第59話 宿泊問題

 買い物を済ませて建物を出ると、外はぽつぽつと雨が降りだしていた。あたりも薄暗くなり始めていることだし、本日の難関をどうにかしないとマジでシャレにならない。その難関とは……そう、宿をどうするかである。

 ネットの情報を頼りに、ダメもとでビジネスホテルを2~3件回るが、男女の未成年ということでどこも断られてしまった。家族の失踪で、実家に泊まるという計画はオジャンだし、知り合いのツテもなし。スマホの電池も危うくなってきた。

 

「まずいな……このままだと宿なしになるぞ」


 宿泊施設が未成年宿泊の責任を取りたがらないのは分かる。しかし、こんな無常なことをしていては、若者が余計に犯罪に巻き込まれるリスクを高めてしまうではないか。俺の中で、世の中に対する怒りが沸々ふつふつと湧き上がってきた頃。


「安藤君、あちらはどうでしょう?」 


 小枝がゆびす方向にあるのは有名なネットカフェであった。


「う~ん、なんか危なくないか? ちゃんとした宿泊施設じゃないし、物取りの心配とか」


「大丈夫ですよ。以前、壮ちゃんがバイトしてたお店のチェーン店です。付き合いで一度行きましたが、鍵付き個室もあるんですよ」


「でもなぁ、女のお前の身を案じるとどうも気が進まん」


「このまま雨に打たれてるよりはマシです。成るように成れ! です!」


「お、おいっ!」


 雨脚あまあしもだんだんと強くなってくる中、小枝に手を引かれ、避難するように俺たちはネットカフェへと入る。

 受付で小枝が会員証を見せ、鍵付き個室一室を要望した。店員がいささか怪しげな視線を送るが、厳重な注意事項の説明を受けたのち、どうにか案内されることに成功したのであった。


♢♢♢


「はぁ、助かったぁ」


 荷物を置き、俺は個室内へへたり込んだ。

 鍵付き個室はカードキータイプでオートロック形式。さらに鍵付き個室ブースへ行くためにも仕切りの自動ドアのロックを解除せねばならないため、思っていたよりもずっと防犯性が高いことに驚いた。


 さらに料金プランもセット価格であり、長い時間利用してもそれなりの金額で収まってしまう。


 個室にはネットにつながるデスクトップパソコンやWi-Fi環境が完備されており、時間潰しにも事欠かない。店内利用でシャワールームやタオルも使い放題。飲み物やアイスも食べ放題。漫画も読み放題。有料だが、コインランドリーもあり、小枝の制服も洗濯もできそうだ。


 これで室内が窮屈でなければ、めちゃくちゃ快適なのだがなぁ……個室内は二人で過ごすにはスペース的にかなり狭く、どうしても密着せねばならない。相手が女子ということもあり、密室に二人きりという状況は俺も懸念してはいるのだが。


「枕や布団の貸し出しもしてくれてるみたいですよ~」


 当の本人があまり気にしていない様子なので、あまり深く追求しないでおこう。ここまで快適な空間だし、文句を言ったら罰が当たりそうだ。


「くしゅん」


「大丈夫か?」


 小枝のくしゃみが目立つようになってきた。雨に打たれて体が冷えてるのかもしれないし、ただでさえ、俺の足を掴みに海にダイブした経緯もある。体調を崩さないか、いささか心配になってきた。


「シャワールームがあるから行ってこい。風邪でもひかれたらたまらん」


「大丈夫ですよ~?」


「いいから、さっさと行け。あとな、コインランドリーがあるから一緒に洗濯もしといてやる」


「何から何までありがたいです。逆にたくさんお金を使わせてしまって……なんだか、すごく申し訳なくなってきました」


「何をいまさら……お前についてこられた時点で諦めてるから気にすんな」


「ええ~、またまたそんなご冗談を~」


 態度がいつもの通り鬱陶しくなってきたので、さっさとシャワールームへ行けと追い出してやった。

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