第15話 西のバカブ神その15(悪魔が求めるのは美しき女神)
15・悪魔が求めるのは美しき女神
城は見る影もなかった。
瓦礫の山すら築くことなく燃え尽くされ、その後には巨木が立ち、大地は白い花で覆い尽くされていた。
唯一残されたのは、城の外壁だけだった。
その外壁で、それまでの経過を影でみていたガイは、悪夢だと思っていた。
「さすが我が姫。
夢見を違えることはありませんね。
まぁ、この惨状にはため息しかでませんが」
言葉通り、ガイは深く大きなため息をつく。
「城は無くなりましたが、素敵な花畑ができましたね」
「… 先日は随分な働き口を有難うございました。
神出鬼没のシンさん、いつからご覧になっていたのですか?」
思わず出た独り言に声が返ってきて、ガイは驚きつつもそれを隠して話を続けた。
「いえいえ、お礼には及びません。
アルバイトは、上手く抜けられたようですね。
収穫はいかがでしたか?」
「あの方を紹介してくださったのは、本当に食事のお礼ですか?
まぁ、ターゲットを探し回る時間を節約できましたので、その分、じっくりと働けました」
人の好い表情を崩さぬまま、柔らかな口調も変えることなく、そっと、ガイは裾に隠し持っている平らなクナイを握りしめた。
「レオンへの囁きも、上手くいったようですね。
城下町を戦火に呑み込ませるのではなく、どうせ要らなくなる城に戦闘準備を万端にし、レオンの下に貴方というネズミを送り込み一言囁いて誘い込む…
さしずめ『月の女神を食らえば、目指す完全体になれるのでは?』 と言ったところでしょうか?」
「あららら、想像力が豊かですね」
ガイはシンの言葉と意味ありげな笑みに、スッとシンから距離を取った。
さて… 見逃すわけにもいかないですよね。
表情は崩さぬまま、ガイはクナイを両手に、顔を覆うように構えた。
「そう、警戒しないでください。
貴方と似たような者ですよ。
それより、西のバカブ神の復活ですよ」
炎は消えた。
龍神も消えた。
月もあるべき姿に戻った。
今あるのは、焼け残った瓦礫を覆い隠す程に咲き乱れる、白月花と深い草花。
そして、どこまで伸びているのか分からない、一本の樹。
城があった場所に出現した巨木は、かつてレオンと名乗っていた男の変わり果てた体を抱えていた。
その胸元には、まだ幼い少年があった。
「第三世界を支える柱の一つ…」
「ああ、レオンの体が崩れ去ってしまいましたね。
腕の一本でも残っていれば、献体として利用価値があったでしょうに。
さて、貴方の出番のようですよ。
西のバカブ神の剣を勝手に使って、あれだけ両腕がズタズタにされたのに、よくやりますね」
「だから、人間性がぶっ飛んでしまったんですね。
まぁ、これからが僕の本業ですから」
答えはなく、代わりに次の問題が現れた。
食えない態度のシンが気になりつつも、ガイは本来の仕事に戻ることにした。
今までにない雄叫びは、ようやく静寂を取り戻した空間をビリビリと揺さぶった。
明らかに正気を無くし、暴走を始めた青年の手は、まだ微動だにしないニコラスに向かって伸びた。
「お待ちなさい」
クレフが二人の間に入ると同時に結界を張ったのか、衝撃波が辺りを揺るがした。
「そこまでです!
影縫い!」
叫びながら飛び出すと、気持ちひるんだ青年の足下に、ガイは月光石から作ったクナイを投げつけ、青年の影を大地と結び着けた。
間発入れず、腰に巻いていたムチで男の腕と体をまきとり、大地に着地した。
「貴方は…」
「僕の主がご迷惑をおかけしました。
すぐに済みますので…」
雄叫びと共に、青年は自分の体をねじった。
いつも以上の力で抵抗され、ガイの足元がぐらついた。
「今日はいつになく血の気が多いですね」
「ウガァァァァァ!」
胸元から札を出そうとした瞬間、ムチが引きちぎられた。
「っわっ!」
同時に、足元のクナイの結界も外された。
青年の目的はクレフだった。
その動きはとても素早く、クレフの細い体は一呼吸で捕まえられた。
「あああああああああ…」
ブチブチブチブチブチブチ…
耳障りな音は法衣を引き裂くものではなく、肉や血管を食い千切るものだった。
左の首筋と肩口を迷いなく食い千切り、口をつけ、そこからほとばしる生暖かい鮮血を味わった。
白かった法衣はみるみるうちに朱色に染まり、捕えられた体は大量出血のために大きく震え始めた。
「… 神の… 雷槌…」
空気の漏れる音の中に、微かに声が混じっていた。
そんな状態でも、クレフは自分もろとも稲妻を落とした。
周囲が白む程の稲妻を受け、さすがに一瞬の隙ができた。
「終りです!」
それを見逃さず、ガイは一気に勝負をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます