第4話お兄様との出会い(2)


 レイが私の手を小さく引いて意識を現実に戻してくれた。

 い、いけない。無礼だって怒られてしまうかも。

 慌てて目を伏せて先程より礼を深くする。


 魔力測定の日まで健康に育ったことを言祝ぐライナス・マクレーン様の透き通るような声が響いたため、ほっと胸を撫で下ろした。


 教会職員が言っていた通り伯爵家の御子息は忙しいらしく、あっさりとその場を去って行った。


 緊張の時間が終わるとみんな一斉に先程までここにいたライナス・マクレーン様の話を始める。


「は――。緊張した」

「すごかったね。めっちゃきらきらしてた」

「兄貴と同じ年くらいだと思うけど、なんか全然違った」


 その間に教会職員の人たちは簡易測定所を整え始める。

 他のクラスの友達の話では最初から準備されているらしいから、貴族の御子息への配慮なのかな。

 

 私はその話の輪に加わる前にレイにお礼を言わなくちゃ。


「レイ、さっきはありがとう」 


 レイはこくりと頷いた。まだ調子が悪いのかも。

 もう一度後日一緒にここへ来る提案をしようとした時、簡易測定所を整えた職員から案内の声がかかった。


「みんな。ちょっと静かに。ここでそのまま待ってもらって、前列右の君から順にあちらの測定石の前へ。職員が声を掛けたら保護者が待機する部屋へ向かってそのまま帰って大丈夫だから。何か質問あるかい」


「アメってもらえますか」


 さすがトム。聞いてくれてありがとう。


「ああ、保護者の方に渡してあるからね」


 だけど私たちは今日は帰らせてもらうかも。いつ言い出そう。


 私が迷う暇もなく、助け舟は職員の方から出された。


「君、レイ君。まだ具合が悪いのかい」

「すみません。緊張してしまって」

「さっき他の職員が待機中の君たちの両親に確認してきたのだけど。君たちに血縁関係は全く無いようだから、今回は一緒に測定を受けてもいいよ。もちろん万が一魔力が測定されれば、別々に測定しなおすのだけどね。それで良いかい」


 ありがたやありがたや。


「はい。お願いします」

「すみません。お願いします」

 





「ほらね。大丈夫だったでしょ」


 私は魔力測定が終わり両親が待つ控室に向かう途中の廊下で再びレイに内緒話を持ち掛けた。

 測定に使うらしい石は他の人と同じく何の変化も無かった。

 そうだ、それよりも


「体調は大丈夫?」


 レイはこくりと頷くと私語厳禁とばかりに人差し指を口に当て,「後で」と口を動かした。

 了解了解。



 あれ。


 控室に向かう廊下から見える中庭を挟んだ向こう側の窓の下枠の辺りで何かがキラリと光った。

 少し距離があるので良くは分からないが太陽光の反射ではなく、窓枠に石のような物が有るように見える。

 先程伯爵家の御子息であるライナス・マクレーン様の胸元で光っていた宝石と大きさや輝きが似ているような。


 そこへ見たことがない赤い鳥がやって来てつつこうと、いやつついている。


「エリカ。どうかした?」


 ちょうど角を曲がったところだったので、レイからは見えなかったのかもしれない。

 目の前で起きたことを伝えようとして思い止まる。


 レイ本人は否定していたけれど、以前蝶々を見て苦手そうに顔を強張らせていたことがある。

 もしかすると蝶々とか鳥とか飛ぶ生き物が苦手なのかも。

 下手にレイに伝えずにさっさと拾ってすぐに近くにいる職員に渡してこよう。

 

 そう思ったところで最近修学舎で読んだ本の内容を思い出した。

 庶民が分不相応な物を持っていて疑われると困る。うーん。そうだ

 ちょうど向こう側に職員が歩いているところを発見。


「ちょっとあそこの窓枠に落とし物らしきものが見えるから向こうの職員さんに伝えて来るね」

「エリカ、ちょっと待っ」


 レイが何か言ったような気がして振り向いたが特に声は聞こえてこない。

 短い了承の言葉だったのかもしれない。

 早く行ってこよう。


 前に隣国から来たという旅人が大きな町の教会にしては質素だと言っていた廊下は最近一部改装したのか綺麗な飾り文字が施されている。


「あのー。……あれ」


 景色は変わらないのに、さっきまで見えていた職員さんが見当たらない。


「誰だ」

「ぴゃ」


 慌てて振り向くとそこにいたのは先程壇上に見たライナス・マクレーン様だった。

 先程までとは服装が異なり、あの光る物がライナス・マクレーン様の物かどうかは分からなかった。


「あれ、君は……。さっき魔力測定に来ていた子?」

「はい。エリカ・アストリーと申します」

「お友達とはぐれてしまったのかい」

「いいえ、あの……落とし物をしていませんか」

「落とし物?」


 どう言えば良いだろう。うーん。


「その友人と両親がいる控室に向かっていたところ、あの窓枠に光る物を見つけまして。鳥がつついていたので職員さんに伝えようとしていたところです」


 ライナス・マクレーン様は私が指し示した場所を見るとわずかに目を見張ったように見えた。

 

 するとあの見たことが無い赤い鳥がライナス・マクレーン様の肩にとまった。

 鳥はのんきに何か囀り始めた。

 ライナス・マクレーン様はふむふむと聞いているような仕草をしている。


「それは君の物ではないか?」


 ……はっ。先程まで壇上で近づきがたい雰囲気を醸し出していた方の親しみ溢れる様子に一瞬ぼうっとしてしまった。


「私の物はほら、ここに」


 確かに。色も違う。

 ライナス・マクレーン様の手のひらの中にあるその宝石はよく見ると赤い中にチラチラと金色が輝いている。

 一方、窓枠にある方は日の光を受けて透き通るようなピンク色の光を纏っている。


 疑われなくて良かったけれど、これが庶民のしかも子供の私の物のわけがない。

 もしかして突っ込み待ちかもしれないけれど、違ったら困る。

 ここは無難に行こう。


「いいえ」

「それは君のものだと思うよ。もし何か言われて困ったことになった場合は私が証明するから、君が持っていなさい。ただし、極力他人に……いや、誰にも見せないこと」


 思っても見なかった展開について行けなかったけれど、やっぱりこれは突っ込み待ちだったのかな。

 

