第3話   惚れ薬(2)

「アミーキティア様。お慕いしております」



 アリアは、積極的にアミーキティアに手を伸ばす。



「わたしと結婚してください」


「嫌よ。なんであんたが、飲むのよ?お兄様に飲んでもらうつもりだったのに」


「アミーキティア、おまえは最低だ」



 リベルターがアミーキティアの頬を叩いた。

 アミーキティアは、強く叩かれた頬を押さえて、目に涙を浮かべた。



「好いてもらえなかったら、薬を使い操るつもりだったのか?この世の魔王を?」


「そんなつもりじゃないわ。ただ、結婚して欲しかっただけよ」


「それは駄目だと何度も言ったはずだ」



 今度は、父が、アミーキティアの手から惚れ薬を取り上げた。



「それでも、諦めが付かなかったの。どうしても愛して欲しかったの」


「アミーキティア様。わたしを愛してください」



 アリアは必死にアミーキティアの側に行こうと、エスペランスの手を引き離そうとしている。


「父上、その惚れ薬をもう一度、アリアに飲ませます。今度はわたしを見るようにして。その間に、解毒剤を作ってください」


「分かった、すぐに準備をしよう」



 惚れ薬は父の手から、エスペランスの手に渡った。



「アミーキティア様。アリアを愛してください」



 薄紅色の瞳は、アミーキティアを写し、愛らしい顔を赤く染めている。



「父上、頼みます」



 エスペランスはアリアを抱えて、宮殿のアリアの部屋に戻って来た。

 アリアは、アミーキティアと引き離されて、泣いている。



「アミーキティア様……ううう……」



 まだ熱が下がったばかりの弱った身体に、負担をかけたくないが、このまま泣き続けていると、また熱を出すかもしれない。



「奥様、大丈夫だべか?」


「大丈夫じゃない。私がいいと言うまで、この部屋の外に出ていてくれるか?扉はいいと言うまで、誰も開けさせるな。門番を命じる」


「分かっただべ」



 ミーネはすぐに扉の外に出て、誰も扉を開けないように見張りをする。

 真剣なミーネの顔は耳も髭も尻尾も出ている。

 猫の本能を取り戻して、どんな音も気配も感じるように集中した。


 +


 泣いているアリアを泣かせておいて、エスペランスはカップに紅茶を少し入れて、惚れ薬を大量に入れると、蜂蜜を入れた。

 まずいと言っていた。少しでも甘くして、口の中に入れたい。



「アリア、これを飲みなさい」


「いや、放してください。……アミーキティア様ぁ」



 アリアは、エスペランスの手を拒む。

 今のアリアにはアミーキティアしか目に入らないのだろう。

 押さえつけてでも、飲ませなければ……。

 まだ身体が腫れているのに、押さえつけたら痛がるかもしれない。



「アリア、すまない」


「いやっ、痛いわ」



 泣いているアリアを、無理矢理抱きしめて、口を開けさせると、カップの中の紅茶を飲ませた。



「まずい」



 吐き出そうするのを無理矢理飲ませ、アリアの顔を正面から見つめた。

 ホッと頬が赤くなる。



「……ランス様、わたしどうしたのかしら?すごく身体が熱いの」



 どうやら成功したようだ。

 ポフっとエスペランスの胸に抱きついてきたアリアの頭を撫でる。



「ランス様、わたしと結婚してください」


「もう夫婦だろう?」



 アリアは思い出そうとして、しかし思い出せないようで、苦しげに頭を抱える。



「結婚してください。……寂しいの。……一人にしないで」



 アリアが思い出すように、ウエディングドレスを出して、それを着せる」



「とても綺麗ね」



 ドレスに見とれていたが、目の前のエスペランスが普段着なのに気付いて、アリアは泣き出した。



「……ランス様と結婚したいの」

「ああ、すまない」



 エスペランスは急いでタキシードを着た。



「式はどこでするのですか?教会ですか?」



 どうやらアリアは記憶を失っているようだ。

 不安そうに、辺りを見渡している。微かに身体も震えている。

 ランスという名も知っているようで知らないようで……。

 ここが教会でないことも不安に思っているようだ。



「アリア、おいで」



 エスペランスはアリアを抱きしめたまま地下の宮殿に瞬間移動で連れて来て、石の祭壇に座らせた。

 エスペランスは手首を切ると、血が滴る。ウエディングドレスが赤く染まっていく。流れ出る血をアリアの口に入れていく。

 アリアはエスペランスの腕を掴んで、必死に血を飲んでいる。

 しばらく飲んでいると、アリアは、顔を上げた。



「……あれ?……わたし?」


「正気に戻って来たか?」



 エスペランスは血を止めると、アリアに口づけをした。



「……あなたは?……エスペランス様?」


「忘れていた。……魔王の血は万能薬だったな」


「……ごめんなさい。なんだか思い出せないわ」



 アリアは額を押さえて、眉を顰めている。

