第10章

素直になれない

第1話   素直になれない(1)

「お披露目会はしないとおっしゃっていましたわ。わたしが人間だとわかると、ランス様に迷惑をかけてしまいますわ。わたしは欠席をします」



 急なパーティーが開かれると聞いて、アリアは朝食中にエスペランスに、きっぱり出席をしないと言い放った。



「このパーティーはお披露目会も兼ねているが、アミーキティアのお見合いの席だ。それに、私が人間のアリアと結婚して反対する者はいない」


「でも!」



 アリアは珍しく機嫌が悪くなった。



「わたし、アミーキティア様と会いたくないのです」



 これが正直な気持ちなのだろうか?



「アミーキティア様は、怖いのです。わたしに悪意を見せます。わたしを叩き続けた人間と同じくらい怖いのです」


「もう二度と、アリアに手を出さないと約束させた。安心しても大丈夫だろう」


「アミーキティア様のお見合いの席なら、わたしは居なくても迷惑にはなりません」


「美しく素敵なドレスを準備しよう」


「わたしは質素な聖女のワンピースでも文句はなかったのです。ドレスなんて一生着られなくてもいいの。ウエディングドレスを着られたのだから」


「私の伴侶と紹介したいのだ」


「ランス様が、みんなに後ろ指を指されるわ」



 グラスのオレンジジュースを飲み干すと、モリーがグラスにオレンジジュースを注いだ。



「ありがとう。モリー」


「いいえ」



 モリーはお辞儀をして下がっていった。



「プディングを作ったのですが、召し上がりますか?」



 シェフ長が、トレーに載せて持てきた。



「ああ、いただこう」



 シェフ長自ら、お皿を並べてお辞儀をして下がっていった。



「アリアの好きなプディングだ。さあ食べなさい」


「食べ物で釣ったって、わたしは嫌よ」



 アリアは、好物のプディングをスプーンで掬って口に運ぶ。

 食事の途中で話すべきではなかった。

 食事の途中から、アリアの表情が固まり、いつも美味しそうに食べる料理を、険しい顔つきで食べ始めた。

 オレンジジュースを飲んで、お祈りを始めた。

 ごちそうさまの合図だ。



「部屋に戻ろうか?」


「温室に行ってきます」


「では、温室に行こう」


「やっぱり部屋に戻ります」



 瞬間移動をしようとするエスペランスを避けて、さっさとダイニングから出て行く。

 扉から出るときに、きちんとお辞儀をして出て行くことは忘れていない。

 しなくてもいいと言っているが、感謝の気持ちだとアリアは続けている。

 アリアは完全に機嫌が悪くなってしまった。

 出会ってから、こんなに怒っている姿を初めて見た。

 アミーキティアなら、攻撃を仕掛けてくるが、アリアは無口になる。

 しょんぼりしているようにも見える。

 最初にエスペランスの家族に猛反対されたことが、気にかかるのだろうか?



「私の家族はもう結婚は認めてくれているぞ」


「それでも、パーティーには出たくありません」



 思った以上に頑固だ。



「どうしても嫌なら、仕方が無い。私は一人でパーティーに出よう」



 アリアは何も言わない代わりに、目に涙を浮かべた。



「私が一人で出席するのが嫌なら、一緒に出席すればいい」


「出ません」



 アリアは走って部屋に入っていった。




 パーティーの話を聞いてから、アリアはエスペランスを避けるようになった。

 あまりに頑な姿勢に、エスペランスは席を外した。



「ミーネ、お母様のお墓に行ってくるわ」


「はいだ。お一人で行かれるべか?」


「お天気も良さそうだし、お散歩がてらに行ってくるわ」


「お供いたしましょうか?」


「一人で考え事をしたいの……」


「そうだべか?気をつけて行ってらっしゃいませだべ」


「……ありがとう」


 アリアはできるだけ人に出会わないように出かけていく。

 まるで野良猫のようだなと思う。

 エスペランス様に食事をもらって、飼われている猫のようだ。

 ミーネのように、可愛い耳や尻尾や髭が出てきたら、可愛く見えるだろうけれど、アリアは痩せた子猫のようだと自分を思う。

 痩せた子猫にドレスなど似合わない。

 魔王様の横に並ぶことも相応しくないような気がしている。



(お母様なら、きっとお似合いになったのでしょうね)



 墓地に花を供えて、人間界でそうしていたように、母の墓地で祈りを捧げる。



(お母様はランス様にもエクセレント公爵にも愛されて、取り合いになられるほど魅力的な女性だったのでしょうね?)



