第14話 西のバカブ神その14(月のない夜の戦い4)

14・月のない夜の戦い4


 どこからともなく、鼓動が聞こえてきた。

それはとても小さく、とても落ち着ける音だった。


 ニコラスはレビアの手を取ったまま、今までになく落ち着いていた。


「貴方の存在を失うのは痛手ですが、これ以上邪魔をするのなら要らないですよ。

紅炎こうえん暗条あんじょう』」


 少し苛ついたレオンの声と共に、一同の頭上に帯状の放射能が現れた。

意識が朦朧としている中で、ニコラスは思った。


自分はいつまで逃げていればいいのだろうと。

集落の人々を、母を酷い目にあわせた仇もとれず、自分はまた守られている。

逃げたいわけではない、戦いたいわけではない、守られたいわけでもない。

自分は・・・


「守りたいんだ」


 放射能が降り注ぐ瞬間、ニコラスの呟きが重なり、空間が白い光に包まれ大地が激しく揺れた。

大小の亀裂が走り、あちらこちらで大きく崩れていく。

全ての術が消え去り、タイアードはレビアを抱き、クレフは瞬時に召喚した一角獣の背に乗り、青年は自分の翼で飛んだ。


 各々がその身を守るのがやっとだった。


 揺れとともに、幾本もの太い根が意志を持っているかのように這出てきた。

それらは辺にいるモノを絡めとりながら、しっかりと大地に張り巡らせられ、硬い地盤を作り上げた。

同時に太い幹が現れると、その身を捻じ曲げいくつものコブを作りながら空へと伸びた。

みるみるうちに枝は四方八方へとそのたくましい腕を広げ、青々とした葉を付けた。


「これが黄泉からの侵入者を防ぎ天界を支える四神柱の一つ、西の柱であり『西のバカブ神ネメ・クレアス』の分身…」


 タイアードに抱かれ難を逃れたレビアは、どこまでも伸びている巨木を見上げた。

その視界に細い細い、白い月が写った。

 足元には一面に広がる白月花草。

その幹の根本に、獣人と化したレオンがいた。

昆虫採集の虫のように黄金の剣で胸を貫かれ、幹に張り付けられていた。


 レオンの濁った瞳に入り込んだのは、影だった。


 黒い翼を持ち死臭を纏った青年は、両手でしっかりとレオンの胸を貫いた黄金の剣の柄を握りしめ、その凶悪なまでの暗色の瞳にレオンを映していた。


「その濁った目でよく見ておくんだな。

お前を殺したのは、この、俺様だ」


 その言葉に導かれるように、レオンの頭がガックリと右下にずれ、同時に視線が青年からその黒い翼の後ろにいる、金色の目と髪のニコラスに移った。


 微かにレオンの口が動いた。

しかし、ニコラスの耳には届かない。


『目覚めよ』


 ニコラスの頭の中で、誰かの声が響いた。

瞬間、レオンの顔が大きく歪み、その身体は金色の炎に包まれた。

 その肢体を貫いている剣を握る逞しい腕には剣から伸びた根が絡みつき、皮膚を破りながらあっという間に肩まで上がってきた。

同時に巨木の根や幹は激しく脈打ち、その色を濃く、硬く、緑の苔や他の植物を急速に生えさせていった。


「うおおおおおおおおおおおお…」


 あまりの激痛に青年は吠え、足でレオンの肢体を思いっきり蹴り、その反動で剣から腕を放すと、両腕に潜り込んだ根を力任せに引き抜いた。

 飛び散った血は、またたく間に蒸発した。

レオンを包んでいた炎が消えると、その姿はいつもの人間の姿に戻っていた。


 ニコラスがそっと近づくと、弱々しく上げたボロボロの両手でニコラスの頬を包み、ニコリと微笑んだ。

その顔は、ニコラスのよく知っている顔だった。

 頬を包む手がとても暖かく、ニコラスの金色の瞳から涙が溢れだした。

その涙はレオンの手に落ちると、ポロポロと細胞を崩していった。


そして、一陣の風がレオンの体を崩し、空へと舞い上げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る