第9話 西のバカブ神その9(アニスの手紙)

9・アニスの手紙


 貴方の前で、私は最期まで貴方の母親でいられたでしょうか?


私は、人間としての時間がもう残されていないようです。

最近、思考能力も低下してきたと自覚することがあります。

この手紙も、支離滅裂でしたらごめんなさい。


 初めに、貴方は私の子供ではありません。

私の弟です。


 私たちの父の名はニース。

とても優しく、怒ったところを見たことはありませんが、お城に仕える騎士でタイアード様の右腕だったと聞きます。

 貴方が母のお腹の中にいる時、近隣の国との戦いで生死が分からなくなったそうです。


 母の名前はナターシャ。

西のバカブ神の神官であり、ジャガー病の研究者でもありました。

あの集落で感染者の看病をしながら研究をしていました。

しかし、貴方を産んですぐに感染し、発病しました。

 母の種は姫様に託しました。

貴方が埋めてください。


 母の跡を継いだのがレオン神父です。

ジャガー病というものは、研究する者にとっては麻薬のようなものの様です。

 治したい、助けたい。

研究の根本は感染者の完治であり、この病気の完全なる消滅のはず。

しかし、研究を進めるにつれ、その狂気の病に魅せられていくようです。

レオン神父は研究にのめり込み、私もまたそんな彼の右腕となりました。


病に苦しむ人たちを救えたら…

研究が成功したら、レオン神父の心を戻せるかもしれない…


 あの人は、私達の父のように静かに優しく微笑む人でした。

私は、その微笑みを取り戻したかった。

それが、恐ろしい研究だと分かっていても。


 貴方は、感染者ではありません。

貴方は『夢見の姫』が予言した子だそうです。

本当だったら、産まれてすぐに姫様が貴方を引き取るはずでした。

それを私の我儘で、今日まで私の手で私の子供として育てさせてもらいました。

姫様の元で学ぶ時間を遅らせてしまいました。

私が貴方の時間を奪ってしまいました。


ごめんなさい。


 でも、貴方がいてくれて、私だけでなく集落の皆は幸せでした。

貴方は、皆の希望だったから。

レオン神父も、貴方といる時は本来の自分を保っていました。

貴方の見ていたレオン神父が、本来の彼です。

もし、見た事のないレオン神父が目の前に現れたら、それはレオン神父ではありません。

ただ、レオン神父の姿をした獣です。

躊躇してはいけません。


愛しい子。

私の子。

私の弟。


 どうか、どうか、いつまでも私の愛しいニコラスでいてください。

勤勉で、素直で、誰にも優しいニコラス。

それが貴方の武器です。

けっして無くしてはいけないものです。


私の愛しい子。

私の希望。


 貴方のこれからに、多くの北星の女神の導きがありますように。




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