ライカンスロピー
深川夏眠
lycanthropy
塩茹でされた
ギャルソンが炭酸水を継ぎ足しに来たので、
「なるほど、気の利いた演出だ」
「恐れ入ります」
ここは
「十八番は何を表していたかな」
「幻惑、あるいは現実逃避ですとか」
「うん。ピッタリだね」
ギャルソンは一礼してテーブルを離れた。他にはどんな意味があったろうかと考えるうちにワインの酔いが回ってきた。
会計を済ませて外へ出ると車が待っていた。家に帰るべきなのだが、悪ふざけが足りない気がして適当な冗談を言ってみた。夜が明けないところへ連れて行ってくれ……と。
「承知しました」
漆黒の林道を抜けて
「仲間に入れて差し上げてもいいけれど……招待状をお持ちかしら?」
胸ポケットにカードが入っていたので引き出した。タロットの〈月〉だった。
「これは失礼。お寛ぎになって」
オイルランタンの
どうでもいい雑談と知らない誰かの噂話。クロスティーニとカクテルグラスの載ったトレーが回ってくる。淫靡な印象さえ受ける艶めいた低い囁きの中に、まとまった意味を嗅ぎ付けんと耳を
すると、
驚いて周囲を見回し、更に度肝を抜かれた。頽廃的な夜会を催していたのは
「とんだ御託宣だったな……」
〈月〉のカードの意味を思い出した。「潜在する危険」「幻滅」。または「猶予なしの選択」だ。三十六計逃げるに
木立ちの
「やあ、乗せてもらえるかな」
「はい」
小高い丘を越える頃、空が白み始めた。前言撤回。
「やっぱり朝はいいな」
「そうですか?」
舌の根も乾かぬうちに……と、運転手が少し眉を
「だって、ずっと夜のままじゃ、モーニング・メニューにありつけないからね」
狼人間どもが決して味わえないだろう軽やかな朝食のセットを思い浮かべて胸がときめいた。フレッシュなオレンジジュース、オムレツ、サラダ、ポタージュ、パンケーキ。食後には淹れ立てのコーヒー。ああ、何て清々しい。
「せっかくだから、朝食に付き合って。それから送ってくれたまえ」
「かしこまりました」
lycanthropy【END】
*2022年3月 書き下ろし。
*雰囲気画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/h7nKhjH9
*縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の
無料でお読みいただけます。
https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts
ライカンスロピー 深川夏眠 @fukagawanatsumi
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