第4章
目覚め
第1話 魔王の妻(1)
薄紅色の瞳がまっすぐエスペランスを見た。
「エスペランス様、あ、……ランス様、おはようございます」
エスペランスは微笑んだ。
フルネームを覚えている。呼んでくれるなと頼んだ事も覚えている。
「アリア、おはよう。よく眠れたか?」
「なんだかぐっすり眠れました。疲れも取れたみたいよ」
ゆっくり身体を起こそうとしているアリアを手伝う。
アリアは2週間眠っていた。ちょうど昼前の時間だ。ぴったり2週間というわけだ。
「なんだかクラクラするわ」
「アリアは2週間眠っていたんだ」
「2週間も?」
「血の儀式の後は、眠りに落ちる。私は半日で目覚めたが、人間界からやって来たアリアには、時間が必要だったのだろう」
「……そうなのね」
「すぐに食事の準備をしてもらおう。ミーネ」
「はいですだ」
うち扉をノックして、素早く入ってくる。扉に耳をあてていたミーネはアリアが目覚めたと知って、嬉しくて、名前を呼ばれるのを待っていた。
「アリアが目覚めた。消化の良い物を作ってもらってきてくれるか?」
「畏まりました」
ミーネは頭を下げると、扉を閉めて、その後走ってキッチンに向かった。
先に摺り下ろしリンゴをもらって、急いで部屋に戻る。
扉をノックすると、エスペランスが扉を開けた。
「まずは、摺り下ろしリンゴを食べてお待ちください」
「ミーネありがとう。紅茶を淹れてくれるか?」
「はいですだ」
アリアの部屋に戻るとミーネは嬉しそうにお茶を淹れる。
「アリア、リンゴという果物を摺り下ろした物だ。甘酸っぱいが栄養がある。食べてくれるね」
「はい」
エスペランスは小さな木のスプーンで少しずつ、口へと運ぶ。
「美味しいです」
「それは良かった」
「全部、食べられそうか?」
「はい」
ゆっくり、口の中に入れてもらって、最後に残った果汁をスプーンに載せて口に運ぶ。
「初めて食べました。とても美味しいです」
「すぐにもう少しお腹に溜まる物を作ってくれるだろう」
「はい」
「お茶が入りましただ」
ミーネはトレーに載せてティーカップを持って来たが置くところがない。
「ワゴンに置き直してきますだ」
「ここにテーブルを置こう」
エスペランスが指を鳴らすと、丸いテーブルが出てきた。
「すごいですだ」
ミーネはカップをテーブルに置いて、頭を下げた。
「アリア、お茶は飲めるか?」
「今食べたばかりなので、少し冷ましておいてください」
「さすがに熱いだろうな」
エスペランスは、ミーネを見て微笑むとお茶を一口飲んだ。
「そうだ、キッチンに行って、蜂蜜をもらってきてくれるか?お茶に入れたいんだ」
「はい」
ミーネは仕事をもらえて、嬉しくて急いで蜂蜜をもらいに行った。
+
「身体を少し起こそうか?」
「はい。ずっと寝ているのも疲れました」
身体を起こされ、背中に枕とクッションを背もたれにして、やっと起きられた。
「目眩はしないか?」
「少しずつ慣れてきました。ずっと目覚めるまで一緒にいてくださったのですか?」
「朝、墓参りに行って、毎食、食事をしている間はここに結界を張って、絶えず見ていたが、ずっとここにいた」
「ありがとうございます」
エスペランスは、早く夫婦の証を見せたかった。魔術で手鏡を取ると、アリアの横に腰掛け、アリアに鏡を持たせた。
「なんですか?」
「夫婦の証だ」
髪を避けて、美しい痣を見せる。
「首にあるのね?」
「私と偶然同じ場所だ。形も同じだ」
「見せてください」
エスペランスは、アリアに見えるように、首にできた痣を見せた。
「同じ場所に同じ形の痣ができるのは珍しいんだ」
「夫婦なら同じだと思っていました」
「運が悪いと、顔の真ん中にできる者もいる」
「まあ、良かったわ。顔の真ん中に痣ができたら、お化粧しても痣が消えないわ」
「……アリア」
肩を抱いて、アリアに久しぶりにキスをする。
何度も啄みながらキスをしていると、アリアの手が抱きついてきた。
もっととせがむように、アリアからもキスをしてくる。
「わたしを嫌いにならないでくださいね」
「アリアを愛している。どうして嫌いになるんだ?」
「わたし、愛された事がないの。父もわたしに剣を向けていたわ」
「見ていたのか?」
「剣を構えていた父と目が合ったの。殺してもいいのよと言ったら、鞘に剣を収めたわ。あれ以来、目が合わなくなったの。子供の頃から大切にされていると思っていたのに、殺したいほど憎まれていたなんて知らなかった。みんなわたしを嫌うわ。きっと嫌われる何かがあるのよ。ランス様もいずれ、わたしを嫌いになるわ。その時は、おっしゃってくださいね。わたし、出て行きますから」
「アリア、私は絶対に嫌いにならない。約束をしよう」
アリアは寂しそうに微笑んだ。
「……約束は好きじゃないの」
アリアは俯いてしまった。
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