第7話 猫娘のサガ
四人の逃避行は四日目を迎えていた、だいぶ旅慣れたのか一行はそれなりに距離を稼げるようになり、どうやらテインの怒りが余程効いたらしくエルステとフリンダは森の奥に入り込む事も無くなった、分担された各自の作業や食料調達そのものを愉しむ余裕も見え始めた。
驚くべきはフリンダの罠である、初日の夜に仕掛けた彼女の罠は野鳥が二羽と栗鼠に似た齧歯類を三匹捕らえ一行の快哉を浴びた、小さな胸を大きく張る彼女に対しキーツもテインも必要以上に褒め過ぎてしまったようで、暫く彼女は横暴なお嬢様そのものであったがその様を可愛がることはあれ非難する者は居なかった、罠は毎夜フリンダ一人で仕掛けに行くのが恒例となり、キーツが同行を申し出るが罠の秘密を見せたくないの一点張りで彼女の単独行動は続けられた、それとなくジルフェの監視は付けていたが特段危険はないようである。
問題が起こったのは朝であった、深夜に番を変わったキーツが朝日を受けて三人を起こし簡単な朝食を用意していると、フリンダは一人森へ入りやがて野鳥を三羽手にして戻ってきた、中々の成果に御満悦で早速エルステと手分けして羽根を毟り始める、テインは川で顔と手足を洗っておりキーツは沸いた水を杯に移して温めた昨晩の残りをそれぞれに分けていた、さてと声を掛けようとした瞬間、獣の叫声が森と川面を引き裂いた、さらに別の獣の咆哮が続き二つの叫び声が絡み合う、地の底から響き大気を震わすその獣声にキーツとテインは命の危険すら感じ騒動の元を確認するよりも先に身を守る事を本能的に優先してしまう、キーツは一旦身を隠そうと周囲を確認し、ジルフェからの警告が無かった事を不審に思いつつ、エルステとフリンダを確保しようと腰を上げ、二人に声を掛けようと視線を移した瞬間に理解した、この騒動の元が二人であった事を。
フリンダがエルステに馬乗りになり激しく殴打している、先の叫声はフリンダが飛び掛かった声で、エルステはそれを非難し抵抗する為の雄叫びを上げたのだ、テインもその騒動に気付きキーツの元へ駆け寄る、
「止めよう」
キーツは素早く走り寄りフリンダを抱き押さえ、テインはエルステとフリンダの間に体を入れエルステの盾になる、
「どうしたの、何があったの」
テインは金切り声で問い掛けるも二人は昂った感情を抑え付けずに叫び暴れた、周囲には野鳥の羽毛が散乱し、みすぼらしい姿でその主が転がっている、
「待て、落ち着け、や、痛いから」
フリンダを押さえるキーツが悲鳴を発する、フリンダは小さく鋭い爪を剥き出しにし手の届く範囲を無尽に掻きむしる、それでも拘束から逃れられないと理解した彼女はキーツの腕に思い切り噛み付いた、
「おわっ、噛んじゃだめ」
溜らずキーツが拘束を緩めるとフリンダはスルッとその腕を抜け森を背にして三人に対峙する、両腕を地に着け飛び掛かる姿勢を維持したまま大きく裂けた口から威嚇音を発し続けた、
「取り付く島もないな」
キーツが噛まれた腕を摩りながら誰にともなくそう言うと、
「フリンダ、止めなさい、落ち着いて」
テインの金切り声が再び響いた、フリンダはビクリとその肩を震わせるが威嚇姿勢を崩さずにゆっくりと後退りする、
「エルステ何があったの?」
やや落ち着いたエルステにテインは問う、
「無い、なにも」
エルステは所々に血を滲ませた顔で言葉少なにそう答えた、彼等の表情は判別が困難であるが怒りの顔でない事は理解できた、
「フリンダ、落ち着いて、大丈夫だからこちらに来なさい」
テインは諭すように話し掛ける、フリンダの耳が二三度動いたテインの言葉は届いている様子である、
「そうだぞ、フリンダ、話したい事があったら聞くから、な、取り合えずそのフーッッてのは止めなさい」
テインの真似をして静かに諭すように語り掛ける、しかしフリンダの視線はテインとエルステに向けられキーツはその意識の外にあるらしい、であればキーツが彼女を再び捕縛し拘束する事は容易であるがそれが事の収拾に寄与できるかは疑わしい、ここは彼女の怒りと興奮を収める事が肝要であるとキーツは判断する、しかしフリンダの行動は速かった、威嚇音が止んだと思った瞬間森の中へ走り込む、キーツは慌ててその背を追うも森の中に隠れ走る彼女の背はあっさりと視界から消えた、音も無い、蠢く草も低木も無い、森の入り口で追うのを止めたキーツはジルフェに彼女の監視を指示し動けないまま固まるテインとエルステの元へ戻った。
「フリンダは?」
切なげに問い掛けるテインに分からないとキーツは答え肩を竦ませる、二人は困り顔でエルステに視線を向けた、
「エルステ、何があったか教えてくれる?」
とテインの側で所在無げに蹲るエルステに問い掛ける、
「エルステちょっと待っててね手拭い濡らしてくるから」
テインは焚火の側にあった布を手に取り川へ向かう、キーツはエルステの側に座りジッとその頭部を見詰めた、俯いて蹲り何事か考えている様子であった。