「き、教会の関係者や来客の方の物では」

「申し出るのも良いけれど今の生活を続けたいのならば、ここだけの話に留めることをお勧めするよ」


 わけが分からず戸惑っていると、ライナス・マクレーン様はあの窓枠にあった石を私の手のひらに握らせてきた。

 私はまだやんわりと断るかこの件にそもそも関わっていないことにはできないかと言葉を探していたけれど、その石が淡く光ったように見えて思わずライナス・マクレーン様を見上げた。


 そこには、まるで身内か親友に向けるような真摯な目があった。


「恐らく、今から無かったことにはならない。あまり踏み込まず、しかしいざという時はその宝石、……魔石と言うのだけど。魔石とそこにいる蝶を見せて、家族と自分の身の安全の保障を訴えかけなさい。そしてこの紋章を見せてマクレーン家と取り次ぐように伝えなさい」


 魔石を握らされた手とは反対の手に金属でできた紋章付きのボタンが置かれた。

 

 そして私の周りで戯れるように舞う蝶がいることに気付く。

 最近は見掛けることが無かったけれど、私はこの蝶を知っている。



 ずっと前にレイが何ヵ月間か父方の用事でいなかった時。

 私は寂しくて寂しくて、親しげに舞う蝶をこっそり友達のように扱っていたのだ。

 レイが帰って来てからも一人の時は同じようにしていたところをレイに察知されたらしく心配されてしまった。

 今より幼かった私は蝶々の寿命が人間より短いことは思い当たらずにしばしの別れを告げたのだった。

 この時の蝶が他では見ない種類であることは後で知った。

 なぜ今その蝶が。寿命的には子孫にあたるのかしら。

 

 ライナス・マクレーン様の肩に乗る赤い鳥を見る。

 もしかして……


 色々質問しようとして口を開いたけれど、ライナス・マクレーン様の「踏み込むな」という言葉と、レイの「魔力があるかもしれないことは隠せ」という言葉が脳裏を過り、口を閉じる。

 

 ライナス・マクレーン様は優しい表情で小さく頷いた。


「いつかまた会うことがあればその時聞きたいことを聞けば良いよ。私はそれで良いと思っているよ、エリカ」


 窓から差し込む光が雲の切れ間で眩しかったのか、他の何かの要因があるのか、その目に薄い水の膜が張られ、黄金の日の光が反射してライナス・マクレーン様の瞳が本人の魔石と似た輝きを見せた。


 私にはその表情の理由は分からないけれど、その時はもう今の生活には戻れないと忠告してくれているということだけは分かった。


 

 ふと遠くでライナス・マクレーン様を呼ぶ声が聞こえた。

 せっかくの忠告を無駄にするわけにはいかない。


「ご忠告ありがとうございます。気を付けます。失礼いたします」


 私はできるだけ深く礼をとると、踵を返した。






「エリカ!」


 先程までレイがいたところまで行くと、向こうの角から両親を連れて戻って来たらしいレイと遭遇する。


「おいおいエリカ、心配したぞ。何度も来ている教会で迷子だなんて」

「教会内でそんなことは無いとは思うけれど、誘拐だったらとうしようって心配したのよ」


 お母さんに抱きしめられるとなぜか涙がこぼれそうになってしまった。


「ごめんなさい。レイ、みんなを呼びに行ってくれてありがとう」

「さあ、帰りましょう」


 赤くなってしまった目を見られたせいか、自分からレイと離れているので言い訳をしなかったことが功を奏したのか、深く言及されずに済んだ。




 帰り道は体調が悪かったレイと迷子判定を受けた私、それぞれの両親の間に挟まれて帰ったので、レイと内緒話をする余地は無かった。


 その日の夕食は私の家より少し大きめなレイの家で一緒に食べ、お酒が入った父たちは眠ってしまった。

 明日は休日だし近所なのでみんなでお泊りすることになった。

 

 換気のために二階の小窓を少しの時間開けに行く任務を受け、私とレイは階段を上がった。

 小さな窓の向こうには星空が見える。さっきまで一緒に見ていたレイは振り返り言った。


「エリカ、昼間に何かあった?」


 私はレイには伝えるものだと思っていた。

 けれどレイが背を向けている小窓の端を昼間見た蝶が横切るのが目に入り、はっと気付いた。

 それでは駄目だ。

 この蝶でさえ、レイにも気付かれない時しか現れない。協力してくれているというのに。


「エリカ?」


 レイは私の視線を追って夜空を見た。

 そこには先程までと同じ夜空の星だけが瞬いている。


「ごめんなさい。勘違いだったみたい。何も、何もなかったの」


 レイは私の目をじっと見つめた。


「レイ、エリカちゃん。冷えるからもう窓を閉めて降りていらっしゃい」


 レイのお母さんから声が掛かった。


「それなら良いけれど。何かあったら言って」

「うん。ありがとう」




 レイはその後も私が何か打ち明けるのを待っていたのかもしれない。

 レイに嘘をついて嫌われたらと思うとすごく憂鬱な気持ちになる。

 でも、間違えるわけにはいかない。




 何も分かっていなかった私でも、今の生活が大切だということは分かっていたから。






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