 母が羨ましい。

 すべてに嫉妬している自分が見苦しい。

 アリアは精神を統一すると、和平の祈りを捧げる。

 見苦しい嫉妬にまみれた自分を戒めるように、祈りに集中する。



 急に肩を揺すられ、アリアは吃驚して身体を竦める。

 誰かに叩かれると思い、顔を庇い身体が硬直した。



「アリア、大丈夫だ。私だ」



 エスペランスは怯えたアリアに存在を明かした。



「驚かせたか?何度呼んでも動かないから、聞こえていないのかと思ってな」


「……ランス様?」



 辺りは薄暗くなっていた。



「そんなに何を祈っていたのだ?」


「……和平の祈りを」


「もう聖女様ではないぞ」


「……そうね」


「昼から、ずっと祈っていたのか?」


 アリアは頷いて、膝についた砂を払う。

 手を繋ごうとしてくる手を振り払い、アリアはエスペランスを置いて走り出した。


 +


「寝室を別にして欲しいの」


「どうしてだ?」


「上皇陛下も上皇后様も別にとおっしゃっていたから。この宮殿にいらっしゃるなら、寝室は別にしておいた方がいいと思うの」


「父も母も、もう反対はしていない」


「でも、お世継ぎの事はきっと別よ」



 アリアは目を伏せて、それっきり口を閉じてしまった。

 触れられたいけれど、触れられたくない。

 矛盾した想いが、心の中で鬩ぎ合う。

 目も合わせられない。



「アリア、パーティーがそれほど嫌なら、止めよう。アミーキティアのパーティーなら別邸でも開ける」



 そっと肩から力が抜ける。



「私の家族が怖いなら、会わなくてもいい。最初にアリアに酷い仕打ちをしたのは、私の家族だ」


「……ごめんなさい」


「その代わり、笑顔を見せてくれ。手も繋いでくれるね?」


 アリアは、首を振って、「ごめんなさい」と謝罪する。


「どんな悩みを抱えておるのだ?」



 アリアは目を伏せて、黙ってしまった。



「取り敢えず、食事に行こう。ダイニングでシェフ達が待っておるだろう」



 アリアは頷いた。

 瞬間移動でダイニングに連れて来られて、エスペランスが椅子を引いてくれた。



「ほら、座れ」


「……はい」



 アリアが椅子に座ると、エスペランスが隣に座る。

 拗ねた猫に餌を与えるように、その日の夕食はアリアの好物が並べられた。

 美味しいけれど、美味しいと言葉に出せない。

 お礼を言えないアリアは、自己嫌悪に陥って、ずっと俯いていた。



「今日は美味しくないのか?」



 アリアはただ首を振ることしかできなかった。

 食事を終えると祈りを捧げ、椅子から降りると、シェフ達に頭を下げ、エスペランスにも頭を下げて、ダイニングを走って出て行った。



「喧嘩をなさったのですか?」



 見かねた執事が声をかけてきた。



「朝、機嫌を損ねてから、私を避けるようになってしまったのだ。どうしたものか……」


「恐れながら、魔王様。奥様はご自分でもどうしたらいいのか分からなくなってしまったのかもしれません。魔王様のご家族を許したいけれど、素直に許せず、苦しんでおいでかもしれません」


「恐れながら、魔王様。奥様は自信をなくしているように見受けられました。しばらくそっと見守ってあげるのは、どうでしょうか?」


「モリーの言うことも一理あるだろう。メリーの言うことも、心当たりがある」



 モリーとメリーは深く頭を下げた。



「私達は、奥様が笑顔になるような美味しいお食事を用意いたしましょう」


「頼む」



 シェフ達が深く頭を下げた。


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