「エルステ、顔を上げて傷を見せて、ね」
テインはそっとエルステの傷を拭いその程度を観察する、深い傷は無さそうであったが大きく切り裂かれた傷が数か所、細かい傷があちらこちらに散見され抜けた毛が痛々しく映る、
「痛い所無い?」
優しく聞くがエルステは沈黙を続けた、暫く三人供が無言であったが、エルステはテインの手を止め手拭を受け取ると、
「自分、やる」
そういって川へ向かった、その背を見ながらテインは独り言のように、
「気を付けていたつもりだったのですが」
と呟いた、
「そうだね、いつだったか言っていた、杞憂ってのはこれ?」
キーツは静かに問い掛ける、
「そうですね、昔、レオパルディの友人、というか姉弟子に聞いた事がありまして、彼等レオパルディには男性が少ないのです、何故か御存じですか?」
「いや、ごめん、レオパルディもケイネスもまるで詳しくないよ」
「でしょうね、その南には居なかったですか?」
「うん、俺の周りには彼等もそうだし君達も馴染みは薄いかな」
「そうですか、いえ、レオパルディに男性が少ない理由というのがありまして、彼女曰く生まれる数は変わらないそうなんです、ですが五才程度までに男性の十人に九人は亡くなるそうで」
「十人に九人って、生存数が低すぎないか?」
キーツは驚いてテインを見詰める、
「そうですね、女性は半分以上は生き残るらしいですが、この場合死亡原因の殆どが病であるといってました、しかし男子の場合は病もそうですが女子による暴行・・・と言っていいのでしょうか、良い表現が分かりませんが女子からの暴力や様々な要因で死に至るとの事でした」
「うーん、しかし、それは何とも凄惨というか、何とも・・・言いにくい事だね」
キーツはテインの言に腕組みをして顔を顰める、乳幼児の死は文明の発達によって克服されてきた事象の一つである、技術的な未熟さもさる事ながら、環境による問題もあって乳幼児は死ぬものだとする価値観が一般的であっても何も問題ではないと知識では知っているが、現実的な数字を聞かされると理解に苦しむのは致し方ない事であろう、さらにその環境的要因にある種共食いのような習性があるとするならばさらに理解は遠のいてしまう。
「私も彼女の言葉を話半分で聞いてましたが、しかし、奴隷として檻に入れられている間レオパルディの子供の所作がどうも暴力的で・・・特に女子ですね、奴隷商も帝国軍もそれを分かっているらしくて牢を分けて管理しているようでしたし、その独特の習性がまさか他種族に迄発露するとは、いえ、そうなんでしょうね」
テインは曖昧に締め括る、
「なるほど、しかし一緒に行動するようになって、三日程度かなその間は口喧嘩程度はあったと思うけど、やっぱり何か切っ掛け?のような物があったんじゃないのかな」
「・・・フリンダを甘やかした、というか少し可愛がり過ぎましたか」
「そう、そうかもしれないな」
フリンダは大変愛らしい存在である、アヤコの弁を借りるほどではないが猫科の動物は大変愛くるしい、その上この地の猫族は人語を解しそれを操るのである、その愛おしさをここ数日キーツは良く理解できてしまっていた、地球で見掛けた家猫はどうにも懐くという事をしらない風に見え、家畜としてどうなのかと真剣に問い掛けた事もあったが、こちらの人型へ進化し独自の文化を築きあげているであろうレオパルディという種族は他種族に対する自己の魅力の見せ方を生来持って生まれるものであるらしい、幼少であるフリンダは特にその能力に長けているように思えてならない、尤も他のレオパルディと比べる事は出来なかったが。
故にキーツもテインもエルステもまたそうであったがフリンダをまさに猫可愛がりをしてしまっていたように思える、しかしフリンダは自活能力にも長けていた、罠の件もそうだが薬草の知識もテインに負けず劣らずであった、その点がさらに彼女を冗長させたのであろうか。
キーツは思う、彼女もエルステもまだ子供なのだ、彼等の境遇を考えれば現在は酷く不安定な状態なのである、本来であれば未だ両親の元で甘やかされていても当然なのだ、たかだか三日程度の旅程であるとはいえこの二人に掛る精神的圧迫は如何ほどであったであろう、テインやキーツが傍にいたとしてそれがその圧迫を緩和できるどころかより強くしてしまっている可能性すらある、本能が突然に爆発したとしてそれを責める事はここにいる誰も出来はしないが、ここは耐えて貰わねばならない、せめてテインの言う彼女の故郷へ辿り着ければもう少しマシな状況が彼等を受け止めてくれる筈である。
酷な事だが強くあらねば生き残れない、キーツが教えられるとすれば只それだけのようである、
「フリンダが戻るまで待とう」
キーツは転がった野鳥を拾い上げる、フリンダへ何らかの危機が迫ればジルフェから報告があるであろうし、今大人としてできる事をやるだけかなとキーツは結論付けた、
