第2話   母の墓地で(1)

 アリアは18歳になった。

 教会の掃除は、10歳の時から変わらず行っている。

 誰も止めないし、それがアリアの仕事のようになっている。

 今では、アリアより年下の聖女がいるのだが、誰も掃除を代わると言う者はいない。

 毎朝、清めの儀式でお風呂に入り、食事を摂る。

 今の聖女様は24歳の女性だ。祈りを捧げている聖女様だけ、食事の時間が違う。朝の清めの儀式の後、すぐ祈りが始まる。朝祈り、夜も祈る。食事は祈りの後だ。一日2食で聖女の勤めを行う。聖女の任期は、1年から1年半くらいだろうか?眠るように亡くなってしまう。聖女の亡骸は聖女の墓地に入れられる。集団墓地だ。昔は母のように個人で墓地があったそうだが、敷地が足りなくなり、集団墓地に変わったそうだ。



(わたしもいつか、その墓地に入るのだろう)



 10歳で聖女になり、8人見送った。

 聖女になる者は、それなりに家柄がいい。

 伯爵家や男爵家の三女だったり公爵家の三女や四女だったり。家の手柄になるらしい。

 聖女の命が1年から1年半と知る者はいない。最短で6ヶ月だった者もいる。埋葬もこっそり行われている。

 墓地に出入りしているアリアだけが、その事実を知っている。神父に口止めされたが、口止めされなくても、アリアと話す者はいない。だから、皆が知らない。

 聖女の仕事を終えたら、結婚できると噂が広がっている。

 我が先に祈りを捧げる聖女になりたいと、脳天気に口にする者もいる。そんな彼女たちを見ると、哀れになる。




 今日も教会の掃除を終えて、母の墓地に行くと、既に花が置かれていた。その横に、野草を供える。

 ここに来て8年経ったが、毎日、必ず置かれている。

 父とこの墓に来たときも確か花があった。父はいつも供えられている花を捨てて自分で持ってきた花を供えていた。

 5歳の時には、もう花は供えられていたのだろう。

 誰だろう?

 雨の日も雪の日も、必ず一輪の花が置かれている。




 ある日、どうしても母の墓地に花を置く者の姿を確かめたくなった。

 朝の清めの儀式の後、食事も摂らずに、母の墓地にやって来た。

 男性が一人、母の墓地を片付けていた。

 前日の花を避け、墓地を撫でている。



「あの……」



 思い切って声をかけた。



「母の知り合いですか?」



 男性は漆黒のスーツを身につけ、漆黒の髪と瞳をしていた。



「やっと見つけてくれたな」



 男は嬉しそうに笑った。



「わたしを知っているの?」


「ベルの娘だ。ベルが最後の力を振り絞って生んだ。愛おしい娘……生まれてからずっと見守っていた」


「お名前を窺ってもいいですか?」


「エスペランス……呼びづらいから、ランスでいいよ」


「ランス様、毎日、母の墓地にお花をありがとうございます」



 エスペランスは微笑んだ。


 まだ二十代に見える容姿に、母との関係を知りたくなる。



「ランス様、母とはどんな知り合いですか?」



 エスペランスは花を捧げると、アリアの前まで歩いてきた。

 手が、アリアの首に触れた。



「このネックレスを贈った者だ。気に入ってくれているか?」


「母の形見だと、聞いています」


「ベルはこの魔石が珍しいと喜んでいた。聖女を止めて私と結婚すると言っていたが……」


「わたしの父ですか?」


「ベルとは結婚するつもりだった。……残念だが、ベルは騙されて、他の男と関係を持ってしまった。偶然、妊娠してアリアが生まれた。これも聖女の力だったかもしれないな」


「あなたを裏切った母を恨んではいないの?」


「私にベルそっくりな娘を残してくれた」


「……ランス様」



 いつの間にか、抱きしめられていた。

 薔薇の花びらの渦が巻き起こり、咄嗟に目と閉じた。

 目を開けると、見知らぬ場所にいた。足元には母の墓地がある。



「ランス様、ここはどこですか?」


「私の家に連れて来た。親子共々だ」



 アリアは辺りを見渡す。

 木々に囲まれた中に、立派な建物が建っている。

 まるで宮殿のような大きな建物だ。

 建物の横には温室がある。



「花は、年中、この温室で作っているんだ」


「それで、真冬でも綺麗なお花があったのですね」


「ベルも連れてきたから、これからは、ここで暮らせばいい」


「わたしは聖女にならなくてはなりません。亡くなった父の為にも」



 アリアはネックレスをぎゅっと握った。



「まず、宮殿に入ろう。それから話をしよう」



 エスペランスはアリアを抱きしめた。

 すっと身体を離されると、既に部屋の中にいた。

 そっと身体を包まれたままソファーに座った。

 猫のように髭の生えた少女が、紅茶を運んできた。



「こら、髭が見えているぞ」


「すみませんだ」



 少女の髭が消えて、にっこり微笑み頭を下げて部屋から出て行った。



「髭、消えましたよね?」


「緊張感が足りないようだな」



 エスペランスは笑っている。



「紅茶より、オレンジジュースの方がいいか?」


「エスペランス様、もしかして、わたしに食事をくださっていたのは、エスペランス様ですか?」


「その名で呼ばれると、ベルとアリアが同じに見える」


「お母様は、エスペランス様とお呼びしていたのですね」


「ああ、そうだ」


「お母様は、どうしてわたしを産んで死んでしまったのでしょうか?わたしが悪かったのでしょうか?」



 エスペランスはアリアの頭を抱き寄せ、「見たいか?」と聞いてきた。



「見ることができるなら、真実を見せて下さい。ずっと知りたくて。辛くて……」


「今より辛くなるかもしれぬぞ」


「真実を知りたいの」


「よかろう」



 エスペランスはアリアの額と額を重ねた。


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