第5話 逃避行

結局タンガ川沿いに東進する事となった、森の中を往くよりも危険は少なく、街道を往くよりも捕縛の可能性が低い、道なき道を進むことが気になったが森と大河の合間は岩場が多く比較的に歩き安かった。


タンガ川は川幅は100メートル程度で緩やかに流れる大河である、地形の関係かタホ川と呼ばれるより大きな川からタズ川とタンガ川に別れて東に流れ海へ注いでいる、昨晩タンガ川は運航に不向きである事をテインが話していたが実際にその景観をみるとなるほどと頷けた、岩場の多い土地を無理矢理に蛇行している川なのである、その為要所要所に段差が多く突き出た岩塊がナイフのように波を掻き分けていたりもする、タズ川及びタホ川では川船の行き来もあるというがタンガ川では難しいらしく、豊かな川であるにも関わらず周辺には集落が形成されていなかった、その点逃避行にはうってつけと言えなくもない。


現在テインをジュウシに乗せキーツと獣人二人は徒歩である、テインが裸足であった事が大きな理由で当初無理して歩こうとした為足裏に傷を負いそれほど大きい傷では無かったが出血が見られた為治療を施し包帯を巻いた次第である。

何とか履物の代用品がないかと手持ちの道具を漁ったが相応しいものはなく、キーツの履くサンダルもその足には大きすぎて合わずそれではとジュウシに乗せたのである、当初子供を置いて自分が乗る事に抵抗していたテインであったが当の子供二人は元気一杯で走り回るものだから遠慮する事は無いと割り切ったようであった、ジュウシに載せていた一部の荷物をキーツが背負う事になった事には特に感慨は無いようである。


三人は奴隷の首輪をつけたままである、捕縛された場合に言い訳に使えるかもしれないとのテインの案があった為だ、この首輪とキーツの持つ証文があればある程度言い訳も効くとの言である、キーツにとってそれは何の問題も無くただ彼等が正式に開放されるまで首輪の不愉快さに耐えられれば良いだけの事であった。

服装も変わらずである、どうやら穀物用の麻袋を加工しただけの代物であるが代替できる品をキーツが持っている筈もなく、無論それなりのものをレプリケーターで作成する事は難しくないが何故それをキーツが所持していたかの理由付けは難しく、ジルフェと相談し取り合えずそのままでという結論になった、衣服の作成よりも移動を優先したのである。

但しそれぞれにマント代わりの外套は設えた、昨晩使用したマントの大きい方を二つに切り子供用に仕立て直しておりキーツが用意した原始的な裁縫道具でテインは手際よくそれらを作り上げていた。


ジルフェの報告によるとギャエルは無事原隊に合流できた様子である、街道に出て西へ向かう途中で襲撃された場所に行き当ったが、道路上は綺麗に片付いており馬車等の残骸は脇に山積みとなっていた、ギャエルはそれに面食らったようで頻りに周辺を探索したり残骸を調査していたようである、ギャエルにしてみればつい半日前の事件であったが、実際の経過時間は約4日程度であった、まさに狐につままれた状態でギャエルは暫くその場を動けなかったようである、しかし幸運な事に街道を通りかかった隊商と合流し無事原隊復帰の道筋を得たようだ、ジルフェの監視はそこで終了させたが大きな問題が発生しなければ彼の思惑通りになるだろう、奴隷関連以外はであるが。


そんなこんなで旅人達は東に向かって進んでいる、岩場で足元が良いとはいえジュウシが偽装した馬では通れない地形が多いのが難点となり所々で大きく迂回する必要があった、そのたびごとに森の中を進む為その歩みは遅いものとなっていた。


「休憩しようか」

太陽が中点に差し掛かる頃にキーツは森の外縁を飛び跳ねているエルステとフリンダに声を掛ける、腰掛けるのに丁度良い平らな大岩が有りそこへ荷物を下ろす。


「なかなか進みませんね」

テインはジュウシから降り片足を気にしながらキーツの側へ来て一息吐く、沸騰させ冷ました水を入れた革袋を二つ手に提げていて、一つをキーツに手渡すと二人が来るのを待っていた、


「彼等は元気だね」

キーツは革袋を呷りながらこちらを目指す二人を眺める、この旅の目的がどうであれとても長閑な風景である。


「そうですね、でも、少し注意しておかないと・・・杞憂であれば良いですが」

テインの言葉にキーツが確認をとろうと口を開いた瞬間に、


「お腹、すいた」


「腹、減った」

子供達はテインの持つ革袋を争うように呷りそう言ってテインに纏わりつく、


「はいはい、どうします?」

テインはキーツに問い掛ける、キーツはそうだね昼食にしようかと下ろした荷物から布袋を取り出した、事前に準備していた乾パンの袋の一つを取り出す、昨晩彼等に渡した分は朝食として皆で別けて空になっていた。