「探しに行かないのですか?」
「森の中の彼女に追い付けると思う?」
「・・・難しそうですね」
テインは眉根を寄せた、
「うん、俺には無理かな、エルステならあるいは、でも彼女が自分で戻ってこないと」
キーツは焚火の側に座り、手にした野鳥の羽根を毟り始めた、
「・・・そうですね、そう思います」
テインはエルステの姿を確認しそれから森を見てそしてジュウシの元へ歩み寄る、エルステはまだ川で傷を洗っているらしい、
「一応薬草を準備しておきましょうか」
テインは余分に取っておいた薬草を鞄から取り出しナイフと木皿それに包帯を用意して焚火の側に座った、
「フリンダも我慢してたのかな」
キーツは誰にともなく問うた、
「そうですね、それを言ったらエルステもそうだと思います」
「俺は慣れたもんだけどね、こういう生活・・・、君は大丈夫?」
キーツはテインの顔を正面から見詰めた、
「・・・分かりません、正直、ここ二十日間程度は特に・・・奪われてばかりでした・・・」
薬草を刻みながらテインは回想する、
「そういえば、聞いてなかったね、君達がその奴隷になった経緯について・・・いや、話して楽になるなら話してみて欲しい、嫌ならそれで」
とキーツは言葉を濁す、
「話して楽になるですか?・・・そういうものかもしれませんが、すいません」
テインはそう言って黙ってしまった。
キーツはそれ以上言葉は続けずに作業に没頭する、気付くとエルステが側に立っていた、美しい黒毛の上に散った血痕は綺麗に洗い落されているが、その傷そのものは痛々しく存在を誇示している。
「エルステおいで、大きい傷だけでも薬草を塗っておこう」
テインは彼を手招きし側に座らせると目立つ傷に潰した薬草を塗りその上から薬草を被せ包帯で保護した。
三人は暫く押し黙ってそれぞれに思い付いた作業に取り掛かる、キーツは川で魚を採り、エルステはそれを川岸で手伝っていた、テインはキーツの使用していない外套や肌着を加工して未だ麻袋に身を包んでいる自分達の肌着や服へと仕立て直している、移動を優先していた為そういった作業が必要であったし可能であるのも理解していたが後回しになっていた事であった。
ジルフェからは定期的に報告が入った、フリンダは当初かなり森の奥に入り込んで木の上で佇んでいたらしい、暫くそうしてから腹の虫が鳴ったのを契機にこちらへ向かっている様子で、その歩みは遅く彼女なりに警戒しながらの行程を踏んでようやっと宿営の近くまで来ているようであった、しかしそこから彼女は動かなくなってしまった、大木の枝の中、葉に隠れてこちらを覗っているらしい、その正確な位置も報告に有りなんとなくキーツはそちらを確認したがその姿を見止めることは出来なかった。
さてどうしたものかとキーツは思案する、子供を育てた経験の無いキーツにとって子供のしつけというのか教育というのかそういう事は頭で理解していてもまるでどう対応して良いのかが分からない、テインもまたその経験は薄くまして異種族である、テインの話を聞く限りキーツの常識もテインの常識も通用しないだろう事は明白であった。
陽はかなり高くなり中天に掛る頃になった、キーツとエルステは作業を止め焚火の跡地に戻る、火は消えており側の岩場でテインは裁縫を続けていた、キーツの用意した布という布が彼女の周りに散らかっており風で飛ばぬよう大きめの石でそれらを押さえ付けてある、
「昼にしよう、火を頼める?」
テインに声を掛けると彼女は素直にその言葉に従った、キーツとエルステは釣果を並べて捌いていく、
「テインの分はまだ有る?」
キーツが問うとテインは食在庫となった鞄を覗き、少々物足りないかもと恥ずかし気に言った、
「エルステ、少し森に入ろうか」
エルステは素直に頷き、魚を火に掛けてから森へ採取に行くこととなった、魚や肉にまるで興味の無いテインに焼け具合を任せるのは少々心苦しい所もあったが、二人が森に入る事でフリンダがテインの元へ来るかもしれない、もしくはエルステの元へ、悲しい事にキーツの選択肢は無い、彼女は未だキーツに対しては距離を置いた関係を維持していたからであるがどちらにしろなんらかの切っ掛けになればとも考えた。
「茸や木の実は二人に任せっきりだったね、探し方教えて」
キーツはエルステを伴って森に入り明るくそう問い掛けた、
「分かった、まかせて」
包帯姿が痛々しいエルステであるが元気に返答する、キーツはフリンダが隠れる木の下を中心に採取を始める、
「それ、美味しい、それ、毒」
エルステはキーツの手にする収穫物一つ一つを見ただけで判別していった、手付かずの森はやはり豊かなようで良く見れば種々雑多な実りがそこかしこに生い茂っている、初日に二人が森の奥へ入り込んでしまった気持ちが良く分かった、あの時は恐らく二人の関係性も未成熟でお互いに競い合ってしまった上での結果でもあったのだろう、
