第3話 魔王の怒り
夜になってもアリアは宮殿に帰ってこない。
心配になって、エスペランスは両親達が住む離宮へやって来た。
「邪魔をする、父上」
「よく来たな、どうかしたのか?」
「アミーキティアは帰っているか?朝、アリアを連れて出かけていったのだが、アリアが帰って来ない」
父王は眉を顰めた。
「あやつめ、改心したと思ったのだが」
「どういうことですか?」
「アミーキティアは、既に帰宅しておる。夕食を一緒に摂った。今は部屋におると思うが……」
エスペランスは父とアミーキティアの部屋に向かった。
「アミーキティア、部屋を開けるぞ」
エスペランスは声をかけると、扉を開いた。
しかし、部屋の灯りが落とされて、アミーキティアの姿がない。
ベッドまで進んで掛布を捲ったが、その姿はなかった。
「父上、アミーキティアがいませんが」
エスペランスは腹を立てていた。
大切なアリアを最近、溺愛しているそぶりを見せて毎日尋ねてきて、エスペランスはアリアと過ごす時間が減っていた。
今日は久しぶりの定例会議だった。なんだか足がむず痒く不快な一日だった。早く会議が終わらないかと時間ばかりを気にしていた。会議が終わったら、寂しがり屋のアリアを甘やかせて、抱きしめたかったのに、いつになっても帰って来ない。
アミーキティアが離宮に連れて行って、こちらで食事をもらっているのかと思って来てみたが、その姿はない。
「どこに行くと言っておった?」
「特に何も言ってはおらなんだ。フローバ」
「どうなさったのですか?声を上げたりして」
「アミーキティアがどこに行ったのか聞いておらんか?」
父王は母に尋ねる。
「私には何も言っておりません。最近のあの子は、毎日出歩いてばかりで、いったい何をしているのか?」
「アミーキティアは、毎日、アリアを尋ねてきて、ずっと宮殿におりました。今日はどこかに出かけると言っておりましたが、どこに行くとは言っていませんでした。こんなに遅い時間まで、アリアを返さないとは許せん」
エスペランスは、眉を顰めて怒っている。
「夕食にはアリアは、こちらに来ていたのですか?」
「いいえ、アミーキティアだけですよ」
フローバはアミーキティアの部屋の灯りを点けた。
部屋の中に入って、変わった物がないか見て歩く。
「昨夜まで、なかった物があるわ」
エスペランスと父王は、部屋の中に入って、今まで無かったという物を見た。
「美しい花ですが、これは魔石でできた花のようですね」
「これは、ゴブリンの守り神と言われておる物だな」
「アミーキティアは魔窟にアリアを連れて行ったのか?」
「まだ分からぬ」
慌てるエスペランスに父王は落ちつかせるように、静かな声で宥める。
「父上、兄上、なにかございましたか?」
「おまえ達、アミーキティアの行方を知らぬか?」
「アミーキティアなら、先ほどルモールの所に行くと言って出かけていきましたが」
リベルターはアミーキティアの居場所を知っていた。
「アミーキティアがアリア妃を連れて、どこかに置き去りにしたようなのだ。探す手伝いをしてくれぬか?」
「父上、我々にできることがあれば、お手伝いをいたします」
「すまぬな」
「兄上、またアミーキティアが迷惑をかけて申し訳ございません。夕食の時間は、いつも変わらぬ顔をしておりました」
「兄様、俺がルモールの家に行ってみましょう。そこにおれば、連れて帰って来ます」
そう言うと、ドケーシスは姿を消した。
「父上、この花は、確かにゴブリンの守り神でございますか?」
「間違いは無い。魔窟を視察したとき、ゴブリンの長に見せてもらった事がある。洞窟の中で、偶然できた魔石の結晶だとか……。何代も受け継がれている物らしい」
パッとドケーシスが戻って来た。
「アミーキティアは追い返したそうです。アリア妃は一緒ではなかったらしい」
「ドケーシスありがとう。戻って来たら、捕まえておいてくれ。私はゴブリンの所に行ってくる」
エスペランスは魔石の花を持つと姿を消した。
「我々もアミーキティアを探してみましょう」
二人の王子は、アミーキティアが行きそうな場所を見に出かけていった。
+
魔窟の中心にあるゴブリンの集落にエスペランスは立った。
「これは魔王様」
ゴブリン一同が跪き頭を下げる。
「代表者は誰だ?」
「私は魔窟の管理をしているカリンと申します」
洋服を着たゴブリンが立ち上がり、恭しくお辞儀をした。
「この花は、ここの守り神ではないか?」
魔石でできた花をカリンに見せると、カリンはまた頭を下げた。
「我々の守り神として祀っていた花でございます。今日、アミーキティア様がいらして、これを魔王様が欲しがっていると言って持ち帰ってしまいました」
エスペランスは眉を顰める。
「私は欲しがってはいない。これの存在も先ほど父に聞いて知ったばかりだ。アミーキティアが迷惑をかけた」
「……いいえ」
「アミーキティアと一緒に人間の女の子が一緒に来なかったか?」
「聖女様ですね?」
「ああ、そうだ」
「アミーキティア様が火を放って攻撃してきて、魔窟は火に包まれました。動ける者は洞窟の出口に逃げ出しました。聖女様は酸欠や火傷をした者を治してくださいました。お優しい聖女様でしたが、その後に、人間が魔窟を襲い、皆で逃げ出しましたが、聖女様は足に怪我をして、人間に捕まり、背負われて連れて行かれました。アミーキティア様は、聖女様を置き去りにしてお帰りになりました。アミーキティア様が聖女様をお連れくださいましたら、人間に見つからずに済みましたが、魔石の花を持ち、一人で消えてしまいました。聖女様は最後まで王宮に戻ろうと駆けておりましたが、……お助けできずに申し訳ございません」
「人間に連れて行かれたのか?」
「はい」
エスペランスは目を閉じて、心を落ちつかせる。
ゴブリンの集落では、葬儀の儀式が行われていた。
怪我を負った者もいるようだ。
魔窟の壁には黒い煤が付いている。
「アミーキティアが迷惑をかけた。この花は返そう。葬儀の儀式の途中に申し訳ない」
「いいえ」
ゴブリン達は、深く頭を下げた。
エスペランスは姿を消して離宮に戻った。
「エスペランス、どうだったか?」
「アミーキティアが魔窟の中で、火を放ち攻撃し燃やしたそうだ。ゴブリン達は葬儀をしておった。アリアはアミーキティアに置き去りにされて、人間に連れて行かれたそうだ。私は人間界に行ってくる。アミーキティアを見つけたら監禁しておいてくれ。罰は私が与える」
「ああ、分かった」
父王はエスペランスに頭を下げた。
「アミーキティアが迷惑をかけた」
「アリアに何かあれば、殺してやる」
そう言い残すと姿を消した。
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