第56話 暗雲

『話すことは何もない! 帰ってくれ!』


 それから俺と小枝は、看板に書かれていた住所を頼りに、仲介不動産屋を訪ねたのだが……俺の実家の話題を出すと、すぐさま怒声と共に追い返されてしまった。小枝が制服姿ということもあり、こちらを買い手ではないとすぐさま判断したようだ。

 どういうやりとりがあったのか、よっぽど俺の両親の情報を漏らしたくないらしい。


「うへぇ~。すごい剣幕でしたね、あの人」


「うむ」


「でも、安藤君のご両親はどうして何も言ってくれないのでしょう? 緊急事態なら言伝ことづてくらいしててもいいと思うのですが」


「まだまだ確かめたいことがある。次、行くぞ」


「次はどちらへ?」


「いいから、いてこい」


 おそらく、ここが最後の砦だ。

 やってきた場所は市役所。住民窓口から安藤家の移転先住所について、俺たちは問い合わせた。


「えっと……その情報の開示ができねます」


 だが、その返答は無感情で無慈悲なものだった。


「どうして……ですか?」


「そうですよ、安藤君のご両親のことなんです」


 学生証を見せ、さきほどから身分を証明しているのだが、窓口の女性はこれ以上は答えられないの一点張り。二人して、どうにか粘ってみるが、ほとほと困り果てている様子に、見かねた女性の上司らしき男性が奥からやってきて、代わりに説明をし始めた。


「大変申し上げにくいのですが、ご親族から情報の不開示措置が取られています。ご家族の方でも移転先等は教えることができません」


 マジかよ……親父たち、いったい何をどうしたんだ?

 

「そんな……家族のことなのに、教えてもらえないなんて事あるんですか?」


 小枝はなおも食い下がる。


「そういう措置が取られている以上、こちらではどうにもなりません」


「そこを何とかお願いします」


「規則は規則なので。どうしてもという場合は、法的機関からの申し出が必要となります」


「うへぇ~、なんだか難しいこと言ってますよ、安藤君」


「小枝、もういいよ」


「え、でも……」


「大体のことは分かった。事件性はないみたいだし、それに……」


「それに?」


「俺に居場所を知られたくないんだろ、きっと」


 連絡がつかなくなった時から、なんとなくそんな気はしていた。だけど、そんなことはありえないと信じていた。認めたくなかった。

 だけど、目の前に突きつけられた事実はそれを許してくれない。ならば、否応いやおうなしにも受け止めねばなるまい。


 そう、俺は捨てられたのだ。


♢♢♢


「安藤君、元気出してくださいよ」


 目の前の希望を絶たれた俺。

 小枝は先ほどから必死に俺を励まそうとあちこち連れまわすが、どうも楽しむ気にはなれない。気が付けば、二人、海の見える場所へときていた。


「はい、こちらをどうぞ」


「なに、それ」


「サイダーです。なんちて」


「はぁ……」


「つまんないですよね、すいません」


「別に謝らなくていいって」


「あ! そういえば、さっき美味しそうなクレープの移動販売車を見つけたんです。少し待っててくださいね」


「……」


「そこ、動いちゃだめですよ!」


 小枝はいそいそと駆けて行ってしまった。

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