「これ、たぶん、美味しい」
「たぶんって何よ」
「生、食える、試す」
「いや、ちょっと待って、凄い毒々しくない?」
キーツはエルステが差し出す木の実を見て素直にそう言った、エルステは面白そうに笑って、
「キーツ、分かった、偉い」
そういって手にした木の実を放り投げた、
「酷いなエルステ、さっきのは毒?」
「毒、違う、でも、痒い」
「痒くなるの?充分毒だよ」
とキーツは笑った、その顔を見てエルステも笑う、二人の声はフリンダにも届いているだろう、しかし樹上の気配は一切絶たれていた。
とそこでジルフェから警告が入る、
「マスター、森の中心部より大型の生命体3接近中、約20分後に会敵」
キーツは警告を受け森に視線を向ける、
「エルステ、何か聞こえない?」
「?、無い、思う」
エルステはキーツの声に反応しすぐさまキーツの視線に合わせ両耳を森の奥へと向けた、
「嫌な予感がする、それ持って戻って」
キーツは収穫物を入れた鞄をエルステに投げ渡し森の奥へ走りだした、
「キーツ、何?」
「速く戻ってそれからテインをジュウシに乗せて逃げられるように準備して、フリンダ降りて来い、ここは危ない」
悪路を走りながら振り返りつつ指示を飛ばす、エルステは突然の事であるが瞬時に理解し背を向ける、しかしフリンダに動きは無い、
「ジルフェ、森の中で迎え撃ちたい、相対距離と方向指示」
「相対距離約300、進行方向に対し11時」
「フリンダの様子は?」
「樹上にてこちらの様子をみているようです、移動する気配はありません」
了解とキーツは答え進行方向を調整しつつ歩を進める、フリンダがこちらを見ている限りラッシュは使わない方が良いかと判断し、できるだけ宿営から距離を取る事を優先する、
「相対距離100、正面です」
ジルフェの報告を受けキーツは足を止め樹木の影に隠れた、
「フリンダはまだ見てる?」
「視線はこちらに向いていますが視認は不可能と思われます、エルステはテインと合流、事情説明に戸惑っています、フリンダに動き有り、こちらへ来ます」
「なに、あのガキァはまったく」
キーツは毒づき対応の再考を迫られる、対象を危険生物と判断した場合ラッシュ状態で麻痺させようと目論んでいたのだが同行者の目がある場合それは難しいと言わざるを得ない、さてどうしたものかと呼吸を整える、
「相対距離50、フリンダとの距離150」
フリンダごと麻痺させてしまうのが速いかとも考えたが後々の事を考えると賢い選択では無い、最初の遭遇時には実在しない冒険者へ全てを居っ被せる形であくまで非力な旅人を演じる事としたのだ、その形を崩すと何かと面倒になる事が懸念される。
「相対距離20、フリンダとの距離100」
キーツはそっと対象を窺う、木々の間を茶色い肌の人型生物が三体こちらを目指し闊歩していた、かなり大きな生物で手には棍棒か何かその身長と同じくらい大きな武器を携えている、ゴブリンのリーダー格かと思ったがその面相も体形も大きく異なっていた、暗い茶色の肌には体毛が殆ど無く丸々とした胴体にキーツの胴体程はあるだろう太さの四肢が生えている、半面頭部はその体躯に見合わない程に小さく頭髪は無い、のっぺりとした顔をしていて目と耳は小さく鼻は突出しておらずその二つの穴が黒々と全面に剥き出しとなっていた、口は大きく耳迄裂けており下顎から二本の牙が天に向けて生えている。
「テインの情報から推測しますとオークと呼称される生物と推定されます」
ジルフェが視覚情報を分析し報告を飛ばしてくる、
「有害生物と判断致します、速やかな対処を勧告致します」
そんな感じがするよとキーツは答えどうするかと思案する、
「フリンダは?」
「後方距離50の樹上にて待機、こちらを監視中です」
監視ってとキーツは思う、
「彼等の生態に関する情報はある?」
「テインの情報から森の中で遭遇した場合逃げろとの事です、ギャエルの情報からですと討伐する場合は一体に対し五人の兵士を勘定するべきであるとの事です」
「なるほど、ではこの場合一旦逃げるか、テインとエルステはどうしてる?」
「テインはジュウシに騎乗しております、エルステはその側に居ります」
分かったとキーツは言って身を屈めつつ後退し始める、
「フリンダの正確な位置をくれ、回収してテインに合流する、逃げるぞ」
「前方距離40の樹上」
ジルフェの通信を受けながらキーツは走りだす、背後のオーク達がキーツに気付き雄叫びを上げた、
「どの木だ?」
「マーカー出します、フリンダ位置変わらず」
後ろを確認せず走り続けジルフェのマーカーを探す、森の中にあって不自然な赤い縦長の光線を受ける樹木を発見し、樹木の中ほどを見上げると大振りの枝の根元にフリンダの姿を確認した、一瞬目が合いフリンダはその場から逃げようと背を向けた瞬間にキーツはラッシュを起動させフリンダの居る枝へ飛び乗った、ゆっくりと方向を変えているフリンダを小脇に抱える、そのまま地上に飛び降りラッシュを切った。
