第32話 レク係準備

「なにそれ?」


「見てわかんないのか? ギターだよ、ギター」


 高江洲は自慢げにクラシックギターを俺へと見せてくる。


「俺が提案するレクはずばり! コレだ!」


「……」


「……」


 静まり返る俺たちに対し、走り回る高江洲弟と高江洲妹の声だけが部屋に響いている。


「いやいやいや、けないぞ?」


「大丈夫だ、教えてやっからさ」


「楽譜の読み方も知らん」


「その辺も含めて、当日まで俺の家で毎日練習すること」


「え~、毎日?」


 ただでさえくそ忙しいというのに、さらに時間を取られるというのか? いや、そもそも実現可能なレクなのかすらも怪しいぞ。


「し、しかしだな、当日までのリミットというものがあって……そのあたりを考えると今からじゃなかなかのリスクだと思うんだが」


「何事にもリスクはあるもんだ。それに」


「それに?」


「お前、余興ですべったことはあるか?」


「な、ないな」


 高江洲はふと真剣な面持ちでこう語る。


「あのお通夜つやみたいな空気はまずいぞ。しかも遠足のレクでそれやっちゃうと、一生モノのトラウマになるといっても過言じゃない」


「そ、そこまでなのか……」


「ああ、間違いないね」


 これまでの人生で芸を披露したという経験はない。傍聴ぼうちょう側だった俺が、舞台側に立ち、ましてやそれがシンと静まり返る舞台だとしたら……確かに想像しただけで背筋がゾッとする。


「そこでこいつの出番なわけだ。弾き語りだと時間も潰せるし、みんなの喋りを妨げないBGMにもなる。こんな良い案はないだろ」


「う~む……しかし、やはり時間がなぁ」


「今から漫才のネタ仕込んだり、みんなで遊べるゲーム考えたりする方がよっぽど時間かかるぜ。しかも、どんすべりするリスクも大いにあり」


 ぶるぶる、再び背筋が冷えあがる。

 またも降りかかるプライベート阻害案件だが、多少の犠牲は致し方ない。俺はしぶしぶ高江洲の提案を受け入れることにしたのだった。


♢♢♢


「ここはこう」


「こうか?」


「ちがう、ちがう。しっかり指で押さえて」


「あ、ああ」


 手始めにまず、俺はドレミファソラシドを教えてもらう。だが、意志とは裏腹になかなか指がついていかない。なんか、こう、不格好である。


「アンドレ、お前不器用だな」


「……」


 くそ、テレビではあんなに簡単そうだというのに……まさかギターがこんなに難しい代物しろものだとは思わなかった。そういえば幼少期の音楽発表会、トライアングルしか任せてもらえなかった記憶。あれは俺の不器用さゆえだったのか。今更ながらに気づいた。


「まぁ最初だからな。とりあえずはドレミの反復練習で、弾くことに慣れていこうぜ」


 俺は力なく返事する。一時期とはいえ、個人授業を受け持っていた俺が、ただただ教えられる一方で、すっかりヘコんでしまうのであった。

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