第4話   アミーキティア

 アミーキティアはデュークと血の交換をした。

 目覚めは早く二人とも半日で目を覚ました。

 デュークはアミーキティアの顔を見て、微笑んだ。


「どうかしたの?」


 デュークの結婚の刻印は首に出ている。

 アミーキティアもきっと首に出ていると思った。


「アミーキティア、素敵な場所に刻印が出てきたね」


 え?素敵な場所とはどこだろう?

 自分の胸を見てもそこにはない。首を撫でてみたが、撫でて分かる物でもない。


「デューク、鏡を見せてくださいな」


「ああ、いいとも」


 デュークはベッドから降りると、ドレッサーの前まで歩き、手鏡を持って戻って来た。


「さあ、どうぞ」


 デュークは紳士的で優しいご主人様だ。

 兄に拘らず、もっと早く結婚すれば良かったとデュークと付き合い始めて、初めて思った。

 鏡を受け取り、まず、首を写した。左右どちらもない。正面も写したが、やはりない。

 まさか、顔に?

 嫌な予感がして、鏡で自分の顔を見た。

 なんと、右の頬の真ん中に刻印が刻まれている。

 今まで傷も痣もなかった美しい顔の頬だ。

 アミーキティアは鏡をうつ伏せにしてベッドに置いた。



「こんなに美しいアミーキティアだから、他の男に取られないか心配だったんだ。顔に婚姻の印が出ていれば、声をかけてくる者も奪いに来る者もいないだろう」



 デュークは嬉しそうだ。

 その反面、アミーキティアは顔にできた婚姻の印を見てショックを受けた。

 デュークの痣は美しい薔薇のような痣ができているが、アミーキティアの痣は潰れた花のようにただの丸のようだった。頬に赤い丸ができてしまった。



(恥ずかしくて、外に出られないわ)



 きっと兄妹達も両親も祖父母も笑うだろう。

 間違いなくエスペランスお兄様は爆笑するだろう。アリアにまで笑われたら、屈辱でしかない。



「アミーキティア、自信を持て。顔にできた者は愛される。私も一生アミーキティアを愛そう」


「デューク」


「皆に見せてこよう。きっと心配しているだろう」


「はい」


 隠れていても、いずれ見られるなら、今でも後でも同じだ。

 デュークに急かされて、着替えるとリビングに降りていった。

 デュークの家族もアミーキティアの家族も揃って待っていた。

 愛して止まなかった兄までアリアを連れて来ていた。


「刻印が出ました」


 デュークが嬉しそうに、アミーキティアの手を引いて皆の前に出た。

 シーンと静まりかえった。

 その数秒後、皆が爆笑した。


(ああ、やっぱり)


 アリアまで笑っていたら、虐めてやるわ。

 エスペランスお兄様の隣を見ると、アリアは笑っていなかった。

 それどこか気の毒そうな顔をして、目をそらしていた。

 これは、これで腹が立つ。

 笑いたければ笑えばいいのに。同情されるのは気にくわない。

 目をそらしていたと思ったら、どうやら違う。

 エスペランスお兄様と話をしていた。

 見てもいない!