「フギャァ」
フリンダの悲鳴が響いた、足元に居たと思ったキーツに抱えられた挙句樹上にいたはずが地上に降りていたのである、悲鳴の一つや二つは当然であった、
「フリンダ、逃げるぞ」
キーツは混乱するフリンダを抱えたまま河岸に向けて走りだした、背後では興奮したオーク達の雄叫びが迫って来る、
「ジルフェ相対距離」
「相対距離40、現在の速度で相対距離変わらず」
彼我の速度は大きく変わらないらしい、フリンダは暴れ続けキーツの腕に噛み付いた、
「フリンダ、今は待て」
「フギャヤ」
「わかったから、噛むのは止めて」
暴れるフリンダを宥めながら走り続ける、キーツの上下動に合わせてフリンダの叫声は愉快ともとれる悲鳴となって森に響いた、
「もう少し」
木々の切れ間に岩場と川の照り返しが映る、
「ジルフェ、ジュウシは何処に居る」
「二時方向距離50」
「よし、こちらへ合流させろ」
キーツは指示を出しつつ森を抜けた、右側にジュウシにしがみ付くテインとその後ろを追い掛けるエルステを確認する、
「フリンダ、向うに合流するぞ」
岩場に出た時点でフリンダは大人しくなっていたが、叫声は威嚇音となってキーツに向けられている、その様を怖いというよりも可愛らしいなとキーツは思うがそんな余裕がまだ自分にあるのかと自問し良い事だと自認する、
「テイン、フリンダを頼む」
ジルフェに走り寄りフリンダをテインに押し付けた、
「勝手にジュウシが走りだして、何があったのですか」
テインは混乱しながらもフリンダを抱き止め、遅れたエルステもなんとか追い付く、
「オークが三体、こちらに来る、逃げろ」
「オーク?本当ですか、しかし、何処へ」
テインの腕の中でもフリンダはジタバタと足掻いているがキーツにしたように噛み付くような事はなさそうであった、
「ジュウシに任せろ、こいつは賢い、エルステ荷の上に乗れ」
「重すぎませんか」
フリンダを両手で抱えつつテインは叫ぶ、
「大丈夫、こいつは強い」
エルステをジュウシの荷の上に担ぎ上げジュウシの尻を思い切り叩いた、馬のような嘶きを発しジュウシは走りだす、
「ジルフェ、安全域まで退避、三人を守れ」
「了解しました、川に沿って東進します、現場より一定距離にて待機」
「それでいい」
さて次はとキーツは森へ視線を移す、オークの姿は木々の間に確認できるほど近付いていた、
「ジルフェ、良い機会だ武装を試す、ゼットガード標準装備着装用意」
「了解、ゼットガード標準装備転送準備・・・完了しました」
「着装」
キーツは大きく叫んだ、キーツの四方に円形の次元口が青色の輝きを伴って開口すると同時に僅かであるがキーツの身体が宙に浮いた、瞬く間も無く次元口はそれぞれが引き寄せ合うようにキーツを中心として接触する、その瞬間音もなくキーツの全身に戦闘スーツ「ズィーガード」が装着された。
銀河連合警察において標準的な戦闘用スーツがこの「ズィーガード」またはゼットガードと呼称されるスーツである、スーツと呼称されるが簡易的なパワードスーツであり使用者の身体能力の補強及び防護を主目的としている。その為装甲として特殊合金を採用しておりスーツそのものは軽くて固い、主に耐光学兵器を重視した表面処理が全体に施され衝撃吸収能力も高く警察組織に於いて運用される装備としては必要十分と考えられている。
キーツはこれを地球用というよりも自分用にカスタマイズして使用していた、それは多分に彼の趣味が反映した外観をしており、通常であれば黒一色の外観が白を基調とした配色に塗り替えられ要所要所に銀と黄のラインが入れられている、やや派手とも言える外観であったがキーツはこれをヒロイックと呼び同僚は子供趣味と笑っていた。
武装は最小限となっており彼の得意とする電磁警棒二本とハンドガン一丁のみ、キーツの言う標準装備がこれにあたる、過剰な武装は使いきれない上に邪魔というのがキーツの意見であった。
アヤコ用のズィーガードも配備されている、しかししっかりと埃を被ってしまっていた、無論整備はされているがカスタマイズはされておらず緊急時に数度使用した程度である、それは被害者救出の際に被害者に対し使用されたもので、その運用は銀河連合規約に抵触する行為であったが現場判断として処理された。
「着装完了」
キーツは白色の戦闘スーツに身を包み視界を覆うバイザーモニターに流れる文字を確認する、
「各部異常無し、戦闘に移行する、記録は一任」
左腰部に装着された大型電子警棒を右手に構えるとオークへ対峙する、右側の最も近い個体を対象と定め距離を詰めた、対峙して改めてその巨体に圧倒される、
「でかいな、こんな生物の対処方は教本にはなかったかな」
