第2話 魔王の妻(2)
扉がノックされて、エスペランス様は扉を開けた。
「蜂蜜ですだ」
ミーネは耳も髭も尻尾も出ている。駆けてきたのだろうか、髪も跳ねている。
アリアは、ミーネを見て微笑んだ。
「ありがとう」
「ミーネ紅茶に蜂蜜を入れてくれ」
「はいですだ」
大きな瓶からスプーンにたっぷり掬うと、それを紅茶に入れてかき混ぜている。
白い尻尾がゆらゆら揺れている。
「どうぞ、奥様」
キラキラ輝く笑顔を向けられて、アリアは笑顔に励まされるように、手を差し出した。
ミーネからエスペランスに渡され、カップを唇にあてがわれる。
「自分で持てますわ」
「甘えてくれ」
アリアは、エスペランスを見つめた。
優しい顔をしている。甘えてもいいと、その眼差しが言っている。
苦しかった心が癒やされていくようだ。
「……はい」
アリアはエスペランスの手に手を重ねた。
ゆっくり甘い紅茶を飲む。適温に冷めているし、甘さが飲みやすい。
「美味しいわ」
「蜂蜜は滋養がある。しばらく飲み物に入れよう」
また扉がノックされて、今度はミーネが扉を開いた。
食事の載ったワゴンが運ばれてきた。
美味しそうなにおいがする。
「栄養のある物を消化のよい調理方法で作ってあります。熱いので気をつけてお召し上がりください」
シェフが料理をテーブルに載せて、頭を下げ、ワゴンを押して部屋から出て行った。
飲みかけの紅茶をテーブルに置くと、エスペランスが蓋を開けて、取り皿に料理を載せて、ふうふうと息をはき冷ましてくれている。
「これは穀物を煮たものだ。滋養のある物を入れて煮たのだろう。卵でしめてあるな」
ふわふわの卵が見える。
「お腹が空いてきたわ」
「そうか、ゆっくり食べよう」
ひと匙、口の中に入れられて、その美味しさに笑顔が浮かんだ。
「とても美味しいわ」
エスペランスが微笑んで、次の料理を冷ましている。
ミーネはお洒落な鍋に入れられた料理を、パタパタとうちわで扇いでいる。
「ミーネお行儀が悪いが、今日は許そう」
「はいですだ」
「少しかき混ぜて、万遍なく冷ましてくれ」
「畏まりましただ」
うちわを一度置いて、鍋の中を混ぜると湯気が立つ。
まだ熱いのだろう。
エスペランスはひと匙ずつ冷まして、口の中に入れてくれる。
もっと食べたい。
口を開けると、美味しい料理が口の中に広がる。
「もっとゆっくりお食べ」
「お腹が空いたの。自分で食べてもいいですか?」
「食べさせてあげたいけれど、待てなさそうだね」
アリアは、頷いた。
お鍋の中から、新しく料理をお皿に掬うと、それを手渡してくれた。
「ミーネもう冷まさなくていいよ。食べ頃だろう」
「はいですだ」
アリアは空腹を満たすために、必死で食べた。
「おかわりを入れようか?」
「……お願いします」
アリアは、持ってきてくれた料理をすべて食べた。
ミーネが新しいカップに紅茶を淹れている。
そこにまた蜂蜜を入れた。
冷めた紅茶を飲むと、温かくなった紅茶を代わりにもらった。
「ランス様、とても美味しかったです」
「少し物足りないかもしれないけど、一度に食べるとお腹が痛くなってしまうからね」
「はい」
「食事の回数を増やしながら、体力を付けていこう」
もう少し食べたいと思っていると、エスペランス様は、蜂蜜をスプーンで掬って、口の中に入れてくれた。
「甘くて、美味しい。こちらの料理は何を食べても美味しいです」
エスペランスは微笑んだ。
きっと人間界でも美味しい物はあっただろう。それを食べさせてはもらえなかったのだろう。
プラネータの屋敷に使用人はいたが、奥方が厨房の使用人をクビにして、新しく雇い直していた。きっと料理のできない使用人だったのだろう。奥方は若い燕と不倫をして、ほとんど家にはいなかったから。
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