第4話   罰

 懲罰室のある建物は、高い棟になっている。最上階には牢獄がある。

 1階は広間になっている。この広間は、聖女になるために瞑想する部屋であると同時に、罰を与えるための広間だ。板張りで、ひんやりしている。石で作られた建物は夏も冬も寒い。

 アリアは板張りの広間に正座をさせられた。

 足に怪我を負ったとキルドの団長が、口添えしてくれたが、そんな優しい場所ではない。

 白いワンピースは火事の時に煤で汚れて、白色とは思えない色をしている。

 顔や髪も煤で汚れて、顔を洗いたい。



「魔窟で祈りを捧げていたというのは本当ですか?」


「はい」


「その洋服とネックレスはどうしたのですか?」


「わたしを連れ去った者が与えてくれました。母の残してくれたネックレスを改造して、魔力を強めるネックレスにされたのです」


「食事はどうしていたのですか?」


「ゴブリンが与えてくれました」


「ゴブリンに知能があるなどと聞いたことがありませんが」


「彼らは知能もあり群れで暮らしています」



 アリアは本当の事と嘘を交えて話を作った。



「ここから逃げ出したのではないのですね?」


「はい」


「この子は不実の子、まさかお腹に子供がいるなんてことはないでしょうね?」


「ありません」


「まだ処女のままでしょうね?」


「はい」


「シスター調べなさい」


「はい」



 大勢のシスターがアリアの洋服を脱がして、裸にすると床に抑えつけて、足を広げられる。



「嫌、イや、触らないで、やめて」


「おとなしくしていなさい」



 シスターが思いっきり身体を押さえる。



「いやだ、いや」



 年老いたシスターが、合間に指を入れた。



「処女ではない」



 わたしはぎゅっと拳を固める。

 何度も愛し合った場所に触れられて、悲しかった。



「母親と同じ道を辿るのですね?」


「赤ちゃんはいないわ」


「分からないでしょう?」



 年老いたシスターが長い棒を持ってきた。

 シスターの何人かが棒を握っている。



「あなたのためよ」



 どこがわたしの為なの?


 アリアは拘束が緩むと、お腹を抱えるように身体を丸めた。

 背中や腰に棒が叩きつけられる。

 痛い。痛い。痛い……。

 体罰は、長く続いた。時間の間隔はどんどんなくなっていった。アリアは途中で意識を失ってしまった。

 赤ちゃんがいたら、きっと死んでしまうほど、身体を叩かれて、意識を失った身体を仰向けにさせたシスターは、今度はお腹を打ち付けた。痛みで目を覚ましたが、また気を失った。

 全身を叩かれたアリアは、夜中に痛みで目を覚ました。

 見張りに一人のシスターが側にいた。



「痛かったでしょう?」



 アリアは返事をしなかった。

 痛いに決まっている。



「わたしが何を悪いことをしたのでしょう?神の罰を受けるような事をしたのでしょうか?」


「ここは閉鎖された世界です。処女でなくなって戻ってきたのなら、堕胎するまで棒で打ち付ける規則になっています。あなたは、妊娠していなかったようね」


「してないわ」



 していてなくて良かった。

 赤ちゃんは欲しかったけれど、もし妊娠していたら、ここで死んでしまっただろう。



「身体を洗いたいでしょうけれど、今夜はこのまま休みなさい。あなたは明日から聖女として祈りを捧げる役目を授かりました」


「……そう」


「朝の禊ぎの時間までおやすみなさい」



 シスターはそう言うと、裸の身体に薄い毛布をかけてくれた。

 痛む身体では眠りは来なかった。


 エスペランス様、もうお目にかかれないかもしれませんね。

 わたしは魔窟の人柱にされるようです。


 アリアは朝、この教会に連れて来られて、体罰を長時間受けて、食事は1食ももらえなかった。昨日の昼も夜も食べさせてもらっていない。

 お腹が空いたな……。

 帰りたいな、魔界の宮殿に……。




 魔窟に祈りを捧げる聖女は、他の聖女達より早く起きて、清めの儀式を行う。

 ただ一番風呂に入れる特権だけれど、叩かれた身体の痛みで、身体をタオルで洗うことはできない。熱いお湯に水を足して、ぬるくすると、それを身体にかけた。

 身体にできた傷にしみる。

 汚れた頭を洗い、煤けた顔も洗った。

 手に石けんをつけて、汚れを落としていく。

 シスターに触られた合間も洗った。

 エスペランス様以外の人に触れられたくはなかった。

 ぬるくしたお湯で身体を流し、お風呂には入らなかった。

 脱衣所に行くと、昨日、着ていたワンピースが洗濯されて置かれていた。ワンピースの上には、赤いネックレスも置かれている。

 力を増幅させると言ったので、きっと返してもらえたのだろう。

 アリアが洋服を着ると、アリアを見張っていたシスターがアリアを祈りの間に連れて行く。


「ナイフなんかで脅さなくても、わたしは歯向かったりしないわ」


「あなたは油断がならないと、上層部からの指令なの」


「……そう」


「これから、他の聖女とは話してはいけません」


「わたしと会話をする聖女などいませんでした。ご安心ください。人柱として死ぬまで祈ることはわたししか知りません。秘密を抱えたまま、わたしは旅立ちますので、ご心配なく」


「アリア」



 シスターはわたしの名を呼んだ。けれど、シスターはすべての感情をすぐに消した。



「食事は一日2食になります。朝の祈りの後と夜の祈りの後に、食事になります」


「はい」


「祈りの前はお風呂で清めてください」


「はい」


「祈りは苦しくても、途中で止めてはいけません」


「はい」


「こちらが祈りの場所になります」


「昨日まで祈っていた聖女様は亡くなったのね」


「昨晩、埋葬されました」


「埋葬なんて、美しい言い方ね。共同墓地なのだから、穴に放り込んだだけでしょう?」


「……どこまで知っているの?」


「すべてよ。10歳の時からずっと見ていたもの」


「夢を見ずに死ぬなんて不幸ね」


「そうね。……シスターの夢は何?」


「……ないわ」


「それなら同じね」



 シスターはアリアを祈りの間に入れると、急いで扉を閉めた。

 人の気配は祈りの邪魔になるからだ。

 アリアは祈りの間の奥に入っていく。

 そこは素晴らしく美しい景色が見えた。近づいていくと、切り立った崖になっていた。

 ここから飛び降りたらどうするつもりなのだろう?

 アリアはそこで気がついた。

 他の聖女達は夢を抱いて祈りを捧げていたから、ここからの景色は夢に飛び立つための勇気をくれる崖だったのだろう。

 アリアは崖の近くの石の上に跪き、魔窟を鎮める祈りを始めた。


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