オークはやはり巨体であった、ゴブリンのリーダー格はキーツよりも頭一つ分大きい程度であったがオークはキーツの身長の1.5倍をゆうに超え横幅は3倍はあるだろうか、巨大な棍棒を左手に構え衣服は着用していない、その為裸の全体像を嫌でも見せられるが所謂排泄器官らしきものは確認できなかった、
「レベル3、麻痺、範囲5」
キーツは一息に距離を詰めオークの両足に緑色の光刃を叩き込む、オークは雄叫びを上げ棍棒を振り上げるが両足に走る衝撃に耐えられずガクリと両膝を着いた、
「効果有効」
キーツが2撃目を小さな頭部目掛けて振り回そうとした瞬間オークの棍棒がキーツの右側面を殴打した、キーツは防御姿勢をとる間も無いままその一撃を受ける、
「グハッ」
肺から空気が締め出される、瞬時にキーツは後退しオークとの距離を取った、跪いたオークはキーツを睨んだままゆっくりと立ち上がる、遅れた2体のオークがその側に立った、
「修正、効果有効であるが持続せず」
キーツは3体のオークと対峙する事となった、オークはそれぞれに得物を構えキーツを包囲するように動き出す、
「レベル10、麻痺、範囲10」
キーツは警棒を操作し光刃の威力を上げる、バイザーモニターの兵装管理パラメーターが連動し数値が変わった。
ドッと一際重い振動音が大地を揺らし左側のオークが一挙に距離を詰め振り被った棍棒の一撃を振う、キーツは一歩踏み出し今度はしっかりと防御姿勢でその一撃を受け止めた。
ゴーンと重量物を打ち付けた鈍い音が響くもキーツは防御姿勢を維持し一撃を見舞ったオークはその手応えの異常さに挙動を止める、
「ゼットガードの耐衝撃有効、但し防御姿勢を取り各関節部への過負荷保護を優先すること」
キーツは素早く警棒を構え直し眼前のオークの正中線を狙い股下から真っすぐ頭部へ光刃を走らせた、オークは何が起きたのかもわからずゆっくりと腰から砕け大の字に天を仰いだ、
「効果有効、継戦する」
残ったオークは倒れ伏した仲間には目もくれずキーツをじっくりと窺っている、
「それでは、こちらから」
キーツは瞬時に倒れたオークに駆け上がりまだ手合わせしていない個体に狙いを定め距離を詰めた、オークはそれに合わせ一足飛びに後退し森の木々を背にすると巨大な棍棒を縦横に振り回しキーツを牽制する、キーツは足を止め棍棒を躱しさらに近付こうとした瞬間背後に影が指すのを感じ左手に飛び退った。
ゴゴンとこれまた鈍い音を立てキーツの立っていた地点に薄い砂埃が舞う、もう一体のオークの一撃が大地を振動させていた。
「やるぅ、回復が速いのか効果が薄いのか」
キーツは嬉しそうに分析しつつ再び距離を取った、オークの表情に変化は無い元来表情の無い生物であるのかそれとも感情が薄いのか、それでも当初よりはこちらを警戒している様子ではあり、よく観察すると小さな頭部の巨大な口の端から大量の涎が吹き出し始めていた、それは捕食行動に対する反応かそれとも興奮しているだけなのか興味深い反応であった。
「マスター、何を遊ばれているのですか」
ジルフェの通信が入る、
「遊んでいるわけじゃないよ」
キーツは眉根を寄せて反論する、
「ミストレスの指示に従いまして御注進致します、無駄に戦闘を長引かせる癖はいい加減直しなさい、医療ポッドもスペアも死んでしまっては意味がないのですよ、周囲環境への影響も考慮して下さい」
キーツはその言葉の意味を理解し、意味よりもその言葉の在り様に冷や汗を感じた、
「ずいぶん、辛辣だこと」
精一杯強がって悪口で返す、ジルフェの言葉はアヤコに何度も注意されていたそのままであった、どうやら得意の文言を彼女が不在の状態でも言い聞かせるようにジルフェに設定していたらしい、キーツは2体のオークを睨んだまま大きく吐息を吐き、
「わかったよ、ならあっさりとした結末をお見せしよう、ラッシュ起動」
2体同時に瞬殺しさっさとジルフェに合流しようと心に決めた、瞬時に外部環境音が途絶しオークは彫像のようにその動きを止める、
「これで最後」
キーツは2体に向け足を動かそうとした瞬間自身もまるで動けなくなっている事に気付く、
「なっ、動かん、何だこれは」
スーツにガッチリと固定され手足はおろか指一本動かせない、
「マスター、ゼットガードの調整不足です、ラッシュ状態での使用に対応できておりません」
すぐにジルフェの分析が報告された、キーツはそういえばと確認する、
「してなかったか」
「はい、各関節の増幅装置がマスターの動作に対し反応していますがついていけない状態です」
「この場で調整は?」
「不可能です、そもそもゼットガードの仕様書を確認する限りラッシュ状態での使用に耐えられるものではありません」
キーツはクラクラと軽い眩暈を感じつつ、
「分かった、ラッシュ解除」
途端に風の音、オークの咆哮がけたたましい程キーツの耳を襲いうるさいなと思った瞬間に前のめりに転んでしまった、ゼットカードの平衡装置が過負荷に耐えられず機能停止に陥ったらしい、バイザーモニターに赤文字のエラー警告が明滅する、すぐさま上体を起こそうとするが下半身の駆動系統がまるで反応しなかった、キーツは焦りながらもジルフェに指示を出す、
