第7章

魔窟

第1話   謝罪

「お父様、お母様、アミーキティアは間違っていました。魔界のことを考えると、やはりわたくしが妻になる事は間違っています。エスペランスお兄様にもアリア様にも謝罪をしたいと思います」



 アミーキティアは、両親と兄達に頭を下げた。



「リベルターお兄様、いつも足を踏みつけてごめんなさい。魔法で攻撃することは、これからはいたしません」



 アミーキティアは深く頭を下げた。



「縁談も、どこの誰でもいいです。このわたくしを望んでくれるところにお嫁に行きましょう」


「アミーキティア、それは本心なのか?」


「はい、お父様、今まで我が儘を言ってごめんなさい。アリア様とも上手くやっていきます」


「エスペランスが聞いたら、さぞかし喜ぶだろう。縁談は探そう」


「ありがとうございます」



 人が変わったように、アミーキティアが素直に頭を下げて、改心したように謝罪をした。



「謹慎は解こう。結界も外そう。心を変えたのなら、エスペランスも許してくれるだろう」



 アミーキティアはにっこり笑った。



「ありがとうございます。お父様」


「では、父がエスペランスの所に連れて行ってやろう。きちんと謝罪をするんだぞ」


「分かりました」



 アミーキティアは恭しくお辞儀をした。



 父に連れられて、何ヶ月ぶりに宮殿を訪ねた。


 エスペランスは不機嫌な顔をしたが、謝罪をしに来たと言うと、サロンに通してくれた。



「アリア様にも謝罪をしたいの。お兄様」


「アリアには私から伝えておこう」


「それでは仲良くなれませんわ」


「仲良くするつもりなのか?」


「はい、わたくしは心から改心しました。お兄様の伴侶なら、わたくしはアリア様とも仲良くしたいと思います。どうぞよろしくお願いします」



 エスペランスはまるで違う人物のようになったアミーキティアをじっと見つめた。



「嘘偽りはないな?」


「もちろん、ありません」



 アミーキティアは床に膝をつくと、深く頭を下げた。



 忠誠の証だ。



「分かった、アリアを呼ぼう」



 エスペランスは側人を呼ぶと、アリアを連れてくるように告げた。



「父上、アミーキティアに何をしたのですか?」


「改心するように、謹慎処分にして、結界を作り屋敷から出られなくしただけだ。嫁にも行くと言っておる。善き者がおれば紹介願いたい」


「やっと嫁に行く気になったか」


「……はい。今まで我が儘を言ってごめんなさい」



 扉がノックされて、側人に連れられたアリアが緊張した眼差しで扉の外に立っている。



「アリア、おいで」


「……でも」



 アリアはアミーキティアが怖かった。


 どんな罵声が飛んで来るか分からない。殴られるかもしれない。頬を叩かれた痛みは、まだ覚えている。その後に囁かれた、悪魔の囁き……。



「アリア様、ご無礼をいたしました。わたくしが行った数々の無礼を謝罪しに来ました」



 アリアは嘘でしょう?と信じられない思いが強く、部屋には入れず、立ち尽くしていた。


 すると、エスペランスが、アリアの元に来て、手を引いた。



「側にいなさい。怖くはない」


「はい」


「これからは仲良くしていただきたいの。姉妹になったんですもの」


「姉妹?」


「一緒にお茶を飲んだり、お花を見に行ったりいたしましょう。忙しい兄上に代わって、わたくしが魔界を案内してさしあげますわ」



 同じ人が話しているとは思えなくて、アリアはエスペランスの顔を見上げる。



「許してやってはくれぬか?」


「ランス様」


「アリア王妃、アミーキティアは心を入れ替えたようだ。どうか許してはくれぬか?」


「……上皇陛下」



 そこまで頭を下げられたら、許さないわけにはいかない。



「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします」



 アリアは、深く頭を下げた。



「良かったわ。女の子の友達が欲しかったの。これから仲良くしてくださいね」


「……はい」



 エスペランスと上皇陛下が喜び合っているので、本心なのだろう。


 心に引っかかりを感じながらも、アリアは、アミーキティアと握手をした。




 アミーキティアは連日、美味しそうなお菓子を持って尋ねてきた。

 ミーネが紅茶を淹れている。

 緊張しているのか、訛りもないし、尻尾も髭も耳も出ていない。



「どうぞ、召し上がってください」



 アリアはまだ不安だったので、サロンに招いて、そこでお茶会を開いた。

 持ってきてくれたクッキーは、サクサクして美味しい。

 さすがに毒は入っていないだろう。

 アミーキティアが先に食べてから、アリアはクッキーを口にした。



「美味しいでしょう?昨夜焼いたのよ」


「アミーキティア様が自分でお作りになったのですか?」


「わたくしも長く生きていますから、趣味も多いのよ。良かったら、教えて差し上げますよ」


「是非、教えてください」


「よろしくってよ」



 ミーネの淹れた紅茶と食べると、もっと美味しくなる。



「アミーキティア様は何でもできるのですね?」


「それはそうよ。わたくし200歳をとうに超えていますもの」


「200歳を超えているのですか?わたしと同じくらいだと思っていましたわ」


「魔族は長寿なのよ。歳もあまり取らないわ。そういえば、エスペランスお兄様のお誕生日が近づいてきたのよ。今年は何を贈りましょう?」


「お誕生日ですか?」



 アリアは結婚したのに、エスペランスの誕生日も年齢も知らない。



「あら、お兄様から聞いていないのね。来月の初めよ。少し余裕があるから手作りでもできるし、珍しい魔窟の花を探しに行くこともできそうよ」


「魔窟にお花が咲いているのですか?」


「ええ、とても珍しいお花なのよ。見つけるのも大変ですけど、魔石でできたお花は、暗闇で光りを灯すのよ」


「見てみたいわ」


「連れて行ってあげましょうか?」


「ほんとうに?」


「そうね、明日の朝早くに、迎えに来るわ。お弁当を持ってくるわね」


「それなら私もシェフに頼んで……」


「駄目よ」



 アミーキティアは首をゆっくり左右に振った。



「これはお兄様の誕生祝いですもの。内緒よ」


「……それもそうね」


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