では対応しかねる存在です、その為連合より研究艦と専門家の派遣が必要と考えます」


「・・・つまり何も分らないって事か、・・・いよいよ新宇宙探検の世界だな」


「はい、このエネルギーに対してはその分布と濃度の調査は可能です」


「・・・それは・・・」

困ったなと言葉に出来ず飲み込んで、いや、困ったのかと自問する、暫し沈思し心を落ち着けた、


「わかった、取り合えずカプセルから出してくれ」


「はい、排出準備に入ります、睡眠導入処理致します、排出可能となりましたら覚醒させます、おやすみなさい」

キーツはそのまま医療カプセルの為すがままに任せる、ゆっくりと失われていく視野の中に見慣れない金属片が舞漂う、なんだっけと思考してアヤコと一緒に首に掛けたペンダントトップである事を思い出した瞬間、すとんと意識を無くした。




「これで運動テストは終わり?」

キーツは呼吸管理のマスクを外し、側のテーブルへそっと置いた、その姿は医療室を出てプレイルームと名付けられた環境再現室にあった、医療室から私室を3つ挟んだ距離にあるその部屋へ辿り着く間に様々な違和感があったが、まぁ気のせいだろうとジルフェの用意したテストを黙々と熟していた、時々小さな歓声が口から溢れてしまったが、


「はい、マスターお疲れさまでした」


「なかなかに、超人?スーパーマン?、いやすごい肉体になってしまってるね」

我知らず口元が綻ぶ、不謹慎かとふと思ったが簡単な運動で気持ちの良い汗を掻いた事も手伝って気分は高揚し、カプセルから出たばかりの不快感は綺麗に無くなっていた、さらに想像した以上の身体能力に我が事ながら驚きを隠せない、地球時代の、地球人では到底到達できない能力を持つ同僚異星人達にも引けを取らないだろう、彼らに作戦上付いていけずに歯痒い思いをさせられたが、今なら彼らを後塵に置いて少々の憂さを晴らす事も可能かもしれない。