「一人旅だったからこれで充分だったんだけど、心許なくなったなぁ」

そういって一掴み程度を各自に分けた、


「では、食料調達が必要ですね」

テインはそう言って乾パンを口に運ぶ、


「ところでこの固いパン・・・でいいと思うんですが、どうやって作るのですか」

テインはキーツの隣りに腰掛け自然に聞いて来る、


「どうやって?うーん、作り方迄は知らないなぁ、でも、美味しいよね」


「えぇ、初めて食べる美味しさです、甘さがあって口触りも良いですし、何より腹持ちが良いですね、どこで手に入れられたのか大変興味があるのですが」

テインはそう言ってキーツを見上げる、どこと言われてもなぁとキーツはとぼけつつ乾パンを頬張った。


「南の方とだけ言えるかな、地名や店の名を出しても分からないでしょう」

キーツは煙に巻く事とした、何でもかんでも南の方ではそのうち辛くなりそうだなと思う、


「そうですか、ではそちらに詳しいのが故郷におりますのでその人に話して頂ければと思います」

テインはそう言ってニヤリと笑う、これは誤魔化している事を勘付いている微笑みなのか、純粋にそう思っているだけなのか判断が難しかった。


相手は接触を持ち始めて数時間の知性体である、表出する感情表現がキーツの持つ常識から乖離したものである可能性があり、そういった情緒面を含め彼等を知る事が浸透同化に於いては最も重要な要素でもあった、さらに表情の読めない獣人が二人側に控えているのである、彼等を知って彼等の社会に溶け込む事は簡単では無いと実感する、その点ギャエルの人種側はまだ楽なのかもしれないなと考える。


「それより、足はどう?包帯変えようか?」

話題を逸らすべく彼女の足に視線を向け数刻前に彼女の足に巻いた包帯を確認する、出血の様子は無い、


「大丈夫そうだけど一度締め直すか」

キーツはテインの前に跪くとその足を自分の太腿に載せた、


「や、ごめんなさい、ありがとうございます」

テインは恐縮しつつもマントの端を腰に回し両太腿をギュッと締めた、キーツは彼女が下着も履いてなかった事を思い出しその場でクルリと彼女に背を向け、脇の下に足を挟むように体位を変える。


気まずい、地球で慣れた空気感というものを引用すればその一言に尽きるだろう、キーツは配慮に欠けたなと自分を戒め、テインがどう感じているかをゆっくりと振り向きつつその顔を窺おうとした瞬間、


「草、血、止める」

食事を終えたフリンダが飛んで来て数枚の葉を懐から二人に向けて突き出した、


「薬草?取ってきてくれたの?」

テインの言葉にフリンダは大袈裟に頷いて見せた、


「ありがとう、フリンダ」

キーツは受け取ると草の裏表を確認してテインに渡す、


「使えそう?ここらの植物は不案内で」


「えぇ、血止めの薬草です、フリンダ良く見付けたね、ありがとう、嬉しいよ」

テインはフリンダを抱き締め頭と言わず背中と言わず全身をもさもさと弄った、


「フリンダ、偉い?」


「うん、偉い偉い」


むふーと喜色満面に鼻息を荒くし尻尾を大きく振り回す。

フリンダは観察すればするほど猫科の動物の特徴を持っていた、やや扁平な顔と頭部に飛び出た耳、しなやかで細い体躯は柔軟で尻尾は細く長い、隙があれば高所を好む癖があるようでふと気付くと皆が居る場所の最も高い所を陣取っている、移動に関しても独特で岩場を歩くよりも木に登り枝から枝へと飛び移る移動の方が性に合っている様子である。


そして何よりも小悪魔的な愛くるしさを身に纏っていた、地球でアヤコが家猫に嵌っていた時期がありその魅力について延々と高説を垂れ始めた時は、俺は犬派だと言って逃げていたものだが、フリンダは地球の家猫に勝るとも劣らない魅力を放っている。


正直テインが羨ましかった、俺も思いっきりモフりたい、キーツは今そう思っている。


「キーツ、磨り潰す、道具、ある?」

エルステがキーツの袖を引いてそう問いかけた、エルステが積極的にキーツに話し掛けたのはこれが初めてであった、キーツは内心安堵しむずがさを伴った喜びを感じる、


「磨り潰す道具?なんかあったかな」

自然キーツの言葉は上擦った、それを誤魔化そうとそっとテインの足を地面に置くとジュウシに近寄る。

エルステはイヌ科の特徴を多く持つ種族であるらしい、前方に大きく突出した口元と鼻先、口元には立派な犬歯が並び最も目立つ牙が最前列に生えていてこれは口を閉じていても露出しておりその存在を誇示していた、肉体は引き締まった筋肉質で尾は太くフサフサとした毛が目を引いた、大きな瞳には白目が少なく他者から見える部分はほぼ黒目である、その所作もイヌ科らしく常に一行の先頭を歩こうと先回りしてる様な動きを見せた、イヌ科の習性を例に取ればこの一行の頭目は不在であるか自分であると感じているのであろう、キーツは彼からリーダーとして認められていないらしい。


