第7話   結婚式(6)

 血の儀式の後は深く眠る。血の儀式は貴族以上の者がする結婚の儀式の一つだが、不死になれるのは魔王と魔王の妻だけだ。

 エスペランスは深夜に目を覚ましたが、アリアはまだ深く眠っている。

 エスペランスはアリアにキスをすると、いったんベッドから降りて、鏡の前に立った。

 その顔に笑みが浮かぶ。



「いい場所に刻まれた」



 婚姻の印だ。

 形や場所は運任せだ。自分で選べればいいが、古代よりこの印は魔王であっても、好きな場所に刻まれない。

 運に恵まれない者は、顔の真ん中だったり瞼の上だったり、見苦しく見える場所に出る者もいる。また、人目に触れない場所に出る者も多くいて、独身だと嘘をつき、不実な事を繰り返す者もいる。

 不倫は罰を与えてはいないが、自然に自滅していく。

 不仲になり別れる者は、まだ救われるが、あまり人を騙し続けると病気になり早死にする。


 魔王は王なので不死だが、ずいぶん昔の魔王に不実な者がいたらしい。婚姻の印は、人には見えない股の内側に出て、これを幸いに、女性も男性も手当たり次第に抱きまくり、愛人の数は数えられないほどになり、子供がたくさん生まれたと文献に書かれていた。不死の身の魔王でさえ、数年後、突然の心臓発作で亡くなったと書かれていた。

 エスペランスは当然、アリア一筋だ。


 愛するベルがアリアと共に死にかけたとき、エスペランスは魔力を使い、ベルに力を与えた。ベルは喜んでいた。「この子をどうかお願いします」それが最後の言葉だった。エスペランスはベルの声を使い、生まれたばかりの赤子にアリアと名付けた。力強い名前だ。ベルならもっとおとなしい名前を付けたかもしれないが、ベルの最後の戦いを見て、アリアと名付けた。


 ベルは剣で眼球を貫かれ、脳まで傷を負っていた。

 魔王のエスペランスは、ベルを治療しようかと悩んだほどだ。どんなに魔術が強くても治療できない場所がある。破裂した眼球は諦めるより仕方が無い。脳まで傷を負った身体を治療しても、身体は不自由になるだろう。脳の治療は難しい。難しいのに、ベルが傷を負った場所は眼球の奥だ。脳でも重要な場所だから、最悪寝たきりになるかもしれない。

 聖女として生きているベルは人柱として聖女をしている。不自由な身体になり生きて行くのが辛くなりはしないか?

 結婚の約束もしていたが、ベルが辛くなるのではないか?

 目も見えず、身動きも取れない身体で不死の身になるのは、辛かろう。

 ベルは治療を拒絶した。

 エスペランスの迷いよりも強い意志で、このまま死なせて欲しいと。その代わりにお腹の中の赤子を愛してやって欲しいと。

 お腹の赤子の父は宿敵、プラネータだ。エスペランスの名をかたり呼び出して、暗がりで襲いかかった。たった一度の交わりで子供を宿してしまった。ベルはエスペランスに謝罪したが、守り切れなかったエスペランスが悪い。ほんの少し目を離した隙だった。

 ベルはどこの騎士より勇敢で、心も強く潔かった。その生き様を見て、アリアという逞しい名前を付けた。


 +


 すべてベルの望みで始まったアリアの守護は、徐々へ愛情に変わっていった。

 憎らしいプラネータ公爵の養女になり、蝶よ花よと飾られていたのは、たった5年間だ。プラネータは病にかかり、アリアの命を狙うようになった。

 あの男にも戸惑いがあったのがどうか分からないが……。

 シロツメ草の草原で、アリアを殺そうと剣に手をかけたが、咳き込んで未遂に終わった。その後は、眠るアリアに剣を翳していた。翳していたが、可愛い寝顔を見て、剣を鞘に戻した。その次は、アリアに毒を盛った。さすがに、その料理はすり替えた。死ななかったアリアを見て、プラネータは落胆していた。だから、ゴブリンに指令を出した。プラネータの暗殺の依頼だ。プラネータは容易く死んだ。

 剣を振る力も残っていなかった。

 愛するアリアを殺そうとする一見善人に見える悪魔。魔王よりタチの悪い悪魔だ。ベルだけでは足りず、アリアまで葬ろうなどと……。

 これ以上、愛する者を失いたくはなかった。




 10歳のアリアを魔界へ連れてこようかと考えたが、幼いアリアはすぐに聖女になり魔窟を鎮める魔法を身につけてしまった。

 洗脳されたばかりの子供を無理矢理連れてきても、拒まれるだけだと思った。

 聖女の秘密を知っていけば、教会に対しても不審を抱くようになるだろう。その時まで、陰から守ろうと決めた。




 ベルが死んでから、墓石に毎日、花を供えていた。

 いつか気にしてくれるだろう。

 18年待って、やっと送り主を探してくれた。

 ベルと瓜二つの美しい女性に育っている。しかし、ベルとアリアは別人だ。

 アリアは家族に恵まれず、孤独で寂しい人生を送っていた。

 ベルは公爵家の次女だった。結婚の申し込みも多く、社交界デビューも終えて、大切に育てられてきた。王家との婚約の話が出たとき、自分から教会に入った。王妃になれる機会を自ら捨てた聖女と噂になった。

 ベルは、「あのお方、嫌いだったの」と笑っていた。

 裕福な家庭のベルと不実の子のアリアは、あまりに育ちが違った。

 アリアが努力家で勉強好きだったのは知っているが、愛され方を知らない。


「私が愛され方を教えてやろう」


 エスペランスは、ベッドに戻ってきた。

 アリアの長い髪を撫でて、顔を見る。顔には痣はないようだ。髪を撫でて、首筋を見る。耳の下の首に薔薇の花のような痣があった。



「同じ場所ではないか。なんという偶然、痣の形も同じだ」



 見えない場所より見える場所が望ましいが、顔の真ん中はさすがに不憫だ。首で良かった。



「ゆっくり眠りなさい」



 魔王の血を飲めば、身体が変わる。細胞から変わっていくので、半日や一日で目覚めるとは思えない。

 文献では魔界の者でも1週間も眠る者がいるらしい。人間界からやって来たアリアなら、もう少し時間がかかるかもしれない。


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