第2話   お風呂

 エスペランスは執事に呼ばれて、部屋から出て行った。

 執事は、黒服に眼鏡をかけた、普通の男性のように見えた。



「アリアはお風呂に入っておいで」


「はい」



 ミーネが衣装部屋に入って、「どのお召し物がよろしいですか?」と訛りもみせず、尋ねてきた。

 左右に揺れる白い尻尾が可愛い。

 アリアは衣装部屋で、一着ずつ洋服を見て歩いた。

 流行の洋服は知らないが、清楚でフリルの多い洋服が多い。

 幼い頃、着ていた洋服にも似ている。

 18歳になった分、少し大人っぽいデザインになっているが、上流階級のお嬢様達が着るようなワンピースが揃えられている。

 ピンクのドレスを手に持つと、ミーネは白いレースの靴下と、下着をカゴの中に入れた。



「案内するだべ」


「お願いね」



 広い脱衣所に洋服掛けが置かれていた。そこにワンピースを掛けて、洋服を脱いでいく。



「お嬢様、お背中流しましょうか?」


「一人で入れるわ」



 断ると、ミーネの尻尾が足と足の間に入って、泣き出しそうな顔をする。



「……それなら、お願いするわ」



 パっとミーネの顔に笑顔が浮かぶ。

 分かりやすい。

 面倒を見たくて仕方がないのね。



「ミーネも一緒に入りますか?」


「とんでもないですだ!」



 目がまん丸になって、可愛い。

 靴と靴下を脱いだミーネは、お風呂を開けたくて、ウズウズしているが、きっとエスペランスに、アリアが開けるまで開けてはいけないと言われているのだろう。

 裸になって、お風呂を開けると、そこはまるで露天風呂のようだ。目の前に広がる湖には野鳥が泳いでいる。入り口を閉めると、四面の景色に変わった。



「すごいわ」



 風まで吹いている。



「森林浴ね」


「ここのお風呂は不思議だけど、すごいですだ」


「お湯まで温泉なのかしら?」


「湯船は温泉だと旦那様が言っておいででしただ。シャワーは普通の水とお湯が出るですだ」



 洗面器に湯を汲んで、ミーネの足元に置いた。



「足だけならいいでしょ?」


「旦那様に叱られるだ」


「内緒よ」



 唇に人差し指を当てると、ミーネは嬉しそうに、椅子に座り足を入れた。



「気持ちがいいですだ」


「わたしも気持ちがいいわ」



 昼間からお風呂に入れるなんて。身体を清めるお風呂ではなくて、純粋にお風呂を楽しむのは5年ぶりだろう。

 父が亡くなる前の5年前だが。

 あの父が、母の目を潰し、胸に刃物を立てて殺そうとしたなんて……。

 その上、わたしも殺される運命だったなんて……。

 父は執着が強い方だった。アリア以外の家族には冷たく、アリア以外は他人のように暮らしていた。父が死んだ後、命を狙われ、追い出されるように教会に出される理由も分かる。

 殺しても自分の物にしたいと思うほど、母を愛し、アリアも愛されてきた。

 その執着は怖いけれど、愛された思い出はなくならない。

 エスペランスに見せてもらった、母を奪い合い、母が命を落とす瞬間まで……。

 アリアは母に愛されていた。

 母の愛と父の愛は、ずいぶん違うが、母に愛されていて良かった。

 エスペランス様に愛されていて良かった。



「お嬢様、眠ったら危ないですだ」


「……あ、ごめんなさい。あまりに気持ちよくて」


「お身体を流しましょう」


「お願いします」



 湯船から出ると、ミーネが丁寧にいい香りのする石けんで洗ってくれる。丁寧で気持ちがいい。



「頭も洗いますだ」



 シャワーで頭を濡らすと、いい香りのするシャンプーで洗ってくれた。トリートメントなんて何年ぶりだろう。

 ミーネは器用な侍女だった。



「もう一度、湯に入るべか?」


「いいえ、のぼせてしまうわ」



 綺麗にシャワーで流してくれて、大きなタオルにくるまれる。

 脱衣所で下着を身につけて、ワンピースを身につけると、扉を開けて、自室に戻る。

 ドレッサーの前に座ると、ミーネが髪を梳かしてくれる。タオルで濡れた髪を拭うと、先に肌の手入れをしてくれる。

 とても丁寧で驚いてしまう。ミーネは猫のはずなのに、人型になっているときは、手もすべすべで、とても器用だ。



「上手ね」


「修行に出たのですだ」


「お手入れするために?」


「お茶も淹れられます。何でもおっしゃってください」


「頼もしいわね」



 えへへとミーネは笑った。

 肌のお手入れをすると、髪を丁寧に乾かす。



「それはなんなの?」


「ご主人様が作られた、魔道通風機ですだ。温風と冷風が出るのですだ」


「便利ね。髪がすぐに乾くわ」


「魔界では、いろんな物が発明されているのですだ。私も驚きましただ」


「そうなのね」



 髪を乾かすと、なんとミーネは髪を結い上げてくれた。お洒落な髪留めで髪を留めて、紅を差してくれた。



「ミーネすごいわ。わたし、髪を結い上げるなんてできないもの。とても器用なのね」


「褒められると照れくさいですだ。湯上がりのお茶を出すだ」


「ありがとう」



 ミーネは素早く身繕いをすると、手を洗い、紅茶を淹れだした。

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