真夜中の爆弾発言に夜も眠れないし、どんな顔で会えば良いのか分からない
椎楽晶
真夜中の爆弾発言に夜も眠れないし、どんな顔で会えば良いのか分からない
自分が全く学校に馴染めないのは、外見の厳つさから勝手に流された事実無根な噂話の所為。
だけど…それを否定する気も起きないくらいオレは疲れていたし…一応、傷ついてもいたんだと思う。
よりによって息子の受験期に始まった両親の離婚話の末、右も左も知らない街の高校を受験するはめになり、その結果の事実無根な噂話…。
唯一の慰めだったVRMMOゲームの『
それでも、居心地の悪い教室での日々を癒してくれるのはゲームしかなく、愛猫のゴロウを愛でつつ作ったサブアカウント。
愛猫によく似た二足歩行の黒猫のアバターに『ゴロ』と名付けた2ヶ月後。
その日、最初の街を駆け回る、とあるプレイヤーがやけに気になった。
いかにも初心者らしい動きに、自分のようなサブ垢ではなく初心者だと感じるが、それにしては何だか変なところで詰まったり、かと思えばスルスルと進めていたりとチグハグな印象を受けた。
つい気になって声をかけてしまったけれど、返事もなく固まってしまったから『もしかしたらナンパと思われたかもしれない』と少し後悔をした。
それが『ミャー』さんとの出会いだった。
初めて声をかけた初夏から、今は寒さもピークの2月半ば。
彼女とは今も一緒に『
高くも低くもない落ち着いた声に、『女子高生です』と言われて嘘だ、と反射的に思ってしまった。
実は相手も同じことを思っていたらしく、それを知って後から2人でしばらく笑い合った。
今日は一緒に、時間指定クエストの『真夜中の怖がり屋』に挑戦する約束をしていた。
クエスト受注や情報収集は昼間でも可能だが、ダンジョンである『山奥の洋館』に入れるのは、ゲーム内時間での真夜中とされている条件付きのクエストだ。
山奥の洋館に住むとある科学者は、数々のアンドロイドを作り上げるも…やがては寿命で亡くなってしまう。
博士の死を惜しんだアンドロイドたちは、クローンを作り上げ…クローンが死ぬたびに新しく作り続けた。
いつしか目的を見失った博士とアンドロイドは、実験体欲しさに動物や人間を館に引き摺り込みダンジョンとなってしまう。
襲いかかるアンドロイドを退け、館の最奥に眠る博士の魂を浄化することがクリア目標となっている。
真夜中限定のクエストだけあって、少しホラーな印象だ。
実装されたのは昨年の夏あたり。お互いの準備を整えていたら
麓の村での情報収集により、怖いとも切ないとも言える昔話を聞いてはいるが、VRMMOとしてほぼリアルに近い状態で入るお化け屋敷然としたダンジョンに、普段のクエストとは違うじっとりとした恐怖を感じる。
元々の性分として、あまりおしゃべりな方では無く…それでも何故か、彼女とは会話をしなくとも『間が持たなくて居心地が悪い』と、少なくとも自分は感じたことがなかった。
だけど、今日はお互いに気を紛らわせるように、たわいの無い会話を繰り返しながらダンジョンを進んでいく。
そんな会話の中で、ミャーさんが『この間教えてくれた隣の席の子は最近どう?』と聞いてきた。
『隣の席の子』とは、何度か行われた席替えで、何故か常に隣の席になる女子生徒のことだ。
以前、たまたま横目で見たノートが『
『話しかけれた?』と聞かれるが、答えに困って唸るような声しか出ない。
ゲーム内のアバターは愛猫を模した黒猫姿だが、現実の自分は厳つい外見が理由で何もしていないのに要注意扱いされている男子高校生だ。
その所為で他の生徒以上に教師の目が厳しく、誰よりも注意される。
授業中の居眠りやおしゃべり、遅刻早退を繰り返す生徒は他にもいると言うのに、この理不尽よ。
もう3学期にもなったと言うのに、未だに親しい人間もいないような男が、隣の席の女子に話しかけることなど出来るわけもない。
だけど、それを説明するには、まず自分の身の上を説明しなければならなくなる。
『自分の外見が理由で、女子には話しかけられない』
外見が怖がられている自覚はあるけれど…まだ、それを自虐の笑い話にできるほど達観はできていない…。
だから、咄嗟の返答に困ってしまい不自然な無言になってしまった。
何となく別の話題に変えることもできず、お互い無言のまま
時折、連携の声かけをする程度で黙々とクエストを進めていく。
ミャーさんは、今はかなり強くなった。
出会った当初は、参考にする攻略サイトに踊らされて、ステ振りを失敗し苦戦していたけれど
そこで投げ出さず『せっかくゴロさんがアドバイスくれたから』と、一生懸命に育て装備を揃えた。
そう言えば、どことなく…
…と言うか、女子の顔ってみんな同じに見える時あるからな。
髪型だろうか?顔のパーツだろうか?
