真夜中を往く

味噌わさび

第1話 真夜中の世界

 どこかの世界の、遠い未来。


 いつからか、その世界では夜が続くようになってしまった。


 人々が夜明けを見なくなって久しい。しかし、夜明けを求めて旅をする人も多かった。


 その旅人の男性も、真夜中の世界を旅していた。


 といっても、旅人は既に夜明けを探すことを半ば諦めていた。既に世界のあちこちを回ってきたが、夜明けに出会うことはできなかった。


 世界では永遠に夜明けが失われてしまって、真夜中が永久に続くのではないかと旅人は思っていたのである。


 そんなある日のことだった。


 旅人が真夜中の世界を歩いていると、珍しく、他の旅人に出会った。


 小柄な背格好の少女は、旅人を見て少し身構える。


「……珍しいな。アンタ、一人か?」


 男性が訊ねると、少女は警戒をしながらも、小さくうなずく。


「夜明けを探しているのか? やめておけ。どこにもないぞ」


 旅人は自嘲気味に笑う。それは、かつて夜明けを探していた自分を馬鹿にするかのような笑い方だった。


 しかし、少女は首を横に振る。


「あるよ。だって、母さんが言ってたもん」


「夜明けがあるって? そんなの探したことのないヤツの台詞だろう? 俺は世界中を旅してきた。それでも、夜明けには出会えなかったんだ」


 旅人がそう言うと、少女は悲しそうな顔をする。


「本当に、夜明けに会いたかったの?」


 少女に聞かれ、男性は驚いてしまった。


 自分が夜明けに本当に出会いたかったのか? そう聞かれると……不安になってしまった。


「そうだな……もしかしたら、本気ではなかったかもしれない」


「私は……会いたいよ。母さんが言ってたこと、信じているし」


「……アンタの母さんは、なんて言ってたんだ?」


 男性が訊ねると、少女は少し間を置いてから、先を続ける。


「明けない夜はない、って」


 そう言う少女の目は、暗い真夜中でもわかるくらいにまっすぐに輝いていた。


「……そうか。そうだな」


 男性はそう言って、少女のもとから去っていく。


「アンタは見つけられるかもな、夜明けを」


 そう言いながら男性は考える。


 自分は……夜明けを見つけたくなかったのではない。


 いつしか、この真夜中が続く悠久の世界のことを、好きになっていたのだろう。


 いつか、誰かが見つけて、夜明けが来てしまうのかもしれない。


 でも、それまでは、この真夜中の世界を堪能しよう……男性は少女に出会ったことで、自分の本当の気持ちに、長い旅の末に、ようやく気付けたのだ。


 旅人は、再び、真夜中の世界を往くのであった。

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