「これでどうだろう」

キーツは木製の皿とナイフを取り出す、ナイフの柄を擂鉢代わりに使えないかと考えたのだ、


「うん、やる」

エルステは皿とナイフを受け取りテインに走り寄ると、


「貸して、潰す」

もしかしたらフリンダに対するちょっとした競争心が芽生えたのかもしれない、子供らしいと言えば聞こえはいいし微笑ましいといえばその通りではあるが不安材料にならなければ良いがとキーツは感じる。


「もしかして、杞憂ってこの事?」

キーツがそっとテインに問うと、


「・・・いいえ、もう少しズレた所にあるものです」

とエルステに葉を渡しながらフリンダを撫でまわしつつテインは良く分からない返答をした。

理解は出来なかったがそうかとキーツはその話を切り上げた、エルステは器用に葉を刻み細かくした上で擦り潰していく、少々危なかっしいがなかなか堂に入った手付きで作業を進めている。

フリンダはテインに纏わりつきながらその作業を眺めていたがやがて飽きたのかソワソワと森の方へ意識を取られている様子であった。


「では、一つ提案なのだが」

キーツは咳払いを一つして大袈裟に三人へ話し掛けた、やや芝居がかった仕草で注目を集めると、


「食料を集めよう、陽が高い内に」

と続けると、暫しキーツの顔を見上げた三人はやがて見つめ合って、


「そうね」

と合唱する、何を今更といった表情であった、


「ついては、少し早い気もするが野営に良い場所があればと思うのだけど」


「もう少し行って川の側に降りた方が良いと思うけど」

東の方を窺いつつテインはそう提案する、フリンダはそれに同意したようでエルステに反対意見は無さそうであった、


「了解、ではそうしよう」

一行はテインの足に薬草を塗り包帯で保護すると野営地を求め暫く歩を進めた。


テインの言う川の側に丁度良い岩場を見つけそこへ荷を降ろす、まだ陽は高くやや暑いくらいであった、四人共に外套を脱ぎジュウシの荷がその分増えている、


「では、焚き木集めと食材探しをお願いできる」

キーツはジュウシから釣り竿と投網を取り出しつつそう言った、三人はそれぞれに了解の意を示したがテインは今一つ乗り気とは言えない様子である、


「テインは・・・そうだな無理しないで」


「・・・いえそうではなくて」

とテインの視線はキーツの持つ漁具に向けられていた、キーツはあぁと何かに気付き、


「魚、苦手だった」


「・・・苦手というか、魚もですが、肉類はあまり」

言葉少なにそう呟く、


「大丈夫、フリンダ、ガンバル」

フリンダは二人の様子を見てテインに向けて元気に告げた、


「キノコ、野草、木の実、取る」

元気な声はそのままにフリンダはそう言って森に走り込んだ、


「無理しないで、遠くにいっちゃ駄目だよ」

テインはその小さな背中に声を掛けるもフリンダに届いているかどうか不安になる、


「エルステ、無理させないでね」


「分かった、任せる」

エルステもまた元気良くそう答えフリンダの背を追いかけるもすぐに引き返しキーツの元へ走り寄り、


「籠、ある?」

大きな瞳をキラキラと輝かせキーツを見上げた、それもそうだとキーツはジュウシの荷を漁るも適当な物がなかった、その為日用品を乱雑に突っ込んだ鞄から中身を取り出し鞄のみをエルステに渡す、


「これで足りるかな?」


「うん、大丈夫、じゃ、行く」

エルステは疾風の如く森に駆け込みその背はあっという間に木陰に消えた、


「大丈夫かな?まぁ二人とも元気な事は結構だけど」

キーツは森に消えた二人を見送りつつジルフェを呼び出し監視するよう伝えた、


「そうですね、では私は薪を」


「くれぐれも無理しないで、それともこっちやる?」

キーツが釣り竿を見せると、


「いえ、薪を」

と渋い顔を崩さずに背を向けた、これはいかんなとキーツは漁具を岩場に置くと、


「一緒に行こう、薪集めは人手があったほうが良いからね」

そう言って二人並んで作業に掛かる、テインは小さな声ですいませんと呟き俯いた。



キーツとテインがこんなもんで充分かと薪拾いを終え、テインは石に腰掛け一息つき、キーツが川へ釣り糸を垂れようとした瞬間、


「マスター、エルステとフリンダの側に大型の生命体反応」

ジルフェから緊急連絡が入る、


「大型生命体の詳細不明、数1、同種の小型生命体、数2」

キーツは森を振り返る、


「了解、急行する」

竿を投げ捨てテインの元へ走る、


「テイン、君は此処にいて嫌な予感がする」

切迫したキーツの声に何事かとテインは立ち上がり、


「いいから、此処にいて」

キーツはそう言って森へ走り込んだ、


「ジルフェ、方向指示」


「進行方向基準、二時の方向距離300」

キーツは木々の間を縫うように走り続けるが倒木と下生えの草、滑る足元に速度を上げにくい、慣れない革サンダルにも文字通り足を引っ張られた、


「随分奥まで・・・、ラッシュを使用する」

件のスーパーパワーをラッシュと名付けていた、胸元のペンダントに触れる、途端あらゆる音が遠ざかり木漏れ日を浴びて落ちる木の葉の落下が静止した、森本来の静寂さが騒がしく感じる程のしじまがキーツを覆う、まるで別世界であった。

大気は粘着きを増し時間に取り残された錯覚がキーツを襲う、実際には通常時間を追い越した状態であるが、しかしラッシュを使用したとして足元の悪さは解決されるものでは無い、そこでキーツは大木へ駆け上がり枝から枝へ跳躍した、素のキーツにこのような芸当は出来うる筈も無く、突発的な行動であったが木々と葉の間隙を飛ぶ爽快感に酔い痴れる、


「原着」

静止した森の中で二人を発見した、鞄一杯の収穫物を抱えるエルステと、大木の大振りの枝に立ち遠くを窺うフリンダを見とめる、


「12時、距離20」

ジルフェの指示にそちらを窺うが何も発見できない、


「分らん、どこだ」


「大樹の裏です」

キーツは二人を背にして大樹の枝へ跳躍する、大樹の裏を窺うと確かに巨大な黒色の塊が存在した、岩石でもなく植物でもない、


「ラッシュ解除」

胸元のペンダントに触れる、音は戻り静寂な森に迎え入れられる、


「エルステ、遅い」

途端フリンダの金切り声が森を震わせた、


「うるさい、フリンダ」

負けじとエルステの叫び声が木々を行き交う、彼等は眼下の獣に対して風上に位置している、森を走る緩やかな風が乱雑に木々を叩いて獣にその捕食者の香りを届け遠慮の無い嬌声が危機を警告していた。

キーツが状況を確認しどう処理するか思案している合間に獣はゆっくりとその巨体を動かした、キーツの身の丈はあるだろう巨大な頭部が辺りを警戒しつつ匂いを嗅ぎ、音も無く丸太のような太い四肢がさらに太く巨大な胴体部を持ち上げた、小さな尻尾が大きく揺れ獣に寄生する小さな生物達を一時的に追い払う、


「カバ?」

その全容を確認しキーツはそう結論付けた、地球の動物園で何度か見た事がある生物に酷似している、地球でのそれは水辺に住み静かな動物であったと思うがこちらのカバはどうやら森に住んでいるものらしい、大きな口と顔面の大きさに比して小さすぎる耳と目、何かを悟りその悟りをさらに捨てたような表情、口元から大きく突き出した牙は太く逞しいが鋭さが無く、とても他の生物を切り裂く事は不可能であろうと推測される、周囲をよく観察すれば周辺の木々に大きな牙の傷跡がある、おそらく彼の生活領域を表すものであるだろう、爪跡ならぬ牙跡とでも言うのであろうか。


「マスター、対象は子連れです、御注意を」

ジルフェは補足する、子供の姿は確認できなかったが同種の小型生物とは子供の事であったのか、となると危険度は増す、野性の生物であるだけで充分に危険であるのだが子連れとなるとその凶暴性は増すであろう、となるとその子供の事を考えれば安易に麻痺らせる事もできないだろうなとキーツは考える。


大樹の枝の中、葉に隠れてキーツが対応を思案している間にフリンダは木から降りエルステを伴っていよいよ近づいて来る、その間二人の遣り取りはよりそのけたたましさを増し殆ど喧嘩越しであった、しかし次の瞬間に二人とも黙り込む、森は一旦静寂を取り戻すが不穏な空気が二人を中心にゆっくりと染み出した、


「なにか、いる」

囁き声でフリンダは呟く、


「うん、いる、なんだろう」

エルステは周辺を警戒する、鼻を鳴らし中腰で匂いを収集し始める、とその瞬間カバは活動を始めた、その巨体からは想像しえない速度で大樹を回り込むと二人の眼前に踊りだしそのまま二人目掛けて突進した、


「いかん」

キーツは叫び枝から飛び降り地面に降り立つ、下生えが柔らかくキーツを受け止めるが両足に掛かる衝撃が予想以上に大きく瞬時に行動はできない、


「しまった、ラッシュじゃない」

キーツは素の状態とラッシュ状態の落差に戸惑う、この能力を有してからほんの数日である上に対応訓練等できていない、ラッシュ状態の身体能力を素の肉体で再現できるものとして行動してしまったのだ、ラッシュ状態ならこの程度の降下で動けなくなる事はなかったはずだ。


キーツが動かぬ身体に苦悶した刹那、ドーーンと鈍い衝撃音が辺りに響く、カバが二人の側に立つ大樹に体当たりをした音であった、キーツが顔を上げるとカバは何の損傷もなくゆっくりと獲物を探しながら後退し、二人は共にそのカバの影で抱き合って転がっていた、カバは二人を見付け巨大な口先を近づける。