「ゼットガード緊急脱着」
「コピー、緊急脱着、現状姿勢でお待ち下さい」
キーツを再び4つの次元口が取り囲み接触すると同時にゼットガードの着脱が終了した、埃に塗れた市民服でキーツは岩場に倒れ伏している、オークは一連の異常な光景にその手を止め状況を観察しているようであった、
「脱着完了、格好悪いな、しかしよ」
キーツは毒づきながら腰を上げ懐から電磁警棒を取り出すと改めて構え直す、
「マスター、緊急報告、フリンダがこちらへ向かっています、エルステも追従しております」
「なに、ジルフェに拘束させろ、近づけさせるな」
「テインを乗せています、その為、偽装解除はお勧めできません、相対距離50速いです」
「くそ、さっさと終わらす、ラッシュ起動」
キーツは起動と同時に走りだし大きく跳躍すると動きを止めたオークの頭部へ光刃を叩き付け着地と同時に再度跳躍しもう一体のオークも同様に処理する、
「ラッシュ解除」
地面に降り立つと同時に2体と相対したままラッシュを解除する、オークは棍棒をゆっくりと持ち上げながら徐々に均衡を崩しやがてドスンと埃を舞いあげ後方に倒れた、
「取り合えず、なんとかなったか」
キーツはふぅと一息ついて電磁警棒を懐へ仕舞う、
「フリンダ、エルステ来ます」
後方を振り返ると小さな影が二つこちらへ走り込んで来る、それも途轍もない速さであった、
「ジルフェ、オークの情報収拾二人に見えないように、それとジュウシをこちらへ、急がなくていい」
キーツはそう言って走り寄る二人を迎える様にそちらへ足を向けた、どうやって迎えたものかと思案するも良い案は浮かばない、こういう場合開口一番怒鳴った方が大人らしいのだろうか、しかし何と言って叱ったものかとさらに思案する。
そうこうしているうちに二人はキーツの元に辿り着きハァハァと息を切らせながら倒れているオークとキーツの顔を交互に見ては、
「キーツ、無事、大丈夫」
「オーク、倒れてる、何で?」
とけたたましく騒ぎ出した、さてどうしたものかとキーツは思うも二人の表情を見て怒鳴りつける気は失せた、どうやら二人はキーツが心配で駆け付けたらしくその顔にはその情が溢れている、彼等なりに何かできるかと駆け付けてきたのであろう、その心情を汲むべきなのは分かるが、しかし此処はやはり大人としての対応を取るべきかとキーツは深く息を吸った、
「こら、言う通りにしなさい、危ないだろ」
怒声が川面に響いた、二人はビクリとその背を丸め怯えた瞳でキーツを見上げる、
「テインと一緒に逃げろと言った筈だ、どうして戻って来るんだ」
キーツは我が事ながら叱り方が下手だなと自覚する、どうにも言葉が続かない、恐らく彼等を叱る理由が自分の指示に従わなかったという点と危険である点の二つしか無いからである、しかしその2点は彼等の生存にとって大変重要な要点であり、その意味を理解してもらわなければこうして大声を上げる意味が無い、キーツはゆっくりと言葉を探しながら語り掛ける、
「いいか、二人とも、たかだか三日四日の付き合いだけれども、俺やテインは大人だ、それなりに経験も有るし一人でも何とかなる、しかし君達はまだ子供なんだ、俺やテインの言う事は素直に聞きなさい、そして自分の身の安全を第一に考えなさい、いいかい?」
キーツはしゃがんで二人と視線を合わせる、萎縮し俯く二人の手を取って、いいかい?ともう一度訊ねた、
「でも」
フリンダは呟いた、
「なに?」
キーツはフリンダの顔を下から覗く、
「キーツ、危ない、思った」
「俺が?確かに危なかったね」
「キーツ、助ける、思った、オーク、強い」
「・・・助けに来てくれたのか」
キーツは複雑な表情で訥々と話すフリンダをいよいよ愛おしく感じてしまう、
「俺、フリンダ、助ける、思った」
エルステは小さく呟いた、その眼はあらぬ方向の地面を見詰めてる、
「エルステ、うるさい、無理」
フリンダはエルステを見て言い放つ、
「無理、違う、出来る」
エルステはフリンダを睨み付けた、今朝の喧嘩はこれが原因かとキーツは気付くがキーツの手を振り払って睨み合い威嚇音を発する二人は徐々にその距離を広げていく、
「エルステ、男、弱い、黙る」
「フリンダ、駄目、女、偉い、違う」
それぞれに言いたい事があるのだろうが上手く伝えられないのも原因の一つのようであった、彼等同士は本来の言語での疎通は難しいようで、一旦エルステの使用する言語に変換しての罵り合いとなる、恐らく彼等が本来言いたい事を表現できていないのだ、それが彼等の感情をさらに逆撫でするのであろう。
「分かった、待て、ここで喧嘩はよそう、な」
キーツが仲裁に入ろうとするがすでにその声は届いていない様子である、
「男、生意気、殺す」
「無理、弱い、駄目」
