第2話 魔窟の花(1)
翌日の早朝に、アミーキティアがアリアを迎えに来た。
「お兄様、アリア様と散歩に出かけてきますわ。魔界を案内すると約束したの」
「ランス様、行ってきてもいいですか?」
「気をつけて行きなさい」
「はい」
「アミーキティア、危ない場所には連れて行っては駄目だぞ」
「分かっていますわ。アリア様は王妃ですもの」
「分かっているならいい」
「では、行ってきますわ」
アミーキティアはアリアの手を繋ぐと、瞬間移動をした。
目の前に洞窟がある。
洞窟があるが、それよりも景色がおぞましい。辺りは赤く木々はすべて枯れ果て黒々としている。空は鈍色になり黒い雲が渦巻いている。
こんな景色は初めて見た。
「この景色は何?」
アリアは足がすくんで身動きが取れなくなった。
「これが魔界の日常なのよ」
アミーキティアは笑顔で答えた。
「宮殿の周りは、お兄様が魔術で美しく変えているのよ」
「……知りませんでした」
アミーキティアはクスリと笑うと、洞窟の中に入っていった。
アリアも急いでアミーキティアの後を追う。
洞窟の中には、ベタベタとしたスライムが張り付き、アミーキティアはスライムを踏みつけ歩いて行く。踏みつける度に、スライムがキュー、キューと鳴く。アリアは隙間を見つけて踏まないように、飛び跳ねて歩いて行く。
「スライムなんか踏んでもすぐに増殖するから、踏めばいいわ」
「でも、可哀想よ。キュー、キュー鳴いているわ。きっと痛いのよ」
「下等なスライムに痛覚なんかあるのかしら?」
「だって、生きているのでしょう?」
「確かに生きてはいるわね」
アミーキティアはスライムを踏みつけて歩いているので、その粘液で足を滑らして、ステンと転んだ。
「痛いわ。もう下等なスライムのくせに、わたくしを転ばせるなんて許せないわ」
「怪我はしていませんか?」
アリアは魔術で指先を明るく灯した。
「足をくじいたわ。歩けそうもないわね」
「わたしが治して差し上げますわ」
「アリアは傷を治せるの?」
「はい、死んでいなければ……」
アリアは、足に手を翳し、歌を歌った。
呪文のような歌を5分ほど歌ったら、「もう痛くはないわ」と、アミーキティアが言った。
「良かったわ」
「便利ね。また怪我をしたら治してくれる?」
「勿論よ」
アミーキティアは洞窟の中を歩いて進んでいく。
スライムの、踏みつけられて潰れる音が、痛々しそうで可哀想。
アリアは指先に明かりを灯して、スラムの隙間を飛んで行く。
「お花はどの辺りにあるのですか?」
「もっと奥よ。ゴブリンが住んでいる地区かしら」
「ここは魔窟ですか?」
「ゴブリンの住処の魔窟よ」
「不法侵入して、お花を取ったりしてゴブリンは怒ったりしないのですか?」
「魔王様のプレゼントだと言えば、くれると思うわ」
足元のスライムが少なくなってきた。
「ちょうど魔窟の中心あたりかしら?」
「真っ暗なのに、アミーキティア様は見えるのですか?」
「そりゃ、魔族ですもの」
「……そうね」
アリアには、魔窟の中の様子はよく見えない。指先に灯った灯りだけが頼りだ。
「この先にゴブリン達の住処があるわ」
スライムが少なくなって、歩く速度が早くなった。
早足に付いていくと、今度はいきなり止まった。
トンとアミーキティアの背中にぶつかって、アリアは顔を押さえる。
「これはこれは魔王一族のアミーキティア様ではありませんか?」
「そうよ。わたくしは、アミーキティアよ」
「今日はどういったご用で、魔窟などにおいでになったのだろうか?」
アリアはアミーキティアの後ろから、そっと前を覗き込んだ。
そこには松明を持ったゴブリンがいた。きちんと洋服を着ているところをみると、普通のゴブリンではないのだろう。
「ご挨拶が遅くなりました。私はこの魔窟を管理しているゴブリン一族のカリンと申します。アミーキティア様の後ろにおられる方は、魔王様の奥方様でしょか?」
「アリアと申します」
アリアはアミーキティアの後ろから横に並び、頭を下げた。
「今日はアミーキティア様に魔窟を案内していただいています」
「案内なら私がいたしましょう」
カリンと言ったゴブリンは、恭しくお辞儀した。
「では、お願いします」
アリアはカリンの好意に甘えることにした。
「何かお探しにいらしたのでしょうか?」
「魔石でできたお花を探しているの。魔王様が欲しいとおっしゃって、代わりに探しに来たのよ」
「……え?」
エスペランス様は欲しいなんて一言も言ってない。
そもそも魔窟に来ていることも話していないのに……。
どうして、嘘をつくのだろう?
「魔石でできた花は、我々の守り神でございます。どうか魔王様にお伝えください。魔石なら、どうぞお持ちください」
「アミーキティア様、わたし、この魔石でお花を作りますわ。守り神を持っていってはいけないわ」
アリアは指先で照らした洞窟の端に出ている魔石の大きそうな物を一つ取った。
「カリンさん、魔石をありがとうございます」
「分かっていただけて助かります」
洋服を着たゴブリンのカリンがお辞儀をした。アリアもお返しにお辞儀をした。
「わたくしは、魔石の花をどうしても持ち帰りたいのよ」
「アミーキティア様、無理を言っては迷惑になります」
「黙っていらっしゃい」
パチンと頬を叩かれ、アリアは洞窟の端まで飛ばされて、背中を打ち付けた。
悪意のこもった怒りに、アリアは恐怖を抱いた。
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