抱き合い震える二人の眼前に緑色の涎が垂れるカバの下顎が近づきその上部にある鼻はヒクヒク蠢く、暫く三者は微動だにできず静止した。

今の内に、キーツはゆっくりと立ち上がると両足の状態を確認する、怪我も傷も無い、音を殺し気配を絶って睨み合う彼等を中心にエルステとフリンダの背中側へ周り込む、しかし唐突に背後から金切声が上がった、なんとも形容しがたい嬌声の元はカバの子供であった、二匹の小型のそれがキーツの背後で不在となった母親を呼ぶ。


子供のカバは大変愛らしかった、寝起きのつぶらな瞳を瞬かせ体躯に対して巨大すぎる口を大きく開けて欠伸をしている、うわ可愛いとキーツは瞬時に思うも随分余裕があるなと自分を戒めた。

助けを呼ぶ赤子の声に睨み合う三組の目がそちらを向く、いよいよ母親カバの目に殺気が滲んでいるように見えた、


「キーツ、いる、なんで」

エルステがそう言った瞬間、母親カバはその矛先を変え猛然とキーツに走り込む、ドーンと再び衝撃音が森を揺らした、キーツは一足飛びに大樹の影に回り込むとその体当たりを寸前でかわしそのままの勢いで二人に駆け寄る、


「行くぞ、立てるか?」

二人を見下ろしキーツが問うと、二人供に首を横に振る、外傷は無さそうであるが腰が抜けて力が入らないのだ、キーツは二人を両脇に抱えると背後も見ずに走りだす、


「ジルフェ、方向指示、対象の状況報告」


「はい、マスター、野営地へ12時方向距離300、対象向きを変えこちらへ向かっております」


「野営地はまずい、すこしずらす」

キーツはやや左へ方向を変え走り続ける、背後には巨体が移動する振動音が続くがやがて静かになった、


「対象、追跡を中止、方向を変えております、方向指示、野営地へ1時の方向距離100」

了解とキーツは応じて足を止め振り返る、カバの姿は木陰に見えず森は平穏な静寂を取り戻したかのように見える、二人をそっと降ろし乱れた呼吸を整えた、小柄な子供を二体抱えて悪路を走り続けたのである、心臓は激しく鼓動し全身から思い出したように汗がドッと吹き出した。


「キーツ、無事?」

エルステがキーツを見上げて問うた、動悸を抑え付けながら大丈夫大丈夫と二度答え、


「君達も、怪我、無い?」

息の切れた状態で彼等の様子を問うと、それは彼等の使う片言の単語の羅列となり抑揚も乱れた、


「キーツ、言葉、変」

エルステはそう言ってニンマリと笑う、フリンダもその様を見て確かに変と続いた、


「そうか、そんなに、変、か、な」

何事もなかったかのように微笑む二人に脱力しキーツはその場に座り込んだ、変だ変だとエルステとフリンダは囃し立てやがてキーツもそうか変かと同調して三人は大笑いした、エルステとフリンダは微かに充血し潤んだ瞳を隠そうとはしなかった。


三人は連れ立って森を抜けた、野営地よりややずれた地点からテインの元を目指す、テインの姿はすぐに視界に入った、その姿は森の奥を望み片足を引き摺って所在無げにうろうろと歩き廻っている、フリンダはテインの名を呼び軽快に駆け寄った、エルステもまたこの騒動があってもその手から決して離さなかった収穫物満載の鞄を抱えて後に続く、テインはフリンダの姿を、次いでエルステを見止めその視線はキーツに至り、安心したのか脱力してゆっくりとその場にへたり込む、そこへフリンダの体当たりを受けるが上手い事その勢いを殺しながら抱き止め、エルステもまたその勢いのままテインに抱き付いた。


フリンダもエルステも事後の高揚感そのままに矢継ぎ早に諸事を報告しそれは大変朗らかな歓談のように見えた、しかしキーツが三人に近付く頃にはテインの顔は真っ赤に怒りを表し、その表情を窺う二人は先程の雄弁はどこに行ったものか静かにテインを見上げている、


「キーツ、そこに座りなさい」

テインは口を開きかけたキーツを先制する、その勢いにキーツは言葉を無くし瞬時に冷や汗がじっとりとその背を濡らした、既視感がキーツを襲う、似たような状態で似たような口調のアヤコを何度か経験しているがこの地の女性もまた同様なのであろうか、だろうなとキーツは思う。


キーツは観念しその場に正座した、草の上であっても痛みを感じる、エルステがそれを見て隣りに座りフリンダはやや後方、キーツの背中側に座を占めた。


そしてテインの説教が始まる事となる、陽はまだ翳りを見せず豊かな陽光の下小一時間程それは続いた、実際にはもっと短かったかもしれない、最後の方はテインは泣き出しており、三人は協力して彼女を宥めて何とかその場を治めた。