「結果を表示します、素晴らしいを通り越してとんでもないですね」

ジルフェが普段使わない表現を使用してそう評価を下す、


「あぁ、すごいね、それに自分の身体に振り回されるのがこれほど快感だと思わなかったよ、もう暑苦しい戦闘スーツに頼らなくてもいいかもね」

そうですねとジルフェは実に機械的に返答し、


「しかし、肉体強度は変わりません、戦闘時にはハードスーツ以上の装備使用を推奨致します」


「・・・普通に傷を負うということか・・・それはそうだよね、鱗が生えた訳じゃなし」

キーツは露出した両腕を摩る、生物的な柔軟性は無くしていない、確かに刃物にも銃弾にも光学兵器にも弱そうである、今まで通り、


「ロボットになった訳でもないんだし?」


「それはジョークと承っていいのでしょうか?」

ジルフェは不思議そうにそう言った、そうだよとキーツは答え、笑うべきですかと問うジルフェに、あまり虐めるなよと口角を上げた。


「最後のテストです、テスト開始から現在迄の経過時間をお答え下さい」


「経過時間?1時間は経っていない、45分かな」


「45分ですね、以上でテストを終了します」

ジルフェはクルクルとその場で回転する、珍しく思考中のようだ、しかしその回転はとても緩慢であった。


「どうした、何か不都合か?」

キーツが訝し気に問い質すと、


「はい、いいえ」

と回転しながらジルフェは曖昧に答える、ややあって静止すると、


「イーア型拘束具の使用を提案致します、拘束具の利点としまして・・・」

キーツはその言葉を遮り、


「ちょっと待って、イーア型?リオル巡査が使っていたってやつ?そこまで必要か?」


「必要です」

珍しくもジルフェは断定し、


「イーア型拘束具の利点としまして、身体能力及び思考速度の段階的抑制、簡易な施術、詳しくは機能一覧を確認下さい」

テーブルモニターにカタログの一部が表示される、せっかくのテスト結果に上書き表示されてしまった。


「しかし、そこまで・・・」


「必要です」

再びジルフェに断定される、根拠はとキーツが問うと、


「3分12秒です」


「何が?」


「テストに掛かった時間です、さらに言いますと現在私の会話機能は通常の25倍の速度で処理されております」


「・・・えっ、あぁ、そうなの?」

間の抜けた声がキーツの喉を通り、瞬間的に快感に酔っぱらた幸福感が若干の混乱を含んだ頭痛に取って代わった。


「イーア型拘束具を作成致しました、現物を確認下さい」

サイドテーブルに5本のテープ状の装置が転送された、一見してその用途にまるでそぐわない代物である、とても薄く頼りない。


「・・・あぁ、待って、ちょっと待て」

とキーツはこめかみを抑えつつ大きく息を吐くと、


「現状を把握したい、この肉体についてだがもう少し詳しく説明してくれるか」


「はい、業務に支障が無い点については説明致しました、健康状態は必要十分と判断致します、必要であれば先程の検査データを確認下さい、運動能力についても同様です先程のデータを確認下さい」


「うーん、何というか、そういうのでは無くてな」


キーツはさらに眉根を寄せてテーブルに腰掛ける、こういう時アヤコがいれば自分に必要な要点だけを伝えてくれた、砂漠の砂のように雑多で大量な情報から対象にとって必要なそれを導き出す事は高度な対話能力と緊密な人間関係に依拠する所が大である、ジルフェを始めとした情報知能はどれほど発展進化しようとどうしてもその点は生身の生物に劣る点があった。


「あぁ、分かった、こう聞けばいいのか、現在の俺の身体の利点と欠点を簡単に説明してくれ、簡単に言葉で頼む」

ジルフェはくるりと一回転し、


「はい、現時点での評価であります事をご理解下さい。尚、長期的にモニターしていきますがこれは通常モニターと同等の処置となります。次に質問に対する答えですが、利点を上げますと身体能力・思考能力の劇的な向上、これはマスターの通常データに比して20倍~50倍程度となります。欠点は銀河連合に於ける通常時間での活動が非常に困難になる事、対処としましては提案致しましたイーア型拘束具による全身に対する拘束負荷が有効と判断しました。この処置はイーア2号星人他通常時間帯での活動が困難な知性体の標準的な対処方になります。次に筋肉組織の負荷に対し骨組織が耐えられない点があります、これは現時点ではその可能性がある程度の問題です、未知のエネルギーによる影響はマスターの全身に及んでおりますが、骨組織に対してはその影響が遅いようです、他、脳を含んだ神経系への負荷、精神への影響も未知数であります、この点についてもイーア型拘束具が有効であると判断致しました」

以上であります、ジルフェはそう言って言葉を閉めた。


ありがとうとキーツは天井を見上げて返答する、左手で拘束具を弄びつつ良い事ばかりでは無いよねと虚空に呟いた。


ふと、アヤコの顔が思い出される、彼女が自分と同様にこの星へ来ていた場合、その可能性が非常に高いが、同じ症状になるであろう事を考えると、彼女はどう対処できるであろうかと心配になる、なにせ彼女の身の回りには3台のジルフェと探査艇しかないのであるから。


「アヤコが心配だね」


「ミストレスに関する探査状況を報告致しますか?」


「見付かったの?」


「いいえ」

にべもなく答えるジルフェをジロリと睨みふーっと溜息を吐くと、


「つまり、このスーパーパワーは確かに便利だが、日常生活が不便な上に不明な点が多すぎて、さらに俺の身体は耐えられないかもしれないという事だね、確かに骨がギシギシいってるような気がするな、まだ・・・気のせいかな」

右手を左肩に当てグルグルと左腕を回してみる、違和感を若干感じた、


「マスターの肉体を継続的に観察調査致します、それにより今後の対応を変更する必要があるかもしれません、また、エネルギーそのものの研究が必要です、その為には・・・」


「それは聞いた、そうだね、まずその未知のエネルギーってのが不便だな」

右手人差し指で額を何度かこすり、


「エーテルと名付けよう」


「はい、良い名前です、さらに申し上げれば学名候補として」


「そこまでは必要無いよ」

眉根を寄せてそう答えると、


「まぁいい、スーパーパワーには憧れていたが、その手のモノが代償無しに手に入る道理は無いからね」

さらに言えば代償があっても手に入るモノでも無いかと続け、


「あれは、スペアは使えない?」

と妙案を思い付く、スペアとは文字通り予備である、それもキーツとアヤコそれぞれの肉体が3体分常備されていた、


「使用は可能です、地球を離れた時点で作成したスペアが最新ですがそちらであれば記憶の移行で対処可能です、しかし、この惑星の大気を吸う度に同じ状態になります、勿論この惑星の動植物を摂取しても同様と考えられます」