言い争いは佳境を迎え二人の眼は完全に血走っていた、フリンダは返す言葉を探している様子であったが遂に両手を地に付け戦闘態勢を取る、大きく開いた口腔から絶え間なく威嚇音が発せられ愛らしい瞳が大きく凶暴に見開かれた、対するエルステも迎え撃とうと腰を低くし両手を左右に大きく広げゆっくりと舌なめずりをしつつ口を開けた、小さくも鋭い牙がヌラヌラとその輝きを露わにする。
「いい加減にしなさい」
キーツは大声を発し二人の首根っこを捕まえ掴み上げた、それぞれに間の抜けた叫声を上げるもキーツを一睨みしてから尚喧嘩を続けようとジタバタともがき始める、
「キーツ、離す、男、殺す」
「離す、教える、女」
二人の共通した意見は離せという事だけらしい、やれやれどうしたものかとキーツは思案するがその瞬間背後に巨大な影が走る、三人がその影に気付いたと同時に凄まじい力でフリンダを別の何かが連れ去った、
「まずい」
キーツが叫んで振り返ると最初に倒したオークが上半身を起こしフリンダをその手に掴んでいた、しかしその眼はフリンダもキーツ達も捕らえておらず状況を把握しようと周囲をキョロキョロと観察している、朦朧とした意識のまま反射行動を起こしただけのようにも見える、しかしオークがどのような状態であっても危険には変わりない。
「フリンダ」
キーツが叫ぶ、フリンダは巨大な手にほぼその全身を捕まれ辛うじて顔が見えていた、よほど強く圧迫されているのか声も出せずに苦しそうな表情だけが垣間見える。
オークはキーツの声に反応しゆっくりとこちらへ視線を合わせる、手にしたフリンダを今更ながらに気付いたようであった、キーツからフリンダへその視線を変え満足そうに眼を細めると大きくその口を開き始める、小さな頭部にジワリと唇の裂け目が広がり茶色く頑丈そうな歯列が外気に晒された、頭部はそのまま後方へ折曲がり口腔部が胴体の入り口としてぽっかりと天へその開口部を広げる、
「丸呑みにするのか」
キーツは異様な食事風景に動きが止まる、
「フリンダ、助ける」
エルステが叫びキーツの手を振り払った、その勢いのままオークの腕を駆け上がり折れ曲がった頭部へ噛み付く、声にならない叫びがオークから発せられ咆哮となって大気を揺るがした、同時にフリンダは投げ飛ばされオークの両手はエルステを捕らえようと振り回される。
「無事か?痛い所ある?」
キーツは走り込み投げ飛ばされたフリンダを地上すれすれで抱き止めるとその身を確認する、フリンダはやや憔悴しているようだが大きな怪我はない様子で、彼女の言葉で二言三言唸るように発した後に、
「無事」
とだけ答えた、
「よし、走れるか?エルステを回収して逃げるぞ」
キーツはフリンダをそっと立たせエルステへ走り寄る、エルステはオークの頭部に噛み付いたまま巨大な両腕を器用に躱し続けていた、キーツは警棒を懐から取り出すと、
「レベル10、麻痺、範囲0」
手探りで出力を調整し投げ出されたオークの大腿を足場にして跳躍した、
「エルステ離れろ」
警棒を振り上げたキーツの姿を見たエルステはその意を理解したのか瞬時に離れる、
「いい加減、眠ってろ」
キーツは気合一閃オークの頭部を警棒で殴り付けた、一瞬緑の閃光が警棒とオークを彩り正気を取り戻しつつあったオークの両目と涎に塗れた口腔が衝撃で圧し潰された、
「エルステ、走れるか」
オークの両肩に仁王立ちとなったキーツはエルステの姿を探す、その姿はすぐ側の地面に転がりキーツの声を聞いて立ち上がった、
「走る」
「よし、逃げるぞ、来い」
キーツはエルステを伴ってフリンダの元へ走るが、フリンダは腰が抜けたのかペタンと地面に腰を落し反応を見せない、
「来い、フリンダ」
すぐさまフリンダを小脇に抱え東へ走る、見るとジュウシがテインを乗せて近付いて来るのが見えた、
「ジルフェ、ジュウシと合流後この地から脱出する」
「コピー、ジュウシ移動停止、東へ向け脱出準備」
振り返るとオークは再び大地に倒れ伏していたが、他二体がもぞもぞと動き出していた、エルステはキーツのすぐ後ろを走るが若干息が上がっている様子である、
「エルステ、がんばれ」
励ましつつジュウシへ辿り着くと再びテインにフリンダを投げ渡す、今度は素直に従ってくれた、しかしテインがやや混乱している、
「キーツ一体何がどうなって」
「後で話す、今は逃げるぞ、しゃべるな舌を噛む、エルステ来い」
エルステはキーツの補助でジュウシの荷の上に駆け上がった、
「よし、行くぞジュウシ」
キーツはジュウシと共に走りだす、
「ジルフェ、オークを監視、こちらへ来るようなら警告頼む」
「コピー、オークを監視します、オークの調査結果作成済みです、別途確認下さい」
ジルフェの極めて事務的な報告に苦笑いを浮かべ、了解そのうちなと叫んだ。
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