第4話 王妃の条件(4)
「なんて忌々しいのでしょう。せっかくわたくしが死に方を教えてさしあげたのに、失敗するなんて。馬鹿だわ、無能だわ、阿呆だわ」
アミーキティアは悔しげに、ハンカチの端を噛んだ。
「あら、アミーキティア、いつの間に教えたの?それならアリアは心臓を貫いたのね?」
ルモールが悔しがるアミーキティアを見て、顔を顰めた。
「アミーキティア、弱点を教えたと言うことは、自分も危険だと言うことなのよ」
「あら、忘れていたわ。アリアが死ぬと思っていたから、そこまで考えていなかったわ」
「あのアリアが襲ってくることもありますのよ」
「あら、怖いわ」
アミーキティアは、自分が犯した失敗にルモールに指摘され初めて気付かされ、恐れおののくが、すぐに気に留めない様子で、あっけらかんとしている。
なんという脳天気さだろうか?
兄妹達は呆れて、両親に至っては頭を抱える。
「アミーキティア、何かをする前には、きちんと相談してからしろ。おまえはいつも考えなしに動く。今までその尻拭いを何度させられてきたか……」
第二王子のリベルターが末っ子のアミーキティアに注意を与える。
甘やかされて育てられてきた末っ子のアミーキティアは、この家族の鬼門だった。
「だって、エスペランスお兄様は、わたくしをいつも可愛がってくださっていましたわ。わたくし以上に愛しい者はいないとおしゃっていましたわ」
「それは、アミーキティアが幼い頃の話でしょうが……」
フローバ上皇后が呆れたように、末娘に伝える。
魔族は長寿だ。エスペランスがベルと恋に落ちたと知らせを聞いたのは、まだついこの間の事のように思える。
「エスペランスが命を救ったのだろう。あんなに慌てた顔のエスペランスを初めて見たぞ。よく間に合ったと褒めてやりたいがな」
「お父様、エスペランスお兄様の事をお許しになるのですか?」
アミーキティアは父に縋り付く。
「もう血の契約まで済ませてしまったのだ。許してやってはどうだ?」
ファクト上皇陛下はアミーキティアを抱きしめて、背中をトントンと叩きながら宥めている。
「お父様、わたくしは、もう幼子ではありませんわ」
父の胸を突き飛ばして、アミーキティアは頬を膨らまし第二王子のリベルターに縋り付く。
「アミーキティア、離れてくれ。俺は子守が嫌いだ」
「お兄様。酷いわ、わたくしをいつまでも子供扱いして」
「どこからどう見ても子供であろう。行動のすべてが、子供のすることだ。俺は子供が嫌いだ。子守好きなのはエスペランス兄上だろう」
リベルターはウンザリしたようにアミーキティアを引き離す。
「俺も兄様の婚礼を許してやってはどうかと思うが。兄様は一途だ。心臓を貫いて、殺さずに蘇生させた力も凄まじいが、愛がなくては間に合わなかったであろう」
第三王子のドケーシスは上皇陛下の支持をする。
「ああ、俺も兄上を支持する。俺なら死なせてしまっただろう。貫いた心臓を止血しながら、元通り動かせる力は、悔しいが俺にはない。兄上を尊敬する。それほど愛しているのなら、応援したい」
第二王子のリベルターも支持を示した。
「お母様もお許しになるのですか?」
アミーキティアは母の前に歩いて行った。
「私は反対します。蘇生できたのは、エスペランスの魔力が強いからでしょう。そのエスペランスに相応しい女性には見えません。簡単に命を絶とうとする心の弱さは、エスペランスの弱点になります。エスペランスの為にはなりませんわ」
「やはり、そうよね」
母の言葉を聞いて、アミーキティアは嬉しそうに微笑んだ。
魔界では、近親相姦も禁止されてはいない。
アミーキティアは長男のエスペランスが好きだ。
子供の頃から、憧れの人で、エスペランス以上の男性に出会ったことがなかった。
兄であっても、いつも恋心を抱いていた。
「わたくしがお兄様の結婚相手に立候補しますわ」
第二王子と第三王子が眉を顰めた。
「アミーキティア、いい加減になさいな。近親相姦は禁止はされていませんけれど、勧められてもいませんわ。それに、アミーキティアが魔王の伴侶など、どう考えても相応しくありませんわ」