それもそうかとキーツは答え、他に代案も無さそうかなと独り言ち、


「アヤコの捜索と帰還方法の探索、あぁそれと救出した現地人対応もあったか」

しっかり忘却していた現地人の事を思い出す。


「はい、諸々の課題が山積しております、現状この惑星に順応する事が最適と判断します」


「よし分った、こいつを付けてくれ」

デスクモニターをざっと眺めつつワザとらしくスーパーパワーとはおさらばかと声に出す、空元気のつもりであった、


「了解しました、簡易ベッドを設置します」


「それから外部端末が必要とあるが・・・」


「はい、なにか適当な物があれば提案下さい、なければ・・・」

これにと言ってキーツはペンダントを胸元から引き出す、出来そう?と言葉を続けると、


「可能かと思いますが、複製スキャンを、複製物に端末を仕込みます」

クルリと回転し、


「制御スイッチは接触音声式となります、全体若しくは一部に触れた上で音声にて制御して下さい、またこちらへその起動の旨を通達頂ければ起動可能でありますその場合は音声のみで起動致します、尚、どちらかの面にダイヤルを設けますがどちらが宜しいですか?」

普通裏面だろとペンダントを外しつつ答えると、


「すいません、裏面はどちらで」

宝石の付いてない方と答えると理解しましたと返答があった、キーツは何となく苦笑いを浮かべる。




キーツの姿は食堂兼会議室兼事務室へ移っていた、2人で使用した場合も伽藍とした広さに寂しさを感じたものであったが、1人になると猶更で、40人は余裕で食事の摂れる空間で、キーツはいつものレプリケーターの側に陣取っている、そこは部屋の隅にあたるものだから1人の侘しさが増すばかりであった。


困ったねと言いつつキーツはハンドモニターを虚空に捧げつつジルフェからの報告書に目を通す、報告内容は多岐に渡りクラシカルな百科辞典何冊分かと意味もなく文字数をカウントしてページ数を計算してしまう。


施術した拘束具の具合は大変好調で施術箇所の痒みも無く、違和感も感じない、ジルフェ相手に使用テストを何度か繰り返したがキーツ本人にその変化は実感しにくく、アナログ時計を見ながら認識速度の調整を試したが中々に楽しいと感じてしまう。

しかしとキーツは思う、スーパーパワーを持つ同僚刑事を何人も見てきたが、それは地球人に比してのスーパーパワーであって彼らの常識的生活内では彼等はあくまで一般人なのであった、筋力が強すぎて持ち上げるだけで粉砕してしまう物品や、反応が遅すぎて会話にもならない隣人に囲まれて、その常識的日常と生活習慣を抑制しなければならない彼等の心中を想像すると、これはイラつくよなと素直に理解できた、かと言って事あるごとに地球人をネタにした罵詈雑言を浴びせられた事や、地球人であるというだけで専ら後方支援に回されていた事に対する憤りは消えるものでは無い、いつかぶっ飛ばすと何度も本気で思ったがそれも叶うかなと考え少しばかり溜飲を下げた。

あ、俺とアヤコの扱いの違いは看過出来ないなと、まるで奴隷と貴族のような扱いの差別を思い出し、やっぱりぶっ飛ばすと心に決めた、それが出来る力を手に入れたし、正攻法でぶっ飛ばす、その為には・・・。少々後ろ向きであったが本部に帰還する新しい動機を手に入れた。


「マスター、お困りですか」

後ろ暗い妄想に逃避していたキーツを見かねジルフェが声を掛ける、キーツは目頭を押さえ妄想を振り払うとハンドモニターに視点を合わせ、中々頭に入ってこない専門用語と数字の羅列に改めて向き合った、しかし、駄目である、キーツは魂の抜けた目でジルフェを見上げると困ったよと呟く、