「これが、魔法すごいな」

説教タイムの後、釣りというか漁をして三人が充足できる程度の釣果を上げる頃に陽は翳りを見せだし焚火を起こす事とした、川の石で囲いを作り焚き付けを作ろうとナイフを取り出すと、テインが積み上げた薪の中から太い一本を選別し左手に構えると右手を薪の端に翳す、テインの視線は薪の一点に注がれ小さく何事か呟やき続ける、何事かと他の三人が見詰める中、薪はその内側から炎を発し赤く燃え出した、キーツは思わず感嘆しエルステとフリンダもそれに続く、


「二人は初めて?キーツも知らないの?」

南の方には無いのかしらとテインは不思議そうに問い掛ける、その視線は薪への注視を外さずに右手はゆっくりと薪の中ほどへ移動した、炎はそれに追随するようにその範囲を拡げやがて持ち手に困る程広がると囲いの中へそっと置かれた、キーツはそれに細い薪を組むように重ねていく、炎はやがてそれらも巻き込み安定した。


「魔法、知ってる、けど、使えない」

フリンダは嬉々としてそう言った、エルステも同意する、キーツもまた事前情報として知識は入れていたが実際に目にするとなかなかに興味深い現象であった、その仕組みをゆっくり調査してあわよくば自分も使えるようになりたいと思うが今その余裕は無さそうである、そういえば地球の同僚でヨーロッパを担当している刑事の一人が魔法使いと呼ばれていたなと思い出す、直接接触が無く、アメリカ担当刑事からのまた聞きでその手管を知ったが、実際に魔法と呼ばれる現象を目にするとその魔法使いの能力を改めて知りたくなった。


「やってみる?」

テインは薪の一本を取り上げつつ二人を見ると、二人はほぼ同時にやるといって薪を手に取った、キーツは内蔵を取り出した魚を並べつつ収穫物の入った鞄を覗いて途方に暮れる、


「ごめん、テインこの食材はどうすればいいのかな」


「ん、私やるわねナイフ貸して、鍋もあると嬉しい、あと塩、あ、水も」

すっかりテインの尻に敷かれているように感じる、あの説教タイムが痛かった、立場というか立ち位置が変わったようであった、テインは二人の母親代わりとなっており、キーツはその駄目な保護者といった風情である、駄目とはなんだと思うも子育ての経験が無く、まして妻帯の経験も家族の関係性すら経験不足なキーツにとってはどうにもこうにも対処のしようがない事ばかりである。


キーツはジュウシに括り付けた中型の鍋を外しつつまぁいいかそれはそれでと思う事とした、塩の瓶をすっかり乱雑になった荷の中から探り出す、川から鍋に水を汲み二つ揃えてテインの前に置いた、


「それで、まずは炎を想像するの頭の中でそしてその思念がゆっくりと首に伝わって、それから肩にそして腕、そして手に」

テインは二人に諭すように言葉を掛ける、二人はテインの真似をして薪を構えて集中している、静かでいいなとキーツは思った、


「すると木の中に炎が生まれる感覚が左手から流れこんでくるのね、そしたら」

テインは続けるが二人の持つ薪に変化は無い、テインは言葉を続けながら鞄の中からキノコを取り出し一つ一つ確認しながら柄を落とし傘を分割する、それを鍋に放り込みながら、


「どう、対象の変化が実感できる」

と二人に問うた、二人は無理とあっさりと答え大きく息を吐く、呼吸を忘れる程集中していたようだった、


「うん、何度も練習すればその内できるかも」

あくまで出来るかもだけどと続けた、なにやら含みのある言葉であったがそれに気付いたのはキーツだけのようである、


「わかった、ガンバル」

エルステは自分に言い聞かせるように宣言した、そして集中を持続させる、フリンダはむぅとエルステを睨んだ後にさっと手にした薪を焚火にくべ、いいと言って拗ねて見せ、


「魚、焼く、嫌い」

興味は魚に移ったらしい、キーツの前に並ぶ魚を見て言い捨てた、


「そうだったか、生のもあるよ、エルステも生がいい?」

エルステに話し掛けるも返事は無く深く集中しているようだ、昨晩の様子を思い出すと獣人は調理に火を扱わないのかもしれないなとキーツは考える、火そのものは扱うし慣れてはいるようであるが食物を加工する文化を持たないのかもしれない、キーツは火に掛けていない魚を大振りの葉に載せエルステに手渡す、


「違う、こう」

受け取った魚に串を打つが独特の形状であった、開いた腹側を大きく開き火に掛ける、内蔵側を主に炙りたいらしい、


「内側から焼きたいの?」


「違う、内蔵、周り、虫入る、あと、皮」

なるほどとキーツは答えた、エルステは寄生中の多い内蔵とその周りの肉及び皮の周辺を炙りたいらしい、肉そのものは生に近い方が彼等の好みなのだろう、それなりに合理的な理由にキーツは納得した。