 アリアはまだ記憶の狭間で迷子になっているのか、記憶を取り戻せていない様子。

 エスペランスは石の祭壇に座っているアリアを押し倒すと、初めての時と同じ抱き方で、儀式を再現した。

 抱き合うのは久しぶりだ。アリアは全身に怪我をして熱を出していた。まだ腫れている皮膚で石の祭壇で抱き合うのは、痛かろう。

 それでも、儀式の再現を忠実に行った。

 アリアの目の焦点が合ってくる。記憶を取り戻したようだ。

 証をアリアの胎内に残すと、アリアを抱き起こし、ウエディングドレスを脱がせていく。



「ランス様」


「もう一度、結婚の儀式だ」


「はい」



 アリアは嬉しそうにエスペランスの胸に凭れ、背中のリボンを解かれる。ウエディングドレスを脱がされ、また石の祭壇に押し倒された。



「ランス様、私に子供を授けてください」


「その願いを必ず叶えよう」



 アリアは嬉しそうに、エスペランスを締め付ける。

 愛らしく色づいた胸を愛撫しながら、繋がりを深くする。

 アリアは両手を差し出してきた。

 抱きしめられたいのだろう。



「抱きしめてください」


「アリア、愛している」


「私もエスペランス様の事を心から愛しています」


「なんと愛らしいのだろうか」



 ひときわ強く奥を突くと、証を放った。



「お腹が温かいです」



 アリアは嬉しそうにお腹に触れる。



「アリア、部屋に戻るぞ」


「もっと抱きしめていて」


「部屋のベッドに行こう。背中から血が出ておる」


「はい」



 風呂場に飛び、身体を洗ってやると、魔術で傷を消した。



「痛くはないか?」


「はい、もう痛くはないです」



 タオルで身体を包むと脱衣所に出した。

 アリアが髪を拭いているうちに、エスペランスは身体を洗う。

 エスペランスがシャワーで全身を流し終えると、タオルで拭いバスローブを身につける。

 アリアの身体にもバスローブを身につけると、アリアの部屋に連れて行った。



「ミーネ、入るがいい」


「はいだ」


「ミーネ、アリアの肌と髪のお手入れをしてくれ。それが済んだら、カップも紅茶のポットもすべて捨てろ」


「畏まりましただ」


「お茶は戻るまで作らず待っていろ」


「はいだ」


「どこに行かれるのですか?」


「父のところに行ってくる。解毒剤はもういらないだろう?」


「はい」


「惚れ薬はアミーキティアの前で捨ててやる」


「わたしは惚れ薬を飲まされたのですか?」


「アミーキティアが飲ませた。申し訳ない」


「その惚れ薬をわたしが捨ててもいいですか?アミーキティア様がランス様に飲ませたら、心配ですもの」


「では、アリアが捨てなさい」


「はい」



 エスペランスから瓶を受け取ると、アリアは流しに惚れ薬を流して捨てた。



「ランス様は、わたしのランス様です。誰にも渡せません」


「それでいい。私もアリアを誰かに渡すつもりはない」


「ありがとう。わたしを愛してくれて」



 可愛い微笑みを見て、エスペランスは微笑んだ。



「ミーネに綺麗にしてもらえ」


「はい」



 エスペランスの姿が消えた。



「奥様、髪を梳かしてから、お肌のお手入れをいたしますだ」



 ミーネの尻尾がゆらゆら揺れている。


 髪を乾かしてもらいながら、アリアは治癒の歌を歌った。


 エスペランスは傷の手当てはしてくれたが、炎症を抑える手当はできないと言っていた。


 アリアなら、炎症を治す魔法が使える。


 30分ほど歌ったら、肌の腫れが収まってきて、熱も取れてきた。



「治癒魔法はアリアの方が上か……」


「……ランス様」


「最初から歌えば良かったではないか?」


「ランス様に治していただきたかったのですわ」


「今日は自分で治したではないか?」


「だって……」



 アリアは頬を染めた。



「……ランス様、私の身体を気遣って、抱いてくださらないから」



 エスペランスは微笑んで、アリアを抱きしめた。



「今夜は寝かせてやれないかもしれないな」


「嬉しいですわ」



 二人はキスを交わした。


 その様子を見て、ミーネは微笑んで、ご主人様に言われたように、カップと紅茶のポットを捨てた。


 物騒な物が残っていたら大変だ。


 テーブルも綺麗に拭いて、床もモップをかけた。



「ミーネ、新しいポットで紅茶を淹れてくれ。カップも新しい物を使ってくれ」


「はいですだ」



 ミーネは尻尾をゆらゆら揺らしながら、紅茶を淹れている。

 アリアは、エスペランスにキスを強請っている。

 甘え方を知らなかったアリアは、エスペランスに出会って、初めて甘えることも覚えて、強請ることも覚えた。



「お茶を飲んだら、お母様のお墓に行ってもいいですか?」


「ああ、温室で花を摘んで行こう」



 アリアは嬉しそうに微笑んだ。


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