「やっぱり、アヤコがいないと駄目だなぁ、情報処理は苦手というより面倒でね、軍人時代にこの手の処理はゲロを吐く程やったから、それにこの端末はアヤコ用にカスタムしてないか、今ひとつこうなんとも」


困惑はやがて愚痴に変わって、ぶつぶつと言葉にならない戯言を生成し続ける。

やがてその声も途切れハンドモニターをテーブルに置きスッと立ち上がると腰を伸ばした。


「身体に違和感ですか?モニター値は正常です」


「あぁ、ありがとう、お気遣い無く」

はぁーと息を吐くと、御目付け役か子守役かはたまた口うるさい家庭教師かとぐちぐち言いつつ椅子へ座り直すと、


「うん、遊んでられない、ジルフェ、報告内容が細かすぎる、まずは、アヤコについて分った事は」


「はい、現在ソウヤ4番艦を地上及び周辺宙域にて捜索中、救難信号無し、機影無し、次元通信痕跡無し、動力炉反応識別難、全通信チャンネルにて応答を要請しておりますが返信ありません」


ジルフェの返答を受けゆっくりと思考する、既に観測衛星及び調査衛星共に予定の軌道に入り各種データが送られてきている、ハンドモニターにはこの惑星の地図も雲の厚い部分を除いて完成しているとの報告もあった、キーツの考えうる対応策はジルフェの提案するそれを超えるものでは無く、アヤコの捜索についてはこのままジルフェに一任するのが得策であろう、キーツは歯噛みながらもそうせざるを得ないと結論付ける、


「引き続き捜索を続けてくれ、捜索に於いて問題は?」


「次元痕跡が多数惑星上に観測されております、この痕跡が捜索に何らかの影響を及ぼしている可能性があります。また同様の痕跡が周辺宙域にも確認されており、こちらは惑星上のものと比し大規模なものです、この規模の次元口は銀河連合に於いては禁止される規模です」


「禁止レベル?すごいな、そこまでいくとどれだけのエネルギーが必要になるか」

あぁ計算しなくていいよとキーツは続け、


「俺の知る限り、次元口は自然発生するものではないと思うが」


「はい、銀河連合の記録によると自然発生と思われる次元口は2例確認しておりますが、学術的な検証はされておりません」


「つまり、それは・・・原因不明って事だろ」


「はい、そうですね2例共にその可能性があるとされている程度です」


「するとこの惑星には次元技術を持った存在があるという事?」

俄然面白くなってきた、


「はい、その可能性が高いです、ですが本惑星に我々の技術水準に到達している文明があるとは考えられません、惑星全域の技術程度は石器~鉄器時代初期と推測されます、次元技術の根幹装置には少なくとも炭素精製が必要となります」

キーツはハンドモニターを手にすると惑星地図を立体表示させた、続いて痕跡をオーバーラップ表示させる、


「うーん、痕跡は陸上に集中しているわけではないのか・・・」

痕跡は赤い球体で表示されているが、陸上のみならず海上にも多数点在しその高低もまちまちである、


「時系列表示は可能?」


「申し訳ありません、できません」


「ん?観測機器の能力不足?」


「はい、ショウケラの観測能力ですと時間座標の調査は不可能です」

しょうがないかと返答し、


「これが捜索の妨げになっている?」


「はい、次元技術を一般使用していない惑星であればソウヤの持つ動力炉が仮に停止していても次元歪曲を観測する事によりその存在を割り出せます、また次元通信の痕跡も同様でありますが、それが不可能であります。また、我々の次元技術と周波数帯が被るものも多数観測されておりますので、その中からソウヤの動力炉を選別する事は困難な状況です」


「それが動力炉捜索の難点か・・・、時間を掛ければ可能?」

ジルフェは高速で2度回転し、


「現在の観測機器では時間が掛かりすぎます、計算上・・・」

わかったとキーツは答え、暫し沈思する。


「今後の調査方針として、現状出来うることをフル活用してくれ、必要なものがあればすぐに相談すること、場合によっては俺の許可は必要無い、但し現地知性体に影響を及ぼす事が無いように、ま、俺が特別指示する必要は無いと思うけれども」