「俺、焼く、食える」

エルステは魔法の練習に飽きたらしく薪を焚火に突っ込んでキーツを見る、


「焼いたのでいいよってこと?」

キーツが問うと大きく頷いた、君は良い子だなぁとキーツがしみじみ言うと、


「でも、冷やす、熱い、駄目」

とこれまた注文が多かった、味にケチをつけられるよりましかと苦笑いを浮かべてキーツは了解の旨を伝える、


「御免なさい、これ洗っていただけるかしら」

今度はテインである、処理された食材の入った鍋を手にしている、鍋の中で食材の汚れを落としたのであろう細かい何かが浮いているのが確認できた、キーツは、はいはいと受け取り川に降りた、


「具材が浸るぐらいに水も欲しいです」

暗く静かな川面に蹲るキーツの背に追加の注文が入った、左手をヒラヒラと彼等に振って了解の意思表示とする。


「こんな感じ?」

鍋の中をテインに確認してもらい了解を得ると火に掛ける、それぞれの食材が仕上がるまでもう暫くかかりそうであった、


「テイン、足を確認しておこう」

キーツがテインを窺うと、自分で何とかとテインは包帯をゆっくりと外した、変色し足裏に貼り付いた薬草を剥がすと包帯の端で患部を拭う、


「だいぶ良いようです、出血は無いですし傷も塞がってますね」

薬草の効果は絶大のようであった、縫合が必要かなとも思った傷であったが半日も経たずに癒合するとは、テインの新陳代謝が激しいのか薬草の効果なのか調査が必要かもなと考える、


「フリンダのお陰だね、ありがとう、フリンダ」

フリンダは顔をクシャクシャにして任せろテインと胸を張る、


「もう、包帯は必要無いですね、清潔にして乾燥させれば充分かと思います」

テインはそう言って包帯を纏め直すがそれをキーツは遮って、


「包帯は煮沸消毒しておこう、清潔な布で患部を綺麗にしたい所だけれど何かあったかな」

と乱雑に纏めた包帯を受け取りジュウシの荷物を漁る、使用に耐えられそうな布切れを見付けそれをポットのお湯で洗浄するとテインに渡した、


「川で流す?拭くだけでいい?」

拭くだけで取り合えずとテインは受け取った布で足裏を清拭した。


「となると、やっぱり、サンダルか何かあったほうがいいなぁ」

と荷物を漁ろうと腰を上げるも大した物はなかったんだと座り直した、


「そうですね、動物の革とかがあれば何とか加工できると思いますが、革そのものも材として利用できるまでに手間が掛かりますし」


「罠、作る、鳥、栗鼠、食べる、革、使える」

唐突な提案である、フリンダの声は明るく宵闇に溶け込んだ、


「罠?作れるの?すごいな」


「勿論、フリンダ、任せる、ナイフ、貸して」

今にも飛び出しそうなフリンダを見てテインが制止する、


「待って、食事を終えてから、ね」

と諭すように語り掛けるとフリンダの熱は一旦収まったようで了解の旨を小さく呟く、


「魚はイイ感じだよ、半分冷ましておこう」

キーツはエルステの前に焼き上げた魚を並べつつ鍋の様子を見る、


「どのくらい火を通すの?」

とテインに問うと、


「温めるくらいで良いのです、殆ど生で食せますから」

と一緒に鍋を覗き込み、もう少しですかねと中身を一度かき回した、


「そう言えば、カバって結構居るの?ここら辺」

とキーツが話題を振った、テインは眉根が寄りエルステとフリンダの耳は心なしか萎れている、敏感な内容だったかな、そりゃそうか怒られたばかりだしと思う、


「えぇ、居ますよ、でも専ら森の奥の方で暮らしてると思われます」


「俺の故郷だと直接見た事は無いけど水辺に多かったかな、森の中は聞いた事が無くてね」


「そうですか、結構違うものなんですね」


「ふと思ったんだが、カバって美味しいんだろうか」

キーツの言葉はさらに敏感な内容であったらしい、テインはいよいよ不快な顔をし、エルステとフリンダは顔を見合わせる、


「カバ、駄目、強い、熊、一緒」

エルステがおずおずとキーツを諭す、


「熊、大人、五人、カバ、大人、十人」

それだけの労力が必要という事だろうか、


「カバ、怖い、口、大きい」

フリンダがエルステに続く、彼等にとってカバは忌避対象らしい、


「なんでもかんでも食べれば良いというものではないと思います」

テインは違う方向から非難する、


「野人だけですよ穀物から野菜から魚から獣やら、あなた方は節操が無い、動いているものは何でも食せると思っている、動かないものでも取り合えず口に入れる、その上味がいいだの悪いだのどうかしていますよ、大体ですねあれ程街中に食物が溢れているくせにさらに食を求めるなど言語道断です、あの食材を全てちゃんと消費した上で求めるならまだしも、底がないんじゃないかと気分が悪くなります、あなた方は、そのうち私達や同族も食べる気なんですか、まったく」