デフォルメした造形のアバターだけれど、結構細かく作りこめる仕様になっているから…何かこだわりがあるのかもしれない。
装備などは変更しているけれど、髪型などは絶対に変えないから。
クエストの攻略はいよいよ佳境に入り、館の地下で何体ものアンドロイドが合体した巨大ボスと戦い、奥の扉の向こうで冷凍保存されていた『博士』を発見し魂を回収。
傍にあったエレベーターで上昇した先は、洋館の中でも一番高い尖塔の天井階だった。
テラスへ続く窓だけの狭い塔内。開け放たれたテラスからは、昇り始めた朝日が見える。真夜中のクエストのラストは夜明けの中で行う演出らしい。
回収した魂を朝日に
一晩中、薄暗くてじめっとした空気の館に居たせいか、朝日が眩しい麓の村に戻ってきてようやく緊張が
無意識に伸びと共にあくびをしていたのを、クスクスと笑われてしまった。
「本当に『
感心したようにミャーさんが話し続ける。
「今のあくびも、人間がするみたいじゃなくって…本物のネコがするあくびみたいな顔の動きだった」
「それは…自分も見てみたいですね」
メインアカウント時代に周りにいたプレイヤーは、みんな人型か
ゲーム全体ではもちろん居たが、友人でのギルメンでもない人を許可なく観察するのは失礼に当たるから…そんなに各モデルを見比べたことはなかった。
「映像ログで録画できると思うから…今度見せてあげるね」
クエスト中にあった少しの気不味さを吹き飛ばすみたいな明るい声で笑いかけてくれる。
本当に、こんなコミュニケーション能力の低い自分みたいなプレイヤーにはもったい無いくらいの人だ。
「だからさっ!!」
ありがとう、と言おうとしたのを遮るように、ミャーさんが突然大きな声を出す。
「だから!声、かけてよ。私は…キミが本当は優しい人なの知ってる。見た目で怖がられて、出鱈目な噂話流されても怒らないで流す余裕があって、何か言われても無反応で躱して…大人の対応ができる人だって知ってるから…だから…」
「声、かけてよ…浅木くん」
ミャーさんが、オレの本名を呼んだ。
言葉になりきれない掠れた声で呟いた『…なんで』を、ギリギリで拾ってくれたミャーさんは『私、隣の席の金子だよ』と、今度こそしっかり笑った。
恥ずかしそうに、イタズラが成功したように…笑った。
「明日ね、渡したい物があるんだ…だから…声かけるのダメでも、放課後少し時間欲しいな」
そう言ってミャーさんは『またね』と言ってログアウトし消えて行った。
自分は、その後しばらく放心していた。
ゲーム内時間の1日近くを村ど真ん中で立ち尽くし、強制ログアウトをしていた。
長時間、プレイヤーに動きが無かったら自動セーブして、強制的にログアウトしてくれる寝落ち対策を『ON』にしていたからだ。
(ゲームでのフレンドの『ミャー』さんが…隣の席の子だった?)
『金子』と名乗ってくれたけれど…今、初めて自分が隣の席の女子の名前すら覚えていなかったことに気が付く。
(そうか…彼女は『金子』さんと言うのか)
確かに『ミャー』さんと『金子』さんは似ていると思ったことがあったけれど…
デフォルメされているキャラ造形にリアルをあれだけ丁寧に落とし込む…彼女の3Dモデリングのバランス感覚に純粋に感心しつつ、
「明日…いや、今日か。渡したいもの?あくびの動画とか??」
今からもう、緊張しているのを誤魔化すように、無意識にスマホに手をのばす。
確認した時刻は、日付もとっくに変わって2/14の0時を過ぎて…
(………っ!?)
そんな訳はない。こんな、高校生離れした威圧感しかない…愛想も愛嬌もない男に…そんなことは決してない!!
そう思うのに…顔が熱くなって、ドキドキと五月蝿い心臓が痛いくらいに暴れていて全く眠れる気がしない。
(…明日どんな顔で合えば良いんだよ…)
とりあえず猫を吸って落ち着こう、と愛猫の腹に顔を埋めるも迷惑そうに逃げられてしまった…。
※こちらの作品は他投稿の短編とリンクしてます※
こちらだけでもお楽しみいただけますが、他の投稿作もお読みいただけると
作者が喜びます。よろしくお願いします。
ミャー(隣の金子さん)さん
借りたネコ型アバターの手は隣の席の厳つめ男子??
ゲーム中クエストの元ネタ
さようならが怖くなった人の話
真夜中の爆弾発言に夜も眠れないし、どんな顔で会えば良いのか分からない 椎楽晶 @aki-shi-ra
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