「ルモールお姉様、その言われ様は、あまりに酷くはありませんか?」
「アミーキティアがお兄様と結婚なんてしたら、魔界の終焉が見えますわ」
「酷いですわ、ルモールお姉様」
「確かにその通りだ」
「数秒で終焉を迎えそうだ」
リベルターとドケーシスもルモールに同意を示す。
上皇陛下は声を上げて笑っている。
上皇后は呆れている。
「酷いですわ、これは勝負をしなくては納得できませんわ」
「止めておきなさい」
「お父様、このわたしくしが負けるとでも言いたいのですか?」
「ああ、負けるであろう」
「酷いわ、お父様。あの人間は確かに可愛らしい顔立ちをしておりましたが、可愛らしさはわたくしの方が上ですわ」
「あら、アミーキティア。アリアが可愛いと認めているのね?」
「……違うわ、ルモールお姉様」
アミーキティアは癇癪を起こして、地団駄を踏む。
「いい加減になさいな。アミーキティア。そなたは幼く見えるが、既に200歳を超えているではありませんか。とうに嫁に行っていなければならないのに、未だにご縁が無いのは落ち着きが無いからでしょう。そんなに落ち着きがなければ、どんな縁談も断られてしまいます。もっと年相応に落ち着きを持ちなさい。エスペランスは魔王。庶民とは違います。近親相姦は駄目ですよ。生まれてくる子供の事を考えれば、当たり前ではないですか?」
「お母様、それでは、わたくしより、あの小娘の方が相応しいとおっしゃっているのですか?」
上皇后は大きなため息をついた。
「そうではありません。どちらも相応しくないと言っているのですよ。アミーキティア、そろそろ兄離れをしなさい」
「嫌よ。私がお兄様の妻になるわ。人間の小娘にお兄様を奪われなんて、許せないわ」
上皇陛下も上皇后も兄妹達も、呆れてそっぽを向いた。
「勝負よ、勝負。あの小娘をひねり潰して、今度こそ心臓を貫いてやるわ」
アミーキティアは既に勝ち誇ったような顔をして、高笑いをしている。
「アミーキティアよ。相手は人間風情、なんの力も持ってはおらぬ。力でねじ伏せるのは容易いだろうが、勝ったとしても妻にはなれぬぞ」
アミーキティアは父に向かって頬を膨らませた。とても200歳を超えているようには見えない。アリアと同年代にしか見えない容姿。態度に対してはアリアより幼く見える。
「上皇后よ、婚姻を許してはどうだ?エスペランスの為に命を投げ出すことができることは、弱みではなく、強みになる。それほどまでにエスペランスを大切に想っているのだろう」
「……まだあの小娘の事をよく知りませんわ」
「では、しばらく様子を見ようではないか?」
「分かりましたわ」
「お母様ぁ~」
アミーキティアは悲鳴のような声を上げて、母に縋った。
「わたくしの味方は誰もいないのね」
アミーキティアはふて腐れて、リベルターの足を思いっきり踏んだ。
「痛ってぇ、アミーキティア」
「イーだ!ヘタレ王子!」
アミーキティアは魔術を使って、リベルターに魔術をぶつけた。
かろうじて、両手で魔術を受け止めたリベルターは激怒した。
毎度毎度、アミーキティアは気に入らないことがあると、突然ところ構わず攻撃してくる。
「いい加減にしろ!」
リベルターも負けずに、反撃を始めた。
二人の攻撃は、本気の勝負だ。
急所は避けているが、まともに当たれば、怪我をしてもおかしくはない。
「また始まったわ。ドケーシスお兄様、端に避難していましょう」
ルモールは、兄妹げんかを始めた二人から離れていく。
両親も部屋の端に移動した。
「リベルターも大人気ないが、アミーキティアはどうにかならんものか?」
上皇陛下は窓の外に視線を向けると魔術をかけた。
上皇后が消した景色を元に戻した。
この喧嘩早いのは上皇后の血筋だろうか?と心の中で呟いた。
上皇后は子供っぽいアミーキティアを見て、また怒りだしている。
そのうち雷でも落ちるだろう。
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