第3話 王妃の条件(3)
「血の契約をした後なのに、自殺未遂なんて、三流芝居のようね」
「同情でもして欲しかったのかしら?滑稽だわ」
「ルモール、アミーキティア、それ以上、アリアの事を悪く言うなら、兄妹の縁を切るぞ」
「あら、お兄様、わたくしよりアリアという小娘の方が大切なの?」
アミーキティアが頬を膨らます。
「アリアが一番だ。アリアの傍にいたいから、帰ってくれ」
「嫁だとは認められませんから、あの女が出て行くまで、ここにいますわ」
ラスボスのように、母が立ち上がった。
「早く殺してきなさい」
窓辺に寄って、窓の外を見ると、美しい景色が禍々しい色に変わった。
瑞々しい若葉だった木から葉が落ち枯れ枝が立ち並び、空は鈍色に変わり黒い雲が渦を巻いている。
アリアのために変えた綺麗な景色が壊されていく。
この景色を見て怖がったりしないだろうか?
それよりも、また微笑みを見せてくれるだろうか?
「勝手に滞在すればいい。ただ私を呼びつけるな」
エスペランスは、言葉の通じない家族を残して、アリアの元に戻った。
ミーネがベッドサイドに椅子を持ってきて、座ってアリアを見ている。
「旦那様、まだ目覚めません」
ミーネは椅子から立ち上がり、その場を主人のために空けた。
「ああ、ありがとう、ミーネ。少し休んで来るといい。アリアは私が見ていよう」
「ここにいては駄目だか?」
ミーネは涙を溜めている。
「いてもいいが、やることはないぞ」
「構わないですだ」
「隣の部屋からドレッサーの椅子を持ってきなさい」
「はい」
ミーネは静かに扉を開けると、椅子を持ってきて静かに座った。
アリアは蒼白な顔色をしている。
血の契約をしていなければ、死んでいただろう。それほどの出血をしたし、心臓も傷を付けた。傷を治す事ができてよかった。あと少し遅ければ、アリアを助けることはできなかった。
お披露目会など、考えなければよかった。
アリアと結ばれて嬉しくて、見せびらかしたかった。
可愛いアリアを……。
薄紅色の瞳が開いた。
「アリア、目を覚ましたんだね」
「ランス様、生きていてごめんなさい」
「アリア、私のために生きようと思ってくれ」
「ランス様の為に?」
夜も深くなり、ミーネは自分の部屋に戻るように言い渡した。
きちんと食事を摂って、眠るように指示を出した。戻ることを渋ったが、明日もアリアを見ていて欲しいと頼んだら、「分かりました」と寂しそうに、ミーネは部屋から出て行った。
「誰が望まなくても、私にはアリアが必要だ。どうか私のために私の妻でいることを止めないでくれ」
「ランス様の為に……」
「ミーネは先ほどまで、ここでアリアを心配して泣いていた。ミーネのためにも生きることを諦めないでくれ」
「ミーネが泣いていたの?」
「アリアを愛しているのが二人では足りないか?」
「二人もいてくれるの?」
「ああ、ここにいるとも」
エスペランスはベッドに座ると、目を覚ましたばかりのアリアを膝に抱き上げて、何度も唇を啄む。アリアの手がエスペランスにしがみつく。だんだん深くなる口づけに、アリアは「抱いて」と呟いた。
そのままベッドに寝かされて、婚姻の証を愛おしげに吸われて、アリアは手を伸ばした。
エスペランスはシャツを脱ぎ、アリアの手を握った。唇は胸を裂いた場所に触れている。
傷跡は残っていないが、痛みが残っているはずだ。
「痛いわ」
「心臓まで貫いて、本気で死ぬつもりだったのか?」
「……そうよ」
「どうして知っていた?心臓を貫き、失血死を起こせば死ねると?」
「アミーキティア様が、母のネックレルを砕いたとき、耳元でそう囁いたの」
「もう二度とするな」
「ランス様とミーネの為に生きます」
「本当だな?」
「はい」
アリアは頷いて、エスペランスの頬を包み、キスをした。