テインの言葉にどこぞも変わらんのだなと思いながら、


「悪かった、御免、いや・・・」

とキーツは口籠り、


「子供のカバがいてさ、いや、美味しそうだと思ったわけではないよ、ただ、カバも子供は可愛いなと思ってね」


「ホント、見たい」


「うん、俺も」

と子供二人は興味を持ってくれた様子であった、森の中ではその姿までは視認できなかったのだろう、それもそうで彼等は命の危険に晒されていたのである、カバの子供なんぞは二の次三の次であるのは当然である、対してテインはどうだかと鼻息を荒くした、


「だから、母親カバかな、攻撃的だったんだと思うよ」

なるほどと三人はそれぞれに納得した様子で、何とか切り抜けたかなとキーツは安堵する、しかしテインの険は取れていない様子であった、


「ま、ほら食べちゃおう、フリンダの分ももう良さそう?」

フリンダの前には彼女にとって丁度良く焼けた魚が数匹並びさらに数匹が焙られていた、


「では、頂きましょう、どうする、それぞれでいい?」


「何をですか?」

テインは問う、


「君達には食事の前の祈りとか祝詞とかそういうの無いの」

とキーツは純朴に問い掛ける、三人はそれぞれの顔を見て同時にキーツに視線が向いた、


「良いのですか?野人は嫌うでしょう、我々のそのそういった風習は」


「散々文句言っておいてそれはないよ、俺はそういうの好きよ君達の風習も知りたいし」

テインは不思議そうにキーツの顔を見詰め、


「分かりました、いえ、ありがとうございます」


「そう言って貰えると嬉しい、ではそれぞれに見せ合おうか、俺の場合は簡単でね」

率先して見せる事とする。


地球で覚えたあれでいいかと魚に向けて手を合わせる、いただきますと一言告げた、三人は興味深げにそれを見守り、口々にどういう意味かとその仕草はと質問を浴びせる、


「いただきますはそのままだね、テインの憤りは分かるけど少なくとも俺は命をいただく事に感謝致しますと思って食事に向かってる、それとその命でもって自分が生かされている事を再確認する意味合いもあるのかな。手を合わせるのはなんだろう、敬意といって分かるかな?敬うって気持ち、これも感謝に類する思いなんだけどねそれを表現しているらしいよ」

静かに聞き入った三人はそれぞれに思う所があるらしく無言となった、


「私の知っている野人の作法とは大きく違いますね」

テインはやはり不思議そうにそう言った、


「うん、そうだろうね」

キーツが同意すると、南の方の風習ですかとテインはキーツの言葉を奪う、口元のみで笑いを作り次はテインねとキーツが言うと、テインはやや神妙な顔付で目を瞑り、


「始まりの森とハイエルフの法に従いて得られし供物と同化する事をお許し下さるよう、離れし大樹に乞い願うものなり」

右手の指先を額に当て文言を呟いた、一瞬その手が輝きすっとテインは目を開ける、以上ですとテインは告げてほっと息を吐いた、


「テイン、手、光った、魔法?」

魔法に強い興味を持ったエルステが問い掛ける、


「光ってた?、ならいいよって意味、光らなかったら駄目よって意味」

テインはにこやかに言う、


「でもね、光らなくても食事はしていいの、そういうものなの」

とテインは続ける、彼女らの文化の根幹には魔法が密接に関わっているらしい、さらにその文化を知りたいものだとキーツは思う、


「次、私、簡単なの」

とフリンダは志願して立ち上がると、空に両手を翳して彼女の言葉で何事か呟いた、彼女の言語を初めてしっかりと耳にするが、なるほどキーツには発音出来ないであろうというジルフェの見解に納得するしかない、


「以上」

フリンダは座る、


「どういう意味なの?」

キーツが問うと、


「神様、ありがとう、言った」

なるほどと納得すると、


「本来もっと長いのです、確か正式なお祈りは家族で食卓を踊りながら一周するとか聞いた事があります」

とテインが補足する、


「テイン、物知り」

フリンダは嬉しそうに頷いた、


「最後、俺」

エルステは冷めた焼き魚を掴むと皆にそうするよう促す、テインは慌てて木皿に煮物を載せて構える、


「皆で、一緒に、叫ぶ」

と注釈をつけ、ワォーンと大きく叫び手にした魚を大きく掲げる、三人は釣られてワォーンと叫びそれぞれに手にしたものを捧げ、


「以上、あと、食べる」

エルステは元気良く魚に喰い付き、皆もそれに倣って喰い付いた、頬張りながら三人は笑いを堪えきれずに吹き出しそうになる、ゴモゴモとフリンダは何かを話すが聞き取れずテインは口にしたきのこが熱かったのか大変難儀している、キーツも同様に勢いに負けて齧り付いたはいいものの魚の熱さに咽てしまった、その三人を不思議そうにエルステは見ていたが、やがて四人は笑いに包まれ月夜の下の夕食は和やかに慎ましく過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る