第2話 王妃の条件(2)
「アリア、すまない」
「わたしを殺してください」
アリアはエスペランスを見上げて、頭を下げた。
「わたしは、人間界でも魔界でも生きる意味のない人間のようです」
「それは間違っている」
「慰めてくれなくてもいいのです。ランス様のご家族が言うことも尤もなことです。結婚をするなら、家族に挨拶をしてから行うべきでした。こんなに反対されて幸せになれるとも思えません。母の形見もバラバラになってしまいました。私の墓地は母の隣にしてください」
アリアは立ち上がると、エスペランスに頭を下げて、ふらふらと歩き出した。
「アリア、部屋まで送ろう」
「魔王様、上皇后様がお呼びです」
執事が背後から声をかけてきた。
「分かった、すぐに行くと言ってくれ」
エスペランスはアリアを抱きしめると、アリアの部屋に瞬間移動した。
ミーネがぴょこんと耳を立てて、「お帰りなさいませ」と頭を下げた。
「ミーネ、アリアから目を離さずに、一緒にお茶を飲んでいなさい」
「一緒にですだか?」
「おやつの菓子も出していい。ここにいてくれ」
「わかっただ」
エスペランスはアリアの頬にキスをすると、姿を消した。
ミーネは取り敢えず、お茶の準備を始める。
アリアはドレッサーからハンカチを出して、母の形見のネックレスをハンカチで包んで、引き出しに仕舞った。
「奥様、お茶が入りましただ」
「ミーネ、これからは奥様と呼んでは駄目よ。わたしは奥様失格と言われたの」
「何故ですだ?」
「説明しても分からないわ。わたしを奥様と呼べばミーネにも罰が与えられるわ」
「罰は怖いですけど、嫌ですだ」
「呼んだら、嫌いになるわ」
ゆらゆら揺れていた、尻尾が止まった。
ドレスを着ていたアリアはミーネを残し、衣装部屋に入ってワンピースに着替えた。
聖女の衣装のような、白いワンピースに。
ドレッサーの前に座って、仕舞ったばかりの母の形見のネックレスを出して、砕けた欠片を組み立ててみたが、ほとんど粉砕した欠片はもとには戻らなかった。
「ミーネ、お墓参りに行きたいの」
「一緒に行ってもいいだか?」
「ランス様にミーネが叱られる姿を見たくはないの」
「わかっただ」
部屋を出て、温室に入ると、ヨハンはいなかった。
アリアはマリーゴールドの花を一輪摘むと、温室から出て、母の墓場まで来た。
手で土を掘り、ハンカチにくるんだネックレスを埋めた。その上にマリーゴールドの花を置いた。
祈りを捧げる。
『お母様、わたしをお母様の側にお連れください』
祈りを捧げて、部屋に戻る。
「ミーネ、少し眠りたいの」
「わかっただ」
ミーネはカウチにブランケットを広げた。
「部屋の外にいるだ。目覚めたら声をかけて欲しいだ」
「ありがとう」
アリアはカウチに横になった。その姿を見て、ミーネは部屋から出て行った。
卑怯な手だと思ったけれど、アリアは1人になりたかった。
カウチから起き上がって、流し台の下に片付けられているナイフを手に取り、カウチに戻った。
母は胸を刺されて死んだ。
同じ方法で死ぬのね。
手で鼓動を確かめて、ナイフをあてて、カウチの中で寝返りをうった。ナイフは深々と刺さり、胸が痛い。ナイフを抜かなければ、血は流れないだろう。勢いよくナイフを抜いたら、ナイフは床に落ちて床を滑っていった。
アリアは目を閉じた。ドクドクと血が流れていく。これで死ねる。
急激に手足が冷えてきた。
その時、扉が開いた。
「アリア、何をしたんだ?」
「さようなら、エスペランス様」
「アリアは不死の身だと言わなかったか?」
エスペランスはブランケットを捲ると、赤く色づいたワンピースを裂き、胸の傷を晒した。傷の上から手を翳した。
「クソっ、血が溢れてくる」
呪文を唱える。
「私を信じられないのか?」
「……前にも言ったはずよ。わたしは……誰にも好かれないわ。ランス様も……嫌いになる。……このまま……殺してください」
「断る。すでに血の交換をしている。アリアに何かあれば、私にはすぐに分かる。私を愛していないのか?」
「……愛しているから、……殺して……欲しい」
血が止まってきた。
それと同時にアリアは気を失った。
「ミーネ、濡らしたタオルと、ガウンをくれ」
「はい」
ミーネは泣きながら、ガウンを出してくると、タオルをお湯で濡らし絞った。それを主人の元に届けた。
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