第62話 小枝との会話

 泣き疲れ、いつの間にかまた眠りに入ってしまっていたようだ。


「おわっ!」


 俺は飛び起きた。どうやら、小枝のひざに頭を置いてずっと寝ていたらしい。なんてことをしてしまったんだ……小枝母に殺されてしまう。


「……ううん」


 壁にもたれかかって寝ていた小枝も、どうやら目を覚ました様子。眠そうな顔で微笑む。


「あんろうくん、おはようございまふ。ふわ~ぁ」


「あ、ああ。おはよう」


 やらかしてしまったことに、気が気ではなかったが……ひとまず、頭をすっきりさせる為にも朝シャワーを浴びる。その後、二人とも身支度を整え部屋を後にした。

 このネットカフェは無料モーニングのサービスがあるようで、俺と小枝は共有エリアでポテトとトーストを食べていた。うむ、朝のコーヒーはなんとも優雅……なんてならないよなぁ。


「あの……小枝」


「ふぁい? なんれしゅう」

※はい、なんでしょう(訳)


 トーストを美味そうに頬張りながら小枝が反応する。


「き、昨日のことなんだけどな……その、お袋さんには黙っていてくれないか」


「昨日のこと?」


「その、お前の……膝で寝たこと」


「ああ、あれですか。別にお気なさらず」


 軽い感じで返されたことに、少しは危機感を持ってほしいものだと訴える。


「あのなぁ、お前のお袋さんおっかないんだぞ。特にお前のこととなるとなぁ……」


「ふふ、いつもの安藤君ですね」


「はい?」


 いつもの無邪気な笑顔とは違う、どこか優しい笑み。なんだか、俺はその顔からつい眼を逸らしてしまう。


「安藤君、ずっと平然としてましたから……かえって心配だったんです。安藤君の本当の想いを知れて、小枝も少しは安心です」


「俺は……ずっと泣けなかった。これまでも、親の前でもずっと。泣いたら、駄目な自分を認めてしまう気がしたんだ」


「今の幹を切り捨てた時に、新しい芽が出ることを小枝は『駄』だと思うにようにしています。新しい芽を次こそは大事にして、またダメなら新しい芽をまた大事にして……その繰り返しでいつか花が咲けば、ダメでもいいじゃないですか」


「それ、お前が考えたのか?」


「はい♪ 小枝の持論です」


「たいしたやつだな。だけど、おかげでだいぶスッキリしたよ」


 思えば、何度もこいつに救われているなぁ。俺が新しい芽を出すなら、こいつはそれを見守る太陽なのかもしれない。


「安藤君から感じた嫌な感じも、もう大丈夫そうですし」


「嫌な感じ?」


「はい。実は昨日バス停で見かけた時から、感じていたんです。なんだか、もう、安藤君に会えなくなってしまう気がして。それで、怒られるのを承知で、無理にでも……と思いまして」


「そうだったのか」


「なんとなく、わかるんです。以前、病気がちだったと言ったのを覚えてますか?」


「確か、飛行機で言ってたやつ」


「実は、あれ……命を脅かすほどの病魔だったんです。ずっとそれに苦しんでて、学校もほとんどいけない日々でした。だからあの嫌な感じには身に覚えがあるんです」


 俺は言葉が出てこなかった。サラッと言ってはいたが、そこまでつらい過去だったなんて。死の淵に立たされた人間はなにか見えたりするとか聞いたことがあるが、俺ももしかすると、良からぬことを考えた可能性だってある。

 まぁ、こいつに振り回されてそれどころじゃなかったが。


「今回の件、俺ってけっこう危なかったのかもな」


「でも安心してください。困ったことがあれば小枝がまたお助けします」


「ふ、その時はまた頼むよ。すまなかったな、嫌なこと思い出したろうに」


「大丈夫です。なので、安藤君もまた頑張りましょう。やまない雨はありません。焼けないサンマもありません」


「お前の持論はもういいって」


 そんな会話を続け、俺たちのモーニングは過ぎていった。

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