第5話   上皇后

 前魔王の妻になったフローバは貴族の娘だった。公爵でもなく伯爵家でもない。末端の貴族の出だ。前皇后に猛反対されて、結婚した。だから、エスペランスが人間と結婚したいと言い出したとき、正直、戸惑った。


 末端貴族だった自分と人間界の聖女では、どちらの位が上なのだろう?と悩んだ。

 反対する理由は、どうとでも言える。

 息子には、いい嫁を迎えたい。しかし、好きになった娘を嫁にしたのは、自分の夫と同じだ。フローバは自分の境遇と重ねて、最後は折れた。


 好きな娘と結婚してもいいとベルとの結婚を許した。

 しかし、エスペランスが連れてきた娘はベルの娘だった。

 おめおめと人間風情にベルを奪われ、子供宿し、それでも諦めきれずにベルの子を嫁にするなど魔王として恥ではないか?

 それなら、魔界から嫁をもらった方が、よほど魔王らしいのではないか?

 いろんな葛藤をしながら、様子を見ていたが、アリアという娘はエスペランスの為にならない縁談だと知ると、生気をなくしたようになった。


 アミーキティアが死ぬ方法を教えたら、素直にこの世から姿を消すように、躊躇いもなく心臓にナイフを刺した。

 アリアと血の交換を既にしているエスペランスは、胸を押さえて顔色を変えた。

 痛みを共有したのだろう。

 血の交換をすると、相手のことが分かるようになる。

 瞬間移動で姿を消したエスペランスを、皆が不振に思っていたがアミーキティアだけが嬉しそうな顔をしていた。


 フローバは胸を刺したことを、その時は知らなかったが、急に姿を消す寸前の息子の顔は覚えている。

 恐怖や恐れを表情に出していた。

 魔王だというのに、情けないと思っていたが、愛する妻が心臓を一突きにしたのなら納得できる。

 溢れる血を止めながら心臓の修復ができる者は、魔界広しとも、そういる者ではない。

 大概は、死なせてしまうことが多いと聞く。それを救い出し、生きる意欲のなくなった妻に意欲を再び持たせるのは、容易いことではないだろう。


 末端貴族に生まれたフローバも、人に色々陰口を言われた身であるから、その苦労は身をもって知っている。それを支えてくれた夫が許しているなら、フローバも許さねばならないだろう。

 問題は末娘のアミーキティアだ。


 アミーキティアは、子供の頃からエスペランスのことを好いていた。

 兄としても異性としても、「結婚するならお兄様がいいわ」と口にしていた。

 アミーキティアが幼い頃は、エスペランスも可愛い事をいう妹に「そうだな」と答えていたが、アミーキティアが年頃になる頃には、「他をあたれ」と口にするようになっていた。


 アミーキティアが生まれたのは、エスペランスが80歳頃だった。アミーキティアが15歳の誕生日を迎える頃には、既にアミーキティアに拒絶の言葉を発していたが、アミーキティアはずっとエスペランスを想い続けてきた。

 ルモールは二十歳の時に既に嫁に出していた。

 アミーキティアもそのつもりだったのだが、フローバも寂しかった。

 愛おしい娘が一緒にいてくれた方は楽しかった。だから、つい嫁に出て行けとは言えずにアミーキティアを傍に置き続けてしまった。既に200歳を超えて、今更どうしたものかと悩み出しても遅い。

 魔王の一族は長寿で力も強い。

 その力を欲しがる上流貴族のところに嫁に行ければいいが、200歳を超えた娘のもらい手は、それほど多くはない。

 一生独身で暮らす者もいるが、そのもの達は魔女として魔術を使い、病気を治したり薬を作ったりと自分で生計を立てなければならなくなる。

 アミーキティアの性格を考えると、自立する力は皆目見当たらない。

 やはりどこかに嫁に出さなければ、アミーキティアは寂しく一生を送ることになる。

 不死の両親の元で、ずっと生きて行くのも辛くなるときが来るだろう。

 好きな人と一緒にさせたいが、相手が魔王では、それも勧められない。

 近親相姦は禁止されていないが、下々の者がすることが多々ある程度で、子孫を残そうと考えるとリスクが上がる。魔王の妻は、立派な魔王の子を産まなくてはならない。

 フローバも上皇后によく言われていた。

 健康な魔術に長けた子孫を残すことが役目だと。

 フローバはエスペランスという魔力の強い息子を産み落としてからは、やっと誰にも何も言われなくなったが、それまでは苦痛の連続だった。

 何度胸を刺し死のうかと思ったことか。その弱い心を守ってくれたのが夫だ。

 夫の言うことは絶対だ。

 アリアを許したのなら、フローバも許さなければならない。

 アミーキティアは可哀想だが、初恋を実らせることはできないし、応援もできない。

 この歳まで独身でいさせた自分が悪いとフローバは思う。


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