第5話   温室

 食後の散歩に温室に招かれた。大きな温室の中には、様々な花が咲いていた。大きな木にはピンクの花が咲き、果物が生っている木もある。低い位置には、墓地に置かれていたような美しい花が咲いたり、蕾を付けたりしていた。

 その花の手入れをしているのは、明るい茶色の髪と瞳をした男性だった。その男性は片目に怪我をしているのか、黒い眼帯をしていた。

 身につけているのは、白いカッターシャツに黒いズボン。その上に緑色のエプロンをしていた。

 カッターシャツは肘までまくり、美しい顔立ちをしている。

 この屋敷の者は、皆、整った美しい容姿をしている。



「お花がお要りでしょうか?魔王様」


「いや、妻を案内しておる」


「奥様でございますか?ヨハンでございます。お花が要りようの時は、どうぞ声をおかけください」



 ヨハンは深々と頭を下げた。



「目を怪我されたのですか?失明でなければ治せますが……」


「奥様、お気遣いありがとうございます。この目は生まれつきでございます」


「そうですか・・・・・・」


「それではわたくしは、席を外しますので、どうぞごゆっくりしていってください」



 ヨハンは深く頭を下げると、温室から出て行った。



「お仕事のお邪魔をしてしまったのかしら?」


「アリアが心配する必要はない。この温室は私の物だ。管理を頼んではいるが」



 温室の奥へ入ると、カウチが置かれていた。



「ここで昼寝をすると気持ちがいいのだ」


「お昼寝をいつもしているのですか?」


「いつもではないが、アリアが来たから、毎日の日課にしようか?」


「日課にして、お仕事は大丈夫なのですか?」


「私は魔王だ。特別な事件でも起きない限りは、急な仕事は無い」



 エスペランスはアリアの手を引いたまま、カウチに横になる。アリアが急いで靴を脱ぐと、エスペランスに重なるように一緒に横になった。

 カウチがいつの間にか、大きなベッドに変わっている。

 不思議に思っている間に、天蓋ができてレースのカーテンに包まれた。



「ランス様は魔術を使われるのね」


「魔王だからな。どんな魔法でも使える。ただし、死んだ者を生き返らせる事はしない」


「どうしてですか?生き返らせる事ができるのなら、母を助けられたはずよ」


「死者を生き返らせると、下級の妖魔になってしまう。そうなったら、生きた者を食べ尽くす。殺すより仕方がなくなる。哀れな姿だとは思わぬか?」


「……そうですね」



 愛する者の末路が、妖魔になってしまうなら、そのまま死なせてあげたいだろう。



「もし、わたしに死が訪れたら、母のように死なせてください」


「アリアは若いし健康だ。死ぬことはない。しかし、不死にはするつもりだ」


「どうするの?」


「わたしの妻にする」



 優しい手が、あやすように髪を撫でる。

 撫でていた手が、髪留めに触れて、髪留めが外された。

 髪留め一つで結われていた髪が、さらさらと落ちて、ストレートな長い髪が胸元を隠す。眠るなら髪留めは邪魔だろう。



「美しい髪だ。ずっと触れたかった」


「気に入っていただけて嬉しいですわ」



 エスペランスはアリアを抱きしめ、頬にキスをした。頬にキスした唇は目元に触れて、今度は唇に触れた。



「キスは嫌ではないか?」


「照れくさいですわ」


「そうか、頬が色づき可愛らしいな」



 エスペランスの掌が頬に触れる。優しく撫でられて、アリアは嬉しい。



「今夜、妻にしてもいいか?」


「はい。ランス様の妻にしてください」



 エスペランスが優しく抱きしめてくれる。アリアは甘えるように頬を寄せた。

 甘い花の香りと優しい腕に抱かれて、いつの間にか、アリアは眠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る