誓いのキスのように、触れるだけで離れていった。
「私に子供を授けてください」
「その願い叶えよう」
エスペランスは痛みの残る胸にはキスだけして、身体をずらし、下肢を大きく開き、交わる場所に口づけした。アリアの手が髪に触れてきた。
「ランス様、貫いてください」
アリアが胸を押さえている。痛むのだろう。
エスペランスはすべてを脱ぐと、アリアと一つになっていく。
アリアに無理はさせたくない。けれど、今、抱かなくては、また悲しみに暮れてしまうかもしれない。
アリアを気遣いながら、アリアを抱く。
アリアが幸せそうに微笑んだ。
「たくさん、証をください」
「あまり煽るな」
アリアにキスをしながら、優しく抱く。
「お腹の中が温かくなりました」
アリアは嬉しそうに、お腹を押さえる。
仕草も笑顔も可愛らしい。
「お腹は空かないか?」
「こんな深夜にダイニングには食事は並んでいないわ」
「そんなことはないだろう」
「だって、今まで、こんな時間まで明るい部屋なんてなかったし、わたしの為に料理を準備してくれる人はいなかったわ」
「……そうか?」
身体を抱き上げ、風呂場に入ると、アリアを洗ってやる。シャワーで綺麗に泡を流し、脱衣所に出した。
「今夜は風呂には入るな。倒れる」
「……そうね」
身体を洗ってもらったので、タオルで身体を拭う。髪を拭っている間に、エスペランスは身体を洗い、シャワーを浴びた。
急いで身体を拭うと魔術で洋服を身につけてしまう。
「魔術は便利ね」
「急いでいるときは確かに便利だな」
身体を覆うタオルを身につけていたアリアは、タオルを外した。その瞬間、
「すごいわ」
「その色も似合うな」
「そうね、とても綺麗だわ」
オレンジ色のワンピースを身につけていた。
「では行くぞ」
「どこへ?」
エスペランスはアリアを抱き上げると、ダイニングに瞬間移動をした。
ダイニングはまだ明るく、使用人も残っていた。
「お目覚めになりましたか?皆一同、心配しておりました」
執事が言って、シェフもモリーもメリーも安堵した顔をしていた。
「深夜なので、軽めの物を用意しておりました」
「さあ、奥様、オレンジジュースはいかがですか?」
モリーがグラスに注いでくれる。
「海老と貝柱のシチューでございます。造血作用のある食材を入れてありますので、どうぞたくさん召し上がってください」
「……ありがとうございます」
温かなパンとバターも並べられた。
「魔王様もどうぞ召し上がってください」
「ああ、いただくよ。みんなありがとう」
使用人達が深くお辞儀をした。
エスペランスは満足して微笑む。
「こんな事は初めてよ。とても嬉しいわ」
アリアが嬉しそうに微笑んでいる。
「とても美味しい」
「ゆっくりお食べ」
「はい」
努力を惜しまないアリアの姿勢は、この屋敷の者にやる気を起こさせ、笑顔にさせていることを知っていた。
アリアが来るまでと、屋敷の雰囲気は変わっている。
オレンジ色のマリーゴールドの花言葉は、悲しみや絶望だ。
その花をベルの墓場に供えたときのアリアの気持ちを考えると、傍にいられなくて情けない。しかし、過去ばかりに目を向けていられない。
アリアは生きていて、これからも生きて行く。
悔やむ前に前を向かなくては、亡くしてからでは遅い。
マリーゴールドと同じ色のワンピースを着せて、悲しみや絶望を消し去ってやりたかった。
アリアは幸せそうに料理を食べている。
「皆さん、ありがとうございます。とても美味しいです」
「どうぞごゆっくり召し上がってください」
シェフ長が答え、シェフ達が嬉しそうに頭を下げている。モリーとメリーも揃って頭を下げた。
「わたし、幸せです」
アリアは本当に幸せそうな顔をしていた。
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