真夜中、僕とあの子が繋がる時
花月夜れん
見てはいけないとわかってはいるけれど
真夜中のうちの一時間。僕の家は、ある女の子の家と繋がる。
今日もいつも通り寝ている彼女を見て、僕はホッと胸を撫で下ろした。
この腕も通らない大きさの謎の通路。いつからあるのか、なんでできるのかもさっぱりわからないけれど、僕はそれに気がついてから毎日一時間向こう側の彼女を眺めている。たまに罪悪感が顔を出すけれど、見てしまう。
一時間が終わると、真っ暗になっていつもの壁が現れる。
「彼女は誰なんだろう」
見た感じ、僕と変わらなそうな年齢。とても優しそうな寝顔で、見てるこちらも癒される。たまに笑ったりするのが可愛い。
真夜中だから眠くて仕方がないのに、気になって毎日見てしまう。
寝る準備しよう。僕は布団にいそいそと向かう。
◇
ピロリンピロリン
目覚ましの音がして目を覚ます。時間だ。
ベッドからおりて、あそこを覗き込む。
魔法の妖精に繋げてもらった彼の部屋と通じる穴。
ふふふ、今日もこんな時間まで起きてたんだ。何してたんだろう。ゲームかな? 勉強かな? 眼鏡を使ってるみたいだから、いっぱい目を使ってるんだろうな。
この穴で彼と知り合いになれるわけじゃないのはわかってるけど。
怪我をしていて助けた妖精は言った。願い事を叶えてあげる。だから願った。一目惚れしてしまった毎朝同じ電車に乗っている人と繋がりたいと。
「あはは、まさか部屋を繋げられるとは思ってなかったぁ」
それも一時間だけ。結局私は彼に声をかけたり出来ないままこの一時間、彼の寝顔を見てるだけ。
繋がりたいってただ連絡先とか知りたかったんだけどな。
そしたら、あとは自分で頑張って告白するつもりだったし。
一時間が終わっちゃった。今日も格好いい寝顔だった。嬉しそうに笑ったのはいいことでもあったのかな。
「おやすみなさい」
名前も知らないあなたに告白したい。明日こそ勇気を――。
そう考えるけれど実行できないまま、また真夜中を迎えた。
◆
今日も時間がきた。僕は覗き込む。
「あ、あれ?」
繋がっていない。どうしてだろう。いつもならこの時間にここに……。
もう見ることは出来ないのかな。だけど、それが普通だ。今までがおかしかったんだ。
僕はそう思いながらも動けずにいた。
一時間。いつもなら見えなくなる時間。諦めきれず僕はまだそこにいた。
10分後、何かが動く気配がした。開いてる。僕は急いで覗き込んだ。
「うわぁ」
変な声を出してしまう。覗き込んだ先の女の子と目があったのだ。それはもうばっちりと。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
僕はあやまりながら向こうをもう一度確かめる。
何か箱のようなもので塞がれている。気がつかれてしまった。
謝らなきゃ。でも、向こうも驚いていたみたいだけど何の音もしなかった。この箱を置くような音も。
もしかして、音は向こうに聞こえてないのかな。
僕は何度か向こうに呼びかけてみたけれど、返事はなかった。一時間後、いつものようにそれは消えた。
謝らなきゃ、謝らなきゃ、謝らなきゃ。
なんて謝るつもりだ? ――毎日一時間あなたの寝顔を見てました?
うわぁぁぁぁぁ、無理。変態じゃないか。というか、僕あの子のこと知らない!
そして、眠れないまま朝がきてしまった。
家を出て、バスに乗り、電車に乗り換える。
キョロキョロと怪しい挙動を繰り返す。
「あの人、変態よ」と聞こえもしない声がしてじっとしていられない。
ふと、似た動きをする女の子が目に入った。
あの子だった。
僕は急いで顔を隠す。相当怪しい動きだ。謝らなきゃ、そう思っていたはずなのに――。
もしかして、しっかり顔は見られていなかったかもしれない。僕はそんな事を考えていた。
帰り道までは――。
「あ、あの――」
あの子が声をかけてきたのだ。だけど僕は、走って逃げてしまった。
真夜中、僕はあの場所に紙をはりつけた。謝罪と言い訳を書いて。
さすがに毎日見てましたとは書けなかった。
◇
どうしよう。私は泣きながら帰った。どうやったって、変な女って思われたよね。深夜に覗き込む女が話しかけてきたら、驚くよね。
ただただ、繋がりたかった。連絡先が欲しかった。なのに、こんな事になっちゃった。
私に最初から勇気があれば、こんな事には。
謝らなきゃ。私はいつもの場所に置いた箱をずらす。向こうも同じ事をしていたら、意味ないけれど。
覗き込むとそこにあったのは私の考えてるものと違う物があった。
――、明日は言わなきゃ。
◆
「「あ、あの――」」
同じ電車、同じ時間に彼女はいた。こんな事が起こらなければ絶対に気がつかなかった。
「「ごめんなさい!!」」
オレとあの子の言葉が見事に重なる。
◆
真夜中、この時間。向こう側とこちら側。おやすみなさいとお互い口がそのかたちに動く。
たまには先に寝てたり、寝ちゃったりするけれど。
スマホとは違う秘密の連絡手段。
それは僕たちが結婚するまで、真夜中の一時間繋がっていた。
真夜中、僕とあの子が繋がる時 花月夜れん @kumizurenka
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