影響の中には知性体に発見される事・気付かれる事が第一義として定義される、


「了解致しました」


ジルフェは殊勝にそう返答するが、出来うることはほぼ実行している状況である、それはキーツも理解している所であるが、銀河連合が誇る最新鋭の巡視艇とその装備を惜し気も無く使い倒してこの体たらくは言葉にならぬ程歯痒い、まだなにか出来る事は無いかと思案を重ねるも何とも良案は浮かばなかった。

アヤコが居ればと呟きそうになり言葉を飲み込んで、


「次は、惑星情報を頼む、詳細は・・・これか」

ハンドモニターをちょこちょこと弄り惑星地図に情報を追加してゆく、


「はい、では重要項目のみ申しますと、平均重力は0.982G、直径及び予想重量は地球とほぼ同じです、1日の時間は地球換算で25時間16分30秒、公転周期450.3381199日、陸地と海洋の面積比は35対65、現在位置は地図上へ表記されております」

ジルフェの説明を聞き流しつつ現在地を確認する、赤道と仮の北極点に対しやや赤道より、地球であれば過ごし易い地域であった、続いて詳細なデータに目を通す、


「外気は快適だと感じたけれど、現在地の温度と湿度はこれか、季節は分かる?」


「予想となりますが、現地点の冬至と夏至から判断しますと初夏であると考えられます」

これから暑くなるのか等と詮無い事を思いつつ、


「まぁ、季節の定義は曖昧だからな」


「はい、文化に依拠する所が大きいです、地球を参考に致しました事をご理解下さい」

つまらない事を聞いたと反省しつつ、


「恒星系の情報をモニターへ」

瞬時にハンドモニター内の球体が縮小し、恒星系図が表示される、巨大な天体を中心に10のそれを取り巻く円と幾つかの楕円が表示された、


「まずは、本惑星の衛星ですが、4つ観測されております、巨大な衛星が一つ、それに比して半分以下の衛星が3つとなります、その構成物質等は調査しておりません、次に恒星系についてですが、惑星数は10、これは銀河連合の惑星基準に合致した惑星のみをカウントしております、本惑星は恒星から近い順に5番目の位置になります、他、彗星と思われる動きの天体が4つ、準惑星系が4つ、小惑星群と思われるものが2つ、恒星系の調査については時間が掛かりますので、引き続き観測を続けます、尚、表記しました惑星及び衛星の軌道は予想であります事を申し加えます」

了解とキーツは答え、


「その次元痕跡についてはどうなってる?」


「はい、表示致します、詳細を述べますと本惑星の周囲、最も遠い第10惑星周囲、小惑星群中心部に集中しております、こちらもその痕跡数は観測できましたが時間座標の観測は不可であります」


「すごいね、これが禁止レベルの次元口?我々と同等以上の技術文明が存在するということかな?」

恒星系図内の最外縁にある惑星付近に惑星とほぼ同じ大きさの次元口を示す表示が重なっている、


「はい、銀河連合では作成された事の無い規模です、さらに観測を続けますが、これ以上の調査には調査団の派遣を進言します」


「そうだね、・・・けれど、こちらに直接影響が無い限り調査を優先する必要はないよ」

他に重要な事はある?とキーツが続けると、


「恒星を含め命名権があります、如何致しますか」


「・・・全部で幾つ?あっ答えなくいい、それはこの惑星の知性体に任せたいかな」


「了解致しました、その旨記録致します、次に時間基準の修正が必要と考えます」

それは大事だとキーツは同意し、24時間制を採用し1秒の時間を調整する事で対応する事とした、単純に地球で慣れていた事もあるが1秒を少々長くすれば対応可能である点が簡便であったのが大きかった。


「同様に月日の設定ですが、現地知性体基準を採用する迄は銀河連合基準にて記録致します」


「了解、地球では併用してた筈だよね」


「はい、本惑星上の活動記録についての諸々の設定について検討する必要があります」


「銀河連合標準でいいんでない?」


「問題点としまして銀河連合との同期が取れておりません、通信途絶状態が長引きますと本部との基幹連携に齟齬が生じます、単独活動基準へ変更する必要がある事を提案致します」

