第61話 あの麦わら帽子
「しかしながら、安藤君! ひよりちゃ……うちの娘と同じ部屋に泊まるなどと、そんなことを親が
急に感情的になりだす小枝母。
「あの、その、お叱りはごもっともです。ですが、もう私の周辺には頼れる人間がいなくて。今日の宿も、本当に奇跡に近い形でようやく抑えた場所で……」
「わかってます! ですが、可愛いひよりちゃんをどうしてどこの馬の骨ともわからない男と寝させられますか!」
小枝母の涙交じりの訴えがやまない。血の涙を流しているようにも感じられる。
「あの小枝さんとは適切な距離を保ちますので、どうかご勘弁を」
「当たり前です! なにか変なことをすれば私はあなたを殺します」
「わ……わかりました。私も男です。この命を懸けて約束をお守りします」
「あなたみたいな薄汚い男の命などいりません」
話のつうじ、通じる? んん? 小枝母は、小枝のこととなると途端に話が通じなくなるらしい。それからも無茶苦茶な言動に耐える俺。10数分ほど不毛なやりとりを経て、結局、小枝に指一本触れないということで同室を認めてもらえる。通話を切れ終える頃、また一段階疲れが上乗せされる俺であった。
その後、終わった洗濯を各々で管理し、部屋へ戻ってオーダーしたカレーを食べ、二人とも早々に就寝した。
♢♢♢
青い海を見ていた。
空が高く、地面が近い。声をかけられると、うしろには若い頃の父と母がいた。これは……そうだ、まだ妹が生まれる前に、家族三人で海に行った時の記憶だ。
「お母さ~ん、お父さ~ん」
俺は二人に向かい走り出すが、なぜかどれほど走っても二人のもとへ行けない。それどころか、両親は動いていないはずなのに、どんどん遠ざかっていく。
「待ってよ! お父さん! お母さん!」
くそ、くそ、どうなってるんだよ。俺は父と母の名を叫び、両親が消えていく暗闇の道を走り続ける。
「……ドウくん、アンドウくん」
「はっ」
小枝の声で目を覚ます。目からは涙が溢れていた。
「大丈夫ですか? だいぶうなされてましたけど」
「すまん。夢を見ていたんだ」
俺は身を起こし、自分を落ち着かせようとするが……脳裏にふと、海に流されてしまったあの麦わら帽子が思い浮かぶ。もう届かない、あの麦わら帽子が両親のことのように思えてきて、また涙がこぼれた。
「う、ううっ」
「安藤君……?」
「小枝、俺はどこで間違えたんだろう? 俺は父さんと母さんにずっと褒めていてほしかっただけなんだ。だから、勉強も頑張って、良い高校に入って、いい大学を目指して……なのに、なのにどうしてどれもこれも、この手をすり抜けていくんだ?」
小枝はそんな俺の頭を優しく抱き寄せる。
「間違ってなんかないですよ。今はお天気のように、ちょっとだけ雨が降っているだけです」
「……」
「今はつらいこといっぱいでも、大丈夫です。きっと大丈夫ですから」
俺は小枝の膝で子供のように泣きじゃくった。プライドや恥じらいなんかも考えられず、ひたすら子供のように泣いた。
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