 そもそも興味がないのだろう。



「ではおめでとう」



 エスペランスお兄様はアリアを連れて消えた。



「もう片方にチークを塗れば、可愛くなるわ」


「そうね。少し濃く塗った方が可愛らしいわ」



 母と姉がアミーキティアの顔を見て、微笑んでいる。



「浮気もできないいい場所ではないか?」



 デュークの家族は喜んでいる。



「愛嬌ができて、良かったではないか」


「そうさの、愛される場所ではあるな」



 父と祖父は笑いながら、褒めている。

 刻印の場所は運任せだから、仕方が無い。



「アミーキティア、一生。愛し合おう」



 デュークは嬉しそうに、刻印の場所の頬にキスをした。


 +


「本当に顔に痣が出るのね」


「こればかりは運任せだからな」



 温室のカウチに横になりながら、二人はキスを交わし合う。



「わたしは見てはいけないと思ったの。笑うなんて酷いわ。女の子の顔に痣ができるのはショックな事よ」


「でもな。頬に丸い痣だ。これは愛嬌が出て可愛く見えるだろう」


「ランス様、わたしの頬に出ても笑えますか?」


「いや、アリアは顔に出なくてホッとした」


「アミーキティア様もきっとショックを受けたと思いますわ」


「しかし、デューク殿もデューク殿の家族も喜んでおった。あれはあれで可愛がられるだろう」



 エスペランスはアミーキティアの痣を笑ったが、可愛くて笑ったのだ。

 悪意は微塵もない。

 すぐにアリアに窘められて、その場から消えたが、いつも美しく着飾っていたアミーキティアだ。きっとショックを受けただろう。


「祝いに、何か贈ってやろう」


「ショックを受けないものにしてあげてくださいね。間違っても、ピンクのチークなんて贈らないでくださいね」


「それも可愛いだろうな」



 可愛いいを連発するエスペランスに、アリアは嫉妬してきた。



「わたしも頬にできればよかったわ。頬の方が可愛いのでしょう?」


「アリア、違う。誤解だ」



 アリアはカウチから降りて、温室の中を歩いて行ってしまった。

 アリアは感情を表に出すようになった。

 成長したのだろう。

 いいことだが、喧嘩は困る。



「アリア、贈り物を一緒に考えてくれるか?」


 アリアは振り向くと、コクンと頷いた。


「気分を替える物がいいと思うわ。素敵な帽子とかどうかしら?お顔の痣も見えづらくなるわ」


「では帽子にするか?」



 二人は職人を呼んで帽子をデザインしてもらった。つばの大きめな可愛いデザインで、アミーキティアが好きなリボンを付けて……。



「ランス様がお届けになってくださいな。きっとわたしの顔は見たくないと思うの」


「そこまで気を遣わなくても、アリアは私の妻だ」



 エスペランスはアリアを抱きしめて、デュークの家の前に立った。

 呼び鈴を押すと、執事が出てきた。



「魔王様!」


「アミーキティアに会いに来た」


「どうぞ、お入り下さい」



 応接室に招かれて、椅子に座ったと同時に、扉が開いた。



「贈り物ならいらないわ。みんな私にチークを贈ってきたのよ。片頬に塗れば、可愛らしいだろうって」


「アミーキティア様、わたし達からは、これを」



 エスペランスから箱を受け取り、アリアはアミーキティアに大きな箱を渡した。



「これは何?」


「私とアリアとで選んだ。喜んでもらえると嬉しいが」



 アミーキティアは箱を開けて、箱の中を見て、微笑んだ。



「なんて可愛らしいのでしょう」


「その帽子を被れば、痣もそんなに見えないだろう?」


「お兄様、ありがとうございます」


「選んだのはアリアだ。笑ったことを叱られた。デザイン画を何度も手直しさせてアリアがアミーキティアに似合いそうな帽子を選んだのだ」


「……アリア、ありがとう」


「……お顔に痣ができるのは辛いわ。わたしなら泣いてしまったかもしれないわ」


「そうね、わたくしも悲しくて、家から出られなくなりましたの」


「帽子を被ってお散歩に出かけて下さい」



 アリアは深く頭を下げた。



「酷いことをたくさんしたのに、心配してくれてありがとう」



 アミーキティアは涙を浮かべて、帽子を被った。

 アミーキティアが好んで着る洋服に似合う色合いでよく似合う。

 アリアは微笑んだだけだ。



「では、私達は帰るが、泣いてばかりいるな。婚姻の証は愛し愛される者しかでない物だ。デューク殿に愛されている証だ」


「そうですわね」



 アミーキティアは、最後には笑顔を見せた。



「ではな」



 瞬間移動で屋敷に戻ると、ミーネが尻尾をゆらゆらさせてモップをかけていた。



「ただいま、ミーネ」


「お帰りなさいませだ。お届け物が届いていますだ」



 テーブルの上には箱が置かれていた。



「アリアにもプレゼントを準備したのだ」


「何でしょうか?」


「開けてみなさい」



 ミーネはモップを片付け、手を洗うと、お茶の準備を始めた。

 アリアは綺麗な包装を丁寧に外していくと、ミーネが包装紙を器用に箱から外し、綺麗に巻いている。アリアはエスペランスを見てから、箱を開けた。

 綺麗な白い帽子が入っていた。



「私もデザイナーに手伝ってもらいながら、作ってみた。どうだ?」


「可愛いですわ。わたしの好きな白色で可愛いリボンまでついています」


「どのワンピースにも合うだろう。たまには可愛い帽子も被ってみたらどうだ?」


「わたしのためにありがとうございます。大切にします」


「とても似合うだ」 



 ミーネも帽子姿のアリアを見て、拍手をしている。



「後で散歩に行こう」


「はい」



 ミーネの淹れた紅茶を飲んだ後、二人で広い庭園を散歩した。

 風に揺れるリボンが、心を躍らせる。



「今頃、アミーキティア様も喜んでいると嬉しいわ」



 この庭園は年中薔薇の花が咲いているそうだ。いい香りがする。

 アリアは、この庭園が好きだ。

 長い毛先とリボンが風で揺れる。

 純粋で心の優しいアリアを見て、エスペランスは一生大切にしようと改めて誓った。



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