そんな基準があったのかとキーツは答え、それは任せるよと続けた。


「保護した現地知性体についてですが」

ジルフェは続ける、その言葉を聞いた瞬間キーツは顔面から血の気が引く音を実感し、あぁー忘れてたと頭を抱えた、


「もしかして、助けたままほったらかし?」


「はい、本艦外部に簡易キャンプを作成し時間凍結処理をしております」


「モニター出せる?」

瞬時に現場映像がハンドモニターに映る。


艦外は昼であった、艦内での状況対応が長引いた為ごっそりと時間感覚を無くしている事に気付く、さっそく修正された時刻表示を確認すると昼をやや過ぎた時刻で、そういえば食事を摂っていないなと気付くも空腹感は感じなかった、モニター映像から見る野外は柔らかい日差しが落ち周囲の草木が若干の風に煽られ気持ちよさげに揺れていた、川風かなとふと思う、遊びのキャンプには良い環境だな等と詮無い事を考えてしまう。


映像が動き簡易設置型の環境制御装置を中心にした絵になる、この装置を中心に青色の半透明ドームが生成されその内側が時間凍結処理の効果範囲となる、ドーム内は風雨を遮り気温・湿度管理が可能、その上時間制御・重力制御・大気制御(真空処理)も可能である等緊急時には大変重宝される装置である。


無機質な装置を中心に4体の生命体が同心円状に寝かせられていた、叢に寝台も無く横たわっている、うち一体には片腕が無く治療装置が肩を覆っていた、その一体のみ身なりが整っている、柔らかそうな薄手の半袖と長ズボンを身に着け、その上から革製の簡易的な鎧に膝まで覆うブーツ状のサンダル、一際目を引くのが厚手の黄色いマント、ベルトにはその主は失われているが革製の鞘が大小2つと雑貨類を収める為と思われる幾つかのポーチが括り付けられている、特筆すべきはベルトから伸びる大腿部側面を覆う垂れであろうか、鋲と焼き印で衣装が凝らせれており美しくも雄々しい馬のような生物の絵が記されている、それらは彼自身の出血と泥と草汚れで大変薄汚い。

他3体の身に着けているものはとても衣服とは呼べない代物であった、麻に似た材質で袋状の品物に顔と腕を出す穴を開けた程度の代物である、袋の大きさは共通している為か小柄な2体は膝まで覆われ、やや大柄な1体は太ももが露わになっている。手足の戒めは解かれており顔を覆っていた袋を外されていた、痛々しさはだいぶ和らいでいたがこの3体と鎧の1体の関係を想像すると良好なものではないかもしれない。


さらにそれぞれの外観を観察すると、鎧を来た1体は濃い茶色の癖毛に浅黒い肌、これは日焼けの為かと思われる、髪と同色の不精髭が顔面下部を覆っている、地球人を例にとれば地中海周辺の民族を思い出させた、露出した腕の筋肉は充分以上に発達し、残った右手はごつごつとして非常に無骨である、良く鍛えていると評せる肉体である、見た目だけでは年齢について判断できない。


拘束された比較的大柄な1体はとても美しい金色の髪が腰まで伸びている、癖の無い直毛でアヤコの例を引くまでも無く手入れが大変そうである、肌は白いが生物的な血色ではなく人工的な白色で陶磁器を思い出させる、さらなる観察が必要であるが体毛は無いか薄く、髪以外の毛は眉毛と睫毛程度であろうか、産毛すら無さそうである。顔の作りは地球人と変わりないが耳は笹の葉のように長く尖っている、それが頭部に沿って後方へ伸びていた、ある種の髪留めのようにも見える。筋肉は少なく手足は細く長い、対して胴は短く頭部も小さい、生物としては大変儚げな印象を受ける、恐らく女性か、女性であって欲しいなとキーツは何となく思ってしまうそれほど美しいと表される容姿であった、その為身形から受ける印象の乖離が酷く、その置かれた社会的状況を想像すると何とも複雑な気持ちにさせられる。


残り2体は良く似ているがそれは遠目であればと条件を付ける必要がある、2体共に顔はおろか全身が黒く濃い体毛で覆われており、衣服の下は確認できないが恐らく尻尾が存在するであろう、顔は獣のそれである、地球基準で考えれば一体は犬か狼、もう一体は野性の猫を思い出させる、狼顔の個体は力強い牙が白くその口元を彩っており凶暴性が感じられ、それに比すれば猫顔の個体は大変愛くるしい印象を受けた、共に子供なのであろうか、キーツの持つ常識からすると獣型の知性体は大柄である事が多い、そう思って観察すると閉じた目と顔の比率、それから頭頂部の耳の配置等がその仮定を補完していると感じる。


4体共に共通するのは2足歩行である点と腕が2本である点、銀河連合の標準的知性体とされる生物群の特徴に合致する、これは連合の「原初知性体発生学」で最も重大な研究テーマとされているもので、社会性を持ち様々な技術を開発した挙句銀河に進出した知性体には共通点が多い、その共通性が惑星環境によるものか発生段階によるものか様々な論が噴出し活発に議論されている学問であるが、この惑星の知性体と仮定して保護した生物もその例に漏れないようだ、地球人と良く似た生物が2種、獣型と分類される生物が2種、キーツが同化浸透するのは難しくないようであった。


モニター越しに知性体を観察しつつ、そういえばとキーツは口を開く、


「彼らを保護してからの経過時間は?」


「現地時間で3日と13時間20分です」

ゲッ、とキーツは驚く、再び頭を抱えつつ先に確認しておくべきだったと呟く、というかやはりパートナーかアシスタントの必要性を強く感じ、うがぁとわざとらしく悲鳴を上げた、


「大丈夫ですかマスター?」

勿論だと返答し、さてとと映像へ目を移す、


「彼らの状態は?」


「保護した知性体は4種4体、麻痺状態を治療し就眠状態です、片腕を欠損した個体に対して表面細胞を培養固定処理しております、また、4体共に若干の栄養不足でしたので経口にて非常食を流し込んであります」


「彼らの個体経過時間は?」


「こちらへ搬入してから3時間程度です」


「なにか情報は取り込んだ?」


「いいえ、知性体からの情報収集はマスター又はミストレスの指示が必要です、その方法について及び収集事項も指示願います」


「できるだけ肉体・精神共に影響が少ない方法で具体的手技は任せる、取り合えず言語・文字・社会習慣について重点的に収集して欲しい、技術的観点と周辺地域の名称も必要かな?」


「了解致しました、時間は掛かりますが睡眠下での口頭審問、イメージ誘導による脳内映像の抽出・解析を致します。この手技であれば対象に対する負荷は少ないものと思われますが、未知の生物ですので薬剤を用いた手技は忌避する事とします、尚、遺伝情報と寄生生物・共生細菌の調査も提案致します、今後マスターがこの惑星上で活動するのであれば、細菌類への対応が必要であると考えます」


「あぁ、そうだね、俺は異物だったな」

地球へ派遣される前も大変不愉快な思いをして細菌類への適応処理をしたものだと思い出す。

ちょっと待てとキーツは言って、


「もしかしてあの処理をまた受けるの?」

キーツは悲し気にジルフェを見上げる、


「あの処理がなにを指しているかが分かりません」

キーツは、あぁと呻きつつ目を閉じて天を仰ぐ、


「要望を言わせてもらうと、できれば経口摂取と全身滅菌程度で適応処理をお願いしたいのですが」


「惑星環境適応処理については調査・分析結果をお待ちください、処理内容についてはその後提案させて頂きます」

なるべく優しくしてねと弱弱しく答える、


「4時間程度時間を頂きます、手技を始めて宜しいですか?」

許可するとキーツが答えると、映像内にジルフェが8体飛び込んできた、内4体は医療装置付きである。


しかしとキーツは思う、本格的にこの惑星上での活動を考えなければならない、アヤコの捜索、連合への帰還が最重要として、成り行きと使命感で保護してしまった彼等をせめて生存できる環境へ戻してやりたいし、自分自身の生存という問題もある、艦内に引きこもれば生存に関しては何ら問題は無いとしても、せっかくの知性体揺籃惑星の発見なのだ、この星を探検してみたいとの気持ちが湧いてきていた。


銀河連合での経験も地球での経験もそれぞれが新しい発見と冒険と勉強の日々であったが、それらはある程度成熟した文明の上に成り立った事象であった、技術は成熟し大系化され、人命を尊重する社会と規範が根底に育まれ、他者との関わりは形式を経て友誼へと昇華される、それらは恐らく知性体の群れとして到達できうる最高峰にあると思われるし、幾つかの文明に触れたキーツ本人も、幼少期に教えられたお題目が決して論で終わらずに実際の結果として和を生み出している事を経験し、その利を享受してきた。


しかし、キーツが知らない常識がこの星にはまだ存在しているようだ、それは銀河連合に参画できる文明社会がとうの昔に経過した社会常識である、その社会が今、目の前にあるのだ、これは書に頼るしか歴史を知りうる方法が無い連合加盟国にとってはまたとない事例研究となる、巨大な次元口の調査やエーテルの研究も勿論だが、キーツにとってはこの発展途上の文明社会がより探求心をそそられた。


とどのつまりは冒険したいのである、探検したくなったのだ、知性体が死と常に隣り合わせの畜生らしく生きている文明社会が目の前にあるのだ、剣と鎧の世界である、獣人や人形のように美しい生物が存在し、それらを軽々と屠る醜い外敵もいる、都合の良い事にキーツと似た知性体もいるのだ、冒険するなと探検するなと言うのは無理な話である。


興奮しているな、と思考の一片が警告する、らしくない、冷静になれとさらに警告がする。


キーツは頭を掻いて伸びをすると、エーテルの影響かしら等と考えつつ、暴走気味であった思考を制した、

「ジルフェ、少し相談に乗ってくれ」


言葉にする事にする、少しは思考も整頓させるだろう、

「はい、マスター何か?」


ジルフェがふらっと視界に入る、

「今俺が置かれている状況を整理したい、何が出来て何が出来ないか」


「はい、まずはマスターに対する法的問題についてですが」


「いや、ごめん、そうじゃない」

キーツは遮り言葉を選んで口を開く、


「アヤコの件と連合への帰還、これが第一」

いいねと念を押す、ジルフェは肯定で答えた、


「次に保護した知性体の・・・世話といっては失礼だな、返還?安全域への送達というべきか」


「はい、マスターがそのように処理方法を決定したのであればそれを尊重します、連合規則に準じた場合、知性体保護条例に照らしても適法と判断できます」


「その為にはこの惑星での浸透同化が必要となる、その為の情報は現在収集中であると・・・、これは認められる?」

ジルフェは二度三度回転し、


「浸透同化に関しては可能であります、現状を連合規約に照らしますと乗員の保護が最優先となり、次に技術情報の隠蔽になります、惑星上での活動を禁止する規約は存在しません、それと言うのも今回のように事故による未発見惑星への漂着例は5例、さらに知性体揺籃惑星が対象となると前例はありません、その上、連合との通信途絶状態であります、以上の条件を勘案し判断致します」

ジルフェは何気に規約条項を説明する、かなりの要約っぷりであったが彼の行動規範の根底に存在するものである以上、キーツがそれを理解する事が最善であると判断したのであろう。


「すると、俺は、ある程度自由に行動できる訳だ」


「はい、我々は続けてサポートが可能ですし、本艦の装備も利用可能であります」

それは良かったとキーツは答えると、但しとジルフェは続け、


「マスター本人の死去若しくは精神情報の経時的断絶が確認され、ミストレスの不明状態が解消されなかった場合、本艦は自律行動へ移行しやがて自壊行動を取ります、その点御了解下さい」


「・・・その場合、囚人は?」


「艦と運命を共にします、現在彼等は、存在権を失効し本艦の備品扱いです」

怖いねと薄く笑って、晴れやかにこう続けた、


「ありがとう、となれば俺の価値観で動くよ、今まで通りのサポートを頼む」


「はい、マスター」


とても良い返事を背に立ち上がると、


「プレイルームに行く、現地情報の収集が終わったら声を掛けてくれ」


「はい、マスター、その前に活動記録についての確認修正ですが」

と出鼻を挫かれた、キーツは思わずノーと叫ぶ、


「モニターへ転送します、御確認下さい」

冷徹なジルフェの言葉とモニターに踊る文字列を視界の端に捉え、キーツは再びノーと叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る