第3話   母の墓地で(2)


 …………

 ………………



「あの騎士は、お父様に見えました。どうしてお父様が……」


「私に奪われるくらいなら、殺してしまおうと考えたのだろう。賤しい男だった」



(それでも、父はわたしには優しくしてくれた)



 養女にしてもらい、人形のように美しい洋服を着せてくれて、よく遊んでくれた。

 ……懺悔たったのかもしれない。



「私の所に来るつもりだったのだ。妊娠が分かり、ベルは悩んでいたが、私は子供ごとベルを愛するつもりだった」


「それでわたしを守って下さったのですか?」


「ベルと同じほど愛おしいぞ」



 エスペランスはアリアを抱き上げて、膝の上で抱きしめる。


 この温もりは知っている。何度も抱き上げて抱きしめられた。



「ベルに献げられなかった愛情を、すべてアリアに注ごう」


「……エスペランス様」



 優しい言葉に、胸が温かくなる。


 何度もこの腕に癒やされてきた。



「聖女は人柱だと気付いておるだろう?」


「はい。魔窟を鎮める祈りを捧げた聖女様は、2年も生きられませんでした」


「ベルは聖女に選ばれ、妊娠し、それでも祈りを続けていた。私はベルを愛してしまった。魔物を鎮める祈りの中でも安らぎを感じてしまったのだ。だから、聖女として生かせておった」



 母は4年聖女を務めていた。18歳から22歳まで。異例の長さに驚異的な聖女の力があるのだと騒がれていたとか。



「……エスペランス様は誰なのですか?」


「魔王だ。この魔界を治める王だ」


「……え」



 ぴくりと肩が震えてしまった。

 魔王とは魔窟に住むゴブリンやスライムとは位が違う。

 恐ろしさとは違う、位の違いに驚いてしまった。



「恐ろしいか?」


「わたしは、この腕に優しさを感じておりました。お腹が空いてひもじく泣きたいほど苦しく寂しいときに、わたしに食事を与えてくださいました。わたしはあの時、殺されていたかもしれません」



 継母の虐めは、恨みがこもっていた。

 救ってくれたのは、間違いなく、魔王だというエスペランス様だ。



「あの継母は、アリアを殺す気だった。たった1個のパンに毒を盛っていた。私は毎晩、すり替えていた」


「やはり、そうでしたか。エスペランス様は命の恩人です」


「愛おしいアリアに、何かあってからでは遅い」


「お父様はゴブリン殺されました。どうしてですか?」


「プラネータは病気だったのだ。自分の余命を知って、アリアを共に連れて行こうと企んでいたのだ。ショックを受けただろう。すまなかった」



 心当たりはある。

 顔色が悪く、身体はふらついていた。

 咳もかなりしていた。平気な顔をしていたが、身体は辛かったのだろう。身体が弱ってきていたのを、アリアは老化だと思っていた。

 そして、鋭く尖った剣……。



「お父様は病気だったのですね」


「アリアを殺させるわけにはいかない」


「何度も救ってくださりありがとうございます」


「敬語はいらない。アリア、私と結婚しないか?」


「でも、エスペランス様が愛しているのは、私の母です。身代わりは駄目です」


「生まれた瞬間から一瞬も目をそらさず、見守ってきた。やっとここまで育った美しい女性だ。ベルの子供だとしても別人だ」


「でも……」


「ベルが死んだとき、もう決めていた」


「……エスペランス様」


「諦めるがいい。もう、ここは魔界だ。ベルも連れてきた。あちらの世界に戻ったら逃亡者として処刑されるだろう」



 アリアは、何か言おうとして、口を閉じた。

 すべてエスペランスの言うとおりだ。

 人間界に戻ったら、処刑される運命は変えられない。

 生きるためには、この魔